第30話 大嫌い ※
魔王様が指定した場所は、以前僕が魔王様に呼び出されたのと同じ、ノフツィの広場だった。
早い時間からノフツィに着いた僕は、近場でしばらく適当に時間を潰して指定された時間ギリギリに広場に行き、僕を待っている魔王様を見つける。
後ろからこっそりと気配を殺して忍び寄ろうとしたけれど、魔王様はすぐに僕の方を振り返って、良く来てくれたとニヤリと笑った。
少しムッとしたものの、気を取り直して僕が何か用かと尋ねると、まあ立ち話もなんだからと魔王様は僕を以前と同じような個室のあるレストランに連れて行った。
個室に通されると、魔王様はもう昼食は食べたかと僕に聞いてきた。
今回僕が呼び出されたのが昼過ぎと言うこともあり、僕は既に家でリタと昼食は済ませていたので大丈夫だと答えると、魔王様はウェイトレスに紅茶を二つ頼んだ。
「私は、一人の人物にこんなにも感情を揺さぶられたのは初めてだったのだ」
ウェイトレスが部屋を出て行き、しばしの沈黙が続いた後、ポツリと魔王様は漏らした。
しかしその様子は寂しそうだったり悲しそうな様子は一切なく、どこかおどけたような様子だった。
それは、間違いなくリタのことだろう。僕が黙っていると、魔王様はそのまま言葉を続けた。
「最初、彼女に決闘を申し込んだ時は求婚と言うよりは、三大名家の次期当主であるご令嬢の実力とはどの程度の物だろうという興味の方が勝っていた。そして彼女は私の予想の遥か上を行き、負けを知らなかった当事の私の自尊心をいとも容易く捻り潰した。私はあまりの感動に打ち震えたよ。この国にもまだこんな強者がいただなんて、とな」
魔王様は随分と熱っぽく語る。
ちなみにその後魔王様は是非リタと全力で戦いたいと死闘による再戦を求めたものの、結果はあっさりふられてしまった。
魔王様は今まで一族の中でずば抜けた才能を持ち、幼い頃から魔王になるべくして育てられてきたらしい。
体が出来上がった頃からはずっと敵なしだった。
貴族のみならず、魔族全体において、力とは絶対の正義である。
そのこともあり、魔王様はそれまで自分の望んだ物が手に入らなかったことはなく、自分の言うことは誰に対しても絶対だった。
だからこそ自分の希望がかなわず、リタから結婚相手としては弱くて話にならないので庶民から才能のありそうな者を探した方がマシだと遠まわしに言われたのは、人生初の雷に打たれたかのような衝撃だった。
今まで自分の結婚相手にふさわしいような強い女性には中々巡り合えず、やっと見つけた自分と互角以上に渡り合える力を持った、一見、
そして自分よりも強い彼女が自分との死闘による再戦を望んでいない以上、自分は一度リタに負けている。
たとえ魔王であってもどんなに望もうとも、リタが首を縦にふらない限りその願いは叶わないという事実も、より魔王様の気持ちを掻き立てたらしい。
その後も魔王様は糧無山に暮らし始めたリタを訪ねて、もう一度決闘を申し込ませて欲しいとリタに言ったけれど、あっさりと断られてしまった。
何とかリタをその気にさせようと奮闘したものの、今まではずっと機嫌を取られる側だったせいか全く勝手がわからず上手くいかなかった。
リタの親友であるヴィクトリカさんを親衛隊として相談役に迎えてからは、リタをお茶会に呼んで雑談する程度の仲にはなれたものの、どうあがいてもそれ以上の関係にはなれなかった。
しかし、魔王様は余計そんなリタに惹かれていったようだ。
それはヴィクトリカさんが画策しているからというのが一番大きいと思うけど、もちろん僕はそれについて黙秘する。
そしてその頃になるとむしろリタに遠まわしに自尊心を踏みにじられるようにふられること自体が楽しくなっていた。
むしろふられるために告白するような心持ちで、趣向を凝らしてリタに迫り、それをどうリタがふってくるのかが楽しみになっていたらしい。
僕には理解できない世界だ。
ところが、人間の勇者達が魔王城に乗り込んでいきなり首を刎ねられたあの日からの一週間、今まで魔王様のことを全く気にも留めていなかったようなリタは、魔術師の限界を超えた魔法を使って国を救っただけでなく、一時捕らわれの身となり、死ねば後からいくらでも替えが効く立場である魔王様を圧倒的な出力の魔法をもって救い出した。
その時、今この国に必要な魔王は貴方だとリタは言ったらしい。
それ程までの強大な魔法を使うなど一体どれだけの代償を払ったのか魔王様には想像もつかなかったそうだ。
その時、この事態の収拾がついたら、リタがその後どんな代償を支払うのであれ、一生をかけて彼女を守りたいと強く思ったらしい。
……実際にはちょっと疲れて一日眠った程度でリタは全快していたが。
リタを見舞いに来てその事実を知ったものの、魔王様の想いは消えることなく、むしろリタのその反則的な力の前に是非ひれ伏したいという欲求がより強くなったらしい。
そして一昨日のお茶会だ。
ヴィクトリカさんにリタの婚約の話を聞かされた時は、正直落ち込んだ。
しかし、リタが自分よりも他の男を選ぶというのなら、自分がリタよりも弱い以上、仕方のないことではあるのかもしれないとも思った。
片思いとはいえ長年思い続けていたのだから、気持ちの整理をつけるためにもリタをお茶会に呼んで、幸せそうなリタの姿を見れば踏ん切りもつくだろうと考えたらしい。
ところがだ、リタはまるで希望をちらつかせるように僕がリタを決闘で打ち負かしたと言い、魔王様の地位を脅かしかねない発言をした。
結婚に異議を申し立てるための死闘は、今はもうほとんど行われてはいないものの、貴族なら誰でも知っている常識だ。
だからもしかしたらそこで異議を申し立てて僕を倒せばリタが自分の物になるのではないか、と期待してしまった。
その後のリタの反応は僕も目の前で見ていたので憶えている。
いかに僕の事が好きかと語りつつも、もし僕に手を出したら国ごと吹っ飛ばすから覚悟しろという言外の意味をきちんと読み取り、先程の僕がリタより強いという発言も全てはこうやって釘をさすための物だったのかと悟った瞬間、魔王様は今までに無い程に感動したそうだ。
それ程までの激情の刃をリタに向けられたらと思うと酷くゾクゾクしたらしい。
「えっ……」
魔王様の予想外の反応に思わず僕は声を上げてしまったけど、魔王様は構わず話を続ける。
「しかも以前リタさんをディナーに誘った時の失態を私が未だに引きずっているのを知ってかヨミ君の好きな所を聞いた時、やたら食べ物関係の理由をあげてくるという徹底っぷりだ。あんなに的確に心を抉ってくる女性を私は他に知らない。アレほどまでの逸材はこの国中、いや、世界中探したっていないだろう!」
魔王様は目をキラキラと輝かせながら語る。
なんてことだ。どうやら僕達は魔王様の心を折るどころか奮い立たせて火をつけてしまったらしい。
「流石に国中を探せばもっと的確に心を
昔、本でチラッと読んだだけの知識を手繰り寄せながら魔王様をなだめる。
この流れはまずい。
「でもあの種族は心が読めるだけで戦闘はからっきしだろう? 私は自分よりも強い女性に罵られたいんだ。更に言えば、リタさん程とは言わないまでもある程度美人でないと興奮しない」
なんて真っ直ぐな目で返してくるんだろう。
あまりにもあけっぴろげに自分の性癖を晒してくる魔王様に、むしろ清々しささえ憶える。
「それならもうヴィクトリカさんでいいじゃないですか」
言いながら、そうだ、それが一番丸く収まると僕は考える。
しかし対する魔王様は何でここでヴィクトリカさんの名前が出てくるのか言わんばかりに首を傾げた。
名家の出身でそこそこ腕も立つようだし、気が強くて見た目だって悪くない。一見魔王様の趣味にかなり合っていると思うのだが。
「何を言ってるんだ。確かに彼女は容姿も良くいい相談相手にはなってくれるが、あの程度の戦闘力ではリタさんの圧倒的な力の前では霞んでしまう。あと気立てが良すぎてダメだ。もっとこう、自分の意見が求められなければ国ごと吹っ飛ばすなんて言って、しかも明らかにそれがはったりでない事を確信させる程の激情が無いとダメだ」
……もしかしてこれは遠まわしにリタの気立てが良くないと言っているのだろうか。
だとすると僕は断固としてそれを否定したい。
けれどそれでまた余計にリタに好意を持たれても困るので黙っていることにした。
まあ、魔王様目線からしたらそうなのかもしれない。
返ってそれに惹かれるなんて言われると、もうどうやったら魔王様のリタへの気持ちを削げるのか、皆目見当もつかない。
「さてと、それでは前置きはこれくらいにした所で本題に入るとしよう」
そう言って魔王様はテーブルの上に置かれて既に随分と時間がたってしまったティーカップに口をつけた。
釣られて僕も自分のカップに口を付けるけど、紅茶はもう完全に冷めてしまっていた。
「そういう訳なので私はリタさんを諦めるつもりはさらさらない。別に一度結婚したからと言って、必ずしもその婚姻を死ぬまで維持しなければならない訳でもないだろう? 国ごと吹っ飛ばされては困るので、私がヨミ君に今後危害を加えるつもりは一切無いからそこは安心してくれていいが、リタさんにはこれから別の意味で手を出す可能性はあるので、一応リタさんの最初の夫になるヨミ君には事前に報告しておくのが筋かなと思ったのだ」
全く悪びれる様子もなく魔王様が言う。
この人こそ何を言っているんだ。
「そんなこと、僕が許すとでも思ってるんですか?」
「一応報告はしたが、君の許しは必要ないだろう。決めるのはリタさんだ。長い人生だ、心変わりすることだってあるだろう?」
あんまりの物言いにリタはそんなことしないと反射的に叫びそうになったけど、そんな風に声を荒げること自体が自信の無い証拠のように思われて、僕はそれをこらえた。
「嫌なら力づくで止めたらいいじゃないか。なんなら殺したっていい。この国では婚姻中の者に独身者が手を出した場合、その処分は手を出された者の夫か妻が決めるのが常だからな。別に殺されたって文句はないさ、君に私が殺せるものなら精々がんばってみるといい」
僕はその言葉が終わった直後、電撃を自分の体に流し、ありったけの力で彼の頭を砕いた。
人の頭を本気で殴ったのは初めてで、思った以上に部屋中に血が飛び散って彼の頭は砕けた。
薄い橙色の脳と赤い血が僕の拳にまとわりついている。
彼を殴ったことに後悔はない。
でもレストランの壁を汚してしまったのは店の人に申し訳ないと思った。
しかし、その直後に飛び散った肉片や血が芋虫のようにズルズルとゆっくりと元あった位置へと戻っていく。
ああ、これなら店の人に謝りに行かないで済みそうだと僕は安堵した。
それにしても、頭を砕かれただけでは死なないとは聞いていたけれど、その回復中の光景は随分とグロテスクだった。
僕は最後にもう一度、その治りかけた頭を踏み潰してからその場を後にした。
足に付いた血は僕のズボンに染み一つ残さず、全て綺麗に主のもとへと戻っていった。
自分でもどうやったら死ぬのかわからないと言っていた位なのでこの程度の事は彼にとって大したことではないのだろう。
頭や心臓を潰されても死なず、加えて精神も強靭すぎてどうやったらリタの事を諦めてくれるのかもわからない。
正に
だけど、リタの夫はこれから先もずっと僕一人だけで十分だ。
やっぱり僕はあの人が心底気に入らない。
いや、大嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます