第32話 結婚式
「結婚式ってなにをどうしたらいいんでしょうか? 一応知識はあるんですけど、僕今まで結婚式なんて招かれたこと無いのでいまいちピンと来ないんですけど」
朝食の席で僕がリタにそう話すと、楽しそうにリタは過去に自分が呼ばれて素敵だと思った結婚式の話をいくつかしてくれた。
しかしリタの親戚や家同士の付き合いのある人達ということは、当然それなりの地位のある家の人達なようで、話を聞いているだけでもそれがかなり盛大で豪華な物である事がわかった。
「じゃあ、僕達の結婚式にもその親戚や付き合いのある人達も呼ぶんですね」
何の気無しに僕がそう確認したところ、急にリタの表情が硬くなった。
「え、どうしたんですか」
「…………うん、私も歳だし、親戚は家族だけ呼んで、ノフツィのレストランで特に仲の良くさせて貰ってる人達だけ呼んでひっそり済ませたいな」
さっきまでの楽しそうだったリタの雰囲気が急に変わったのが気にはなったけれど、僕はその時はとりあえず黙っていることにした。
その後は僕達は事前に挨拶しておくべき人達を話し合ってリストアップしたりした。
「あらあらどうしてよ、せっかくなんだから思い切り盛大に式を挙げたら良いじゃない。町の人には正体を隠しておきたいって言うなら、町とこちらと両方でそれぞれ式を挙げたら良いのよ」
結婚のあいさつに行って結婚を認めてもらえた所でリタが結婚式についての希望をのべたけれど、案の定それはクレアさんによってあっさりと棄却された。
貴族の結婚においては基本的に結婚式の費用というのは花嫁や花婿の親が出すのが慣わしだ。
結婚相手が貴族では無い場合は貴族の方の親が全額出す形になる。
つまり今回僕達の結婚費用は全額リタの両親から出されることになる。
でもそれは同時に式には大いにリタの両親の意向が反映されることになる。
ちなみにこの場合、親からの援助を断って自分達で費用を出して勝手に式を挙げるということは親との関係を完全に断ち切ることになり、相当な親不孝とされている。
要するに僕らに拒否権は無い。
「それに、エッタがやっと願いを叶えて素敵な旦那さんを連れてきたのだから、皆とても気になっているのよ」
クレアさんの言葉にリタの肩がビクリと揺れた。
「大丈夫、ヨミ君はまだ十六歳とは言ってもエッタを決闘で倒してるんだから、誰にも負ける訳ないでしょ」
「あ、当たり前じゃないですか~」
クレアさんが更に念を押すように言えば、リタはそれに気圧されたように笑顔を引きつらせた。
そのリタの返事を受けて、クレアさんは本当に孫が楽しみだわ~と上機嫌に言っていた。
貴族と庶民の結婚式で、何が違い、リタが何を一番恐れているのかと言えば、結婚に異議のある者が男女性別問わず花嫁花婿に決闘を挑める点だろう。
名乗り出た相手とは簡易的な物ではあるが必ず決闘しなければならず、名乗り出た人が強かったり人数が多かった場合、結果的に勝っても決闘が終わる頃には大体せっかく着飾った衣装がボロボロになるらしい。
そしてなんだかんだで一般的には決闘を挑まれるのは花婿と相場が決まっているらしく花嫁に決闘が申し込まれることは稀らしい。
リタはその事を心配してくれているのだろう。
一応、ローザさんが一緒に結婚式について考えるそうで、そんな大事にはならないよう最善は尽くしてくれるそうだ。
でもクレアさんのあのテンションの上がりっぷりから見て周りが何か言って聞き入れてもらえるかは怪しいのであまり期待はしない方がいいだろう。
「ヨミごめん、貴族式の結婚式はどうしても避けたかったんだけど無理みたい」
リタの実家に結婚のあいさつをしに行った一週間後、クレアさんの結婚式計画の途中経過を報告に来てくれたローザさんの話を聞き、彼女を転移門のある部屋まで見送った後、リタは申し訳なさそうな顔で言った。
昨日は結婚指輪をどんなデザインにするかと考えて浮かれていただけに、余計リタの気持ちの落ち込みが際立つ。
「みたいですね。でも別に良いですよ。僕はリタと結婚できるならなんだっていいです」
僕は何食わぬ顔で答える。
リタは昔から僕の事を心配し過ぎるというか、過保護な所がある。
一度はリタを倒したのだから、もっと僕を信じてくれてもいいと思う。
それに、今まで散々リタに求婚しに来た人達を蹴散らしてきたので、大抵の相手ならねじ伏せられる自信がある。
ある一人を除いては。
なので、一つ手を打っておくことにする。
「ところでリタ、ヴィクトリカさんの好きな人って知ってますか?」
「ええっ、ヴィッキー好きな人いたの? 周りの男の人が弱すぎるとかで興味ないとか言ってたのに……」
「いるじゃないですか、ヴィクトリカさんがわざわざ他の縁談を断ってまで側にいようとする、この国で一番強い男の人が……」
結局、僕らの結婚式はノフツィで一回だけ行われることになった。
ただし、当初のリタの希望とは裏腹に町を挙げての大々的なお祭り騒ぎのような物になった。
終始空には魔法による祝福を意味する縁起の良い紋章があちこちに浮かんでは消え、風の魔法なのか、あたりにはふわふわと常に大量の花びらが舞って、いい香りが町中に漂っている。
巨大な氷の竜や獅子の像が置かれていたり、町の中心の広場には様々な料理や菓子類が華やかに並べられ、招待客だけでなく、たまたまその場に居合わせた人にも振舞われた。
その道百年のプロであるらしい中年の男性がユーモラスなスピーチで危なげなく司会進行を勤める。
今日のためにクレアさん達が一体いくらお金を使ったのか、考えるだけで気が遠くなりそうだ。
そしてリタは僕とは別の意味で気が遠くなりそうになっている。
現在僕の隣に立っているリタのウエディングドレスは、胸元がへその辺りまで、背中も大胆に開いているものの、あちこちをフリルとリボンで飾りたてられた、随分と可愛らしい物だ。
とても似合っている。
だけどリタの趣味には合わなかったらしく恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向いてしまっている。
結婚式当日の今朝それを控え室で見せられたリタは、他のドレスは無いのかと抵抗していたけど、ローザさんが『うっかり』他のドレスを用意するのを忘れてしまったのでコレを着るしかなかったらしい。
「だってあんなに申し訳無さそうな顔されたら、こんなドレス着たくないなんて言えないじゃない、それにここまで大々的な式になってしまっている以上、花嫁の私がウエディングドレスで出て行かないと格好が付かないし……」
と、リタはため息をつきながら言っていた。
多分それはローザさんがリタにこのドレスを着せるために言った方便だろう。
実際、恥ずかしがりながらも用意されたウエディングドレスを着たリタをうっとりとした顔で見ながら、
「やっぱりこのデザインにして正解でしたわ……」
と、満足そうに呟いていたので、ほぼ間違いなく確信犯だろう。
しっかり者のローザさんがなぜ、リタに抜けているところがあると認識されているのかという長年の謎がとけけた気がする。
ローザさんの『計算されたうっかり』に僕は舌を巻いた。
今回の式はその場にいるのが招待客なのかその場に居合わせただけの人なのかわからなくして、貴族的な決闘の申し込みも単なる余興のようなノリで済ませることが狙いらしい。
広場を見渡せば、明らかに本気と言わんばかりに鎧を着込んだり、かなり強い魔力が宿っているであろう魔法石が付いた杖を持った人達がちらほらいた。
そして婚姻における形式的な宣誓をプーリャの役人立会いの下で済ませると、
「この婚姻に異議のあるものは手を挙げよ!」
と、広場にいる人達に向かって役人の人が声をかける。
すると、あちらこちらから異議あり! との声が上がったけれど、その中にあの人がいないことを確認してとりあえず安心する。
一応僕とリタとの結婚は認めるみたいなことは言っていたし、リタも釘を刺していた。
だけど念には念を入れて彼には結婚式の開始時間をかなり遅めに伝えてある。
それでも決闘が長引けば決闘中にあの人と鉢合わせる事も考えられるので早めに終わらせなければ。
異議ありと声を上げた人の中で、花嫁に決闘を申し込むものは手を上げろと役人の人が言う。
誰も手を上げなかったようなので、今壇上に立っている僕達の前に集また五十人あまりの人達は全員僕を指名しているらしかった。
見ればどこか顔に見覚えがある人達がほとんどだ。大部分が過去にリタに求婚しようとして僕に負けた人達だ。
もちろん僕に勝った人や、全く見たことの無い人達もいるが。
それにしても、コレは一人ずつ相手をするとなると流石に時間がかかりそうだ。
「すいません、この人達を一度に相手することって出来ますか? 一人ずつだと時間がかかると思うので」
役所の人に確認してみたところ、問題は無いそうなのでそうさせてもらうことにした。
負ければ僕達の婚姻は成立しないけれど、電撃で力を強化すれば多分いけるだろう。
壇上から降りると挑戦者の人達からは大ブーイングを受けたけれど、知ったことではない。
「リタ、勝ちました!」
リタ以外を相手に肉体を強化して戦った事は初めてだったけれど、周りの人達の動きが酷くゆっくりに見え、また人の体が随分と脆く感じた。
しかし力を強化すると加減が難しくなるので、急所を攻撃した場合、相手が屍族(アンデッド)でも無い限り確実に殺してしまいそうだった。
そのため、出来るだけ急所を外して攻撃しなければならなかったのが少し大変だった。
挑戦者は全員倒したと言うのに辺りは妙に静まり返っていた。
とりあえず壇上のリタの方へ駆け寄って勝利を報告する。
「ヨミ、とりあえずその電撃止めなさい」
と、真剣な顔でリタに言われたので電撃を止めれば、途端に体中から冷や汗が出た。
見れば拳が血まみれでだったけど、痛みも感じるのでどうやら返り血だけでは無さそうだ。
体も酷い倦怠感に襲われて立っているのがやっとだった。
途端に息も荒くなる。
しかしそれはすぐ収まった。
壇上のリタがすぐに回復魔法で治してくれたからだ。
「大丈夫? もう痛いところ無い? 辛くない? その電撃を使って強くなるやつ、消耗も激しいみたいだから、相手を倒せてもその後私の回復が間に合うかずっと不安だったの」
随分と心配してくるリタを見て、僕はやっとリタがやたらに僕を戦わせたがらなかった理由がわかった。
リタに求婚した時も、あんまり長時間電撃で力を強化していたせいで、すぐにリタに回復してもらったのにそれから三日間眠りっぱなしだったのだ。
僕自身はそんなに気にしていなかったのだけれど、リタはそのせいで今もとても心配してくれていたらしい。
「平気です。この前は随分長い間使ってましたけど、今回はすぐ終わりましたし」
広場の時計を見れば、戦い始めて十分程だろうか。
電撃をやめた直後の疲労感を考えると、これから電撃の使用はこの位を目安にした方が良いかもしれない。
「すみません、これからは気をつけます」
僕がそう言えば、うん、そうして。と言いながらリタは僕の頭を撫でてくれた。
直後、僕の背後から割れんばかりの歓声が聞こえた。
振り返れば、観衆が物凄い勢いで大声を上げて盛り上がっている。
司会の人も何か早口でぼくを褒めている。
僕が倒した人達は、既に回収しようとする人達に囲まれていた。
一応、怪我人なので優しく扱ってあげて欲しい。
後ろから声をかけられて振り返ると、壇上からリタが飛びついてきた。
いきなりの事で少し驚きながらも抱き止めると、リタに顔を両手で包まれて引き寄せられ、そのまま唇にキスをされた。
「さっきは心配で先に注意したけれど、かっこ良かったよ、ヨミ」
と微笑まれてなんだか顔が熱くなった。
これで、もうあの人が結婚式に来ても、この結婚に異議を唱えることはできない。
結婚式がつつがなくお開きになるまで、あと少しだ。
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