第31話 結婚指輪

 何なんだあの人は。

 いきなり呼び出してきて何かと思えばなにがリタさんを諦めるつもりはない、だ。


 一応、僕がリタに会う前からずっと思いを寄せていたようだし、リタに対しても概ね紳士的ではあるし、理由はともあれ、いかにリタが好きかは伝わってきた。

 だから愚痴や恨み言を聞いたり、最悪一発殴られるくらいならそれも良いだろうと思っていたけど、もうあの人に義理立てするのはやめだ。


 どこの世界に結婚を控えた幸せな時期に悪びれる様子もなく堂々と、お前の嫁寝取るからなと言われて腹を立てない奴がいるのか。

 それだけリタの事が好きなのだと言えば聞こえはいいけれど、言われた方はたまったものではない。


 結婚してそれで逃げ切ったつもりかとでも言わんばかりの挑発的な笑みを浮かべながら、気に入らなければ殺してでも止めてみろと言うあの人の顔が事あるごとにちらついて今日はずっと不快な気分だ。


 今までだってリタにその思いは全く伝わっていない癖に、とは思いつつも、もし伝わっていたら僕は今こうやってリタと婚約することが出来ただろうか。

 いや、それ以前にもし最初にあの人とリタが決闘をした時にそのまま求婚が成功していたら、リタはこの糧無山に住む事もなく、僕はリタに出会わずあのまま不帰山で魔物の餌になっていただろう。


 もしあの日、リタに出会わなければ……と考えると今でも背筋が寒くなる。


「どうしたの? ヨミ、今日お昼に出かけて帰ってきてからずっと元気ないよ?」

 取り留めの無い事を考えてベッドの上で放心していると、リタが僕に囁きながら僕の髪を撫でてきた。

「悲しいことでもあったの?」

 リタの手はそのまま僕の背に下りてくる。


 ……なんだかリタに僕の頭の中を見透かされているようだった。

 でも、あの人の事は絶対に言えない。


 僕が何も言わずに黙っていると、

「私はヨミの笑った顔の方が好きだな」

と、いいながらリタは僕の頭に後ろから手を回して、自分の額と僕の額をこつりとくっつけた。


 それから、リタは目を閉じて僕と唇を重ねる。

「ヨミが笑顔になるまで、たくさんキスしてあげる」

 そう言ってリタは僕の額や鼻、頬、目尻とあちこちにキスの雨を降らせた。

 気がつくと、キスが僕の顔だけでなく首筋や耳たぶにも降ってきて、直後ついでと言わんばかりに耳元に息を吹きかけてきた。


「ひゃっ」

 僕は不意打ちに思わず変な声を上げてしまった。


「ふふっ、ヨミは耳が敏感だものね」 

 リタが悪戯っ子のように微笑む。

 その笑顔になんだかさっきまでの悩みはどうでもよくなってしまった。

 僕は仕返しだとリタの指に僕の指を絡ませると、そのままリタの敏感なところにキスを返した。




 朝、うっすら外が明るくなり始めているのを感じながら僕は目を覚ます。

 体を起こして隣を見れば、一糸纏わぬ姿で横たわっているリタがいる。

 プーリャは年中暖かいといっても夜と朝は少し肌寒い。

 風邪を引かないように寝ているリタに肩まで布団をかけ直す。


 顔にかかっている髪を払ってみれば、なんとも幸せそうな顔をして眠っている。

 そんなリタの寝顔をしばらく見つめた後、その唇にキスを落としてから僕は風呂場へ向かう。

 風呂に入りながら、昨日のあの人とのことをもう一度思い起こしてみたけど、今度は昨日程感情が昂ぶることはなかった。

 考えてみれば、別に僕のやることは今までと変わらないじゃないか。


 リタに迫ってくる魔王様を全力で妨害すればいいだけだ。


 さっぱりしてから僕はいつものように朝食を作り出す。

 大体朝食を作り終わる頃には、気だるそうにシーツを体に巻いたリタが起きてくる。

 リタは朝食を食べた後風呂に入るのだけれど、昨日汗やら何やらでベドベトになった身体でそのまま服を着るのは抵抗があるようだ。

 そしてどうせシーツも後で洗うのだから風呂に入るついでに洗ってしまおうと言うことらしい。



「ねえヨミ、そういえば昨日陛下からこんな物贈られて来たんだけど、これ何に使うかわかる? ただの指輪かとも思うんだけど、コレにはめられてる魔法石って持ち主の身につけている部分を保護する物だし、一つ一つのパーツも動かせるようになってるんだけど……」

 食事を終えて風呂に入った後、リタはそう言って僕にゴツイ指輪のような物を渡してきた。

 昨日の魔王様からの贈り物の正体がわからなくて気になっているらしい。


 リタから渡された指輪を見れば、三つのパーツが重なり合うようにして出来ている。

 けれど左右にそれらを繋いでいるような部分があり、それに合わせて指輪のパーツを動かしていけば、三つのリングが横に繋がったような形になった。

 そのまま広げたリングをリタの指にはめてみると、その形には見覚えがあった。


「ああ、たぶんこれカイザーナックルとかいうやつですよ。こうやって指につけて殴ると打撃の威力が上がるんです」

 以前、求婚者にこんな物を拳に着けて戦っていた人がいた。

 拳自体の重さはそこまででも無いはずなのに、まるで鈍器で殴られたようなダメージを受けた。


 しかしそれ以外の部分は体を軽くするためか無防備だったので、拳をかわして他の部分を殴れば簡単に勝てた。

 アベルに引き渡した時にこの人が手にはめているのは何かと聞いた時、教えられたのは確かこんな名前だったはずだ。


「ふーん、でも私接近戦なんて無理だしなぁ、ヨミいる? その方がまだ使い道があると思う」

「指のサイズが合いませんよ」

 そんなことを話しながら、そろそろ結婚指輪も用意しようかという話になった。


「なら、ヨミが魔法石を採ってきて、私がそれから指輪を作るっていうのはどうかな? せっかくなら二人で作った物の方が愛着が湧くと思うの」

 リタが良いことを思いついたと手を叩いた。

 僕も面白そうだとそれに賛成した。




 その日、僕はまず始めにノフツィの図書館へと向かった。

 魔法石には魔物避けや病気にかかりにくくなるなど様々な効果がある。

 せっかくだから何か役に立ちそうな石を結婚指輪に使いたい。


 調べてみると、魔法石や宝石にも花言葉のように石言葉という物があるらしい。

 宝石の石言葉は完全にイメージによるものだけど、魔法石の石言葉はその効果にちなんだ物が多いようだ。

 目的別に魔法石を紹介している本もあった。


 婚約・結婚という項目をみれば、子宝に恵まれる、家内安全、強い絆で結ばれるといういかにもな意味や効果を持つ魔法石達が紹介されていた。

 そしてそれらの項目をパラパラとめくっていると、浮気封じという石言葉を持つ魔法石のページを見つけた。


 いや、別にリタを信用していない訳ではなくて、他にも慈愛とか誠実とか、夫婦仲が良くなるという意味もあるしと自分の中で言い訳をしつつ、僕はその項目を食い入るように見つめた。


 魔物避けの効果もあり、特に青色が一番効果が高い。

 結婚指輪にはこれが定番と書かれている。

 ちなみに浮気封じの意味を持つ石は他になく、その石を体に宿す魔物はユダル地方には生息していなかった。




 その後僕はビウラでも採れる、魔法石の中でも一番の硬度を持ち、永遠の絆という石言葉を持つ魔法石に狙いを決めてビウラに向かった。

 目的の魔法石を宿す魔物もその生息場所も調べてはいたけれど、それですぐにある程度の魔力を溜め込んだ石を見つけられるとも限らない。


 ビウラの町では原石の段階から自分好みに研磨させて好きな宝飾品を仕立てたい人のために大体の宝石店で魔法石や宝石の原石がそのまま売っているコーナーがある。

 指輪にするのだからそこまでの大きさは必要ないし、その分安くなるだろう。


 以前リタの誕生日プレゼントの魔法石を用意した時に、リタに贈る以外の魔法石を売った時のお金が結構残っているので、それで質の良い魔法石の原石が買えるならそれもいいだろうと僕は何軒かビウラの宝石店を回ってみることにした。

 何の効果も無い、買取値も二束三文の宝石の原石は店の隅にワゴンに乗せて子供の小遣いでも買える値段で売られている。

 それが魔法石の原石ともなると、鍵の付いたケースに入れられてのカウンター販売になる。


 カウンターで結婚指輪を作るための原石を探していると告げれば、店員は慣れた様子でそれならこちらの物はいかがでしょうかといくつか小ぶりだが質の良い魔法石を勧めてくれる。

 そして三軒目の店で、僕はユダル地方では採れないと知って諦めた例の青い魔法石を見つけた。


 店の人に聞いてみると、結婚指輪に使う石として人気が高い石なのでわざわざ他の地方から取り寄せているらしい。

 その魔法石を手に取って軽く電撃を流してみれば、随分と小ぶりなのに眩い光を放った。

 店の人に値段を尋ねてみると、予算から少し足の出る額だった。


 他の地方から輸入してくる費用や、元々人気の高い石であること、またこの石を体に宿す魔物はかなり強いためあまり沢山の量は採れないことを考えれば、妥当な額ではある。

 それに一生に一度の買い物なので、一旦お金を持ってくるからと石を予約すると、その足で僕は常夜山に向かった。


 以前何度もここに通っていたおかげで今はどんな魔物が魔法石を持っていてどんな所にいるのは大体わかる。

 僕はそこで一時間程魔物を狩りながら魔法石を探し、そこそこに光を放つ魔法石を一つ手に入れると、一旦家に戻って僕の部屋から金貨を溜め込んでいた麻の袋を持ってまたビウラに向かった。

 魔法石を換金してから先程の店に行き、予約していた石を買い取る。


 女の店員さんは、

「よっぽど他の人に取られたくない女性なんですね」

と、笑っていた。


 ドキリとして、もしかしてこの石の石言葉は結構有名なのかと尋ねると、

「魔法石の持つ石言葉としてはかなり有名な部類に入ると思いますよ。でも、石言葉なんて花言葉よりもマイナーですし、全く興味の無い人なら知らなくてもおかしくないですよ」

との言葉が返ってきて、僕は少し安心した。薔薇の花言葉も知らないようなリタなら多分大丈夫だろう。


 結婚指輪に使う魔法石としてはお互いを尊重し合って夫婦の絆を深めるという意味もあり、そっちも有名なようだ。

 不貞を働くと輝きが失われると言われていて、結婚相手の浮気を見抜くための石とも言われるそうなので、それをリタに知られるのは抵抗があった。




 その日、僕は家に帰ると早速リタに今日手に入れた魔法石を渡した。

「わあ、サフィリアだ! ユダル地方では取れないはずなのに、どうしたの?」

と、早速原石を見ただけで種類を特定してきたリタに僕は驚かされつつも、

「……ビウラの宝石店で売ってました」

とだけ答えておいた。


「サフィリアってね、魔物避けの効果もあるんだよ。持ち主をよこしまな物から守る石なんだよ」

「らしいですね」

 リタが窓から入る光に魔法石を透かしながら言う。


 しかしリタは、僕がそう答えた瞬間、急に驚いたように僕の方を振り向いた。

 そしてそのまま僕の目の前までやって来た。

「なんですか?」

 たじろぎつつも僕が尋ねれば、リタがそわそわした様子で顔を上げた。


「もしかして、この石の意味とか、知っててわざわざ買ってきてくれたの?」

「な、んのことでしょうか」

 心臓が跳ねて、思わず目を逸らしてしまう。


 そういえばリタはあの人からサフィリアの原石が贈られてきた時、何の道具も使わず少し石を見ただけですぐにその良し悪しを判断していた。

 つまりリタは魔法石に関しては相当に目が利くという事であるし、そもそもリタは魔法石とは縁の深い人生を送って来ている。

 花の事は何も知らなくても、石の事なら僕以上に詳しくてもおかしくはない。


「別に、リタの事を信用して無いとか、そういうことじゃないんです。ただ……」

 多分もう言い逃れは出来そうに無いと思い、意を結して口を開けば、話の途中で僕の言葉は思いっきり抱きついてきたリタによって中断された。


「ありがとう、すっごく嬉しい! ヨミがそんなに私の事を考えてくれてたなんて!」

 嬉しそうに言うリタに、なぜこれでそんな反応が返ってくるのかわからず僕は混乱する。


「サフィリアは邪な気持ちからも持ち主を守って精神を安定させてくれる、魔術師の最高の守護石なんて古い伝承、最近の魔法石に関する本には載って無い位なのに、わざわざ調べて探して来てくれたんだね」


 心底嬉しそうにリタは言うけど、そんなこと初めて聞いた。

 確か僕が読んだ本には邪な心を封じるので浮気をしようとするような邪な考えも封じられる。


 みたいな事が書いてあったけれど、どうやら元来は精神を安定させてくれる石だったらしい。

 ちなみに、持ち主が邪な誘惑に負けてしまうと、輝きが失われてしまうらしいので、浮気云々の伝承はここから派生したもののようだ。


「でもこの辺じゃ採れない石だし、高かったんじゃない?」

「大丈夫です。前にリタの魔法石を採りに行った時に余った魔法石を売ったお金で何とかなりましたから」

「……そっか、ヨミももうその気になれば自立できるんだよね」

 お金の事をリタが心配してきたので平気だと僕が答えると、リタは少し寂しそうな顔になった。


「ねえヨミ、これからもずっと私と一緒にいてくれる?」

「当たり前じゃないですか。だから僕はリタに結婚を申し込んだんです」

「えへへ、そっか。じゃあこれからもよろしくね」

 リタが困ったような顔であまりにも今更なことを聞いてくるので、僕は魔法石を持つリタの手を強く握った。

 とろけるようなリタの微笑みに、どうしようもなく胸が高鳴った。

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