第33話 一生この人には敵わない
その後、僕は一度体を拭いてから着替えた。
結婚式はつつがなく進行し、とうとうブーケトスを行う頃合となる。
広場の中を見回せば、リタの立っている側からリタに熱い視線を送ってきているあの人を見つけた。
今、すごく立ち位置を交換してリタを隠したい。
まあどうせそんなことをしても反対側に移動されるだけなので意味は無いが。
それはともかく、『目的の女性』もその場に来ていたのを確認してリタに教えれば、リタもその人に気付いたらしく静かに頷いた。
予定通り、リタは彼女の立っている位置を確認すると、後ろ向きにブーケを投げつつ無詠唱の浮遊魔法を駆使してブーケを人だかりから少し離れた辺りに立っている彼女の手元へと極めて自然に運んだ。
次はガータートスだ。
ガータートスとはいわばブーケトスの男性版で、花婿が花嫁の左足に付けていたガーターを投げ、それを手にした男性が次の花婿となると言われている。
ちなみに右側のガーターは保存しておいて生まれてきた子供のヘアバンドにすると幸せになれるらしい。
とはいえ、あの人がこの場に来ている以上、多分あの人もこのガーターを取ろうとするだろう。
自らリタの次の夫になるなどとのたまわっているし、なにしろリタの脱ぎたてのガーターである。
きっと狙ってくることだろう。だがそれで良い。
そう考えながらもふとリタの方を見れば、なぜか近くにいたローザさんに椅子を持ってきてもらっている。
「リタ、その椅子で何をするんですか?」
「何って、ガータートスの準備だよ?」
僕が何をやっているんだろうと尋ねれば、リタの方も何を言っているんだろうと首を傾げてくる。
「ガータートスって、リタが脱いだガーターを僕が後ろ向いて投げればいいんじゃないんですか?」
「脱がせるのはヨミだよ? あと、手は使っちゃダメだから」
「えっ」
あまりにも平然と答えられて僕は固まる。
「手は使えないって、じゃあどうやって外せばいいんですか」
「もちろん口で。その後
ニッコリとリタが笑って用意された椅子の上に立ち、軽くドレスの裾を持ち上げる。
「ヨミー早くしろよー」
「羨ましいぞ~」
なんて野次が目の前に集まってきた男性陣から飛ばされる。
これは、結婚式では普通の事なのか?
おそるおそるリタの方へ視線を戻せば、ドレスの裾をパタパタとさせながらニコニコ誘っている。
さっきまでリタはドレスの事でかなり恥ずかしそうにしていたけれど、公衆の面前で僕がドレスの中に潜り込んでガーターを取るというのは恥ずかしくないのだろうか。
リタの恥ずかしさの基準がわからない。
結婚式では皆やっているから恥ずかしくないとか、そういうことなのか……?
意を決して、リタのドレスの中に潜り込めばそれなりにドキドキしたけど、とりあえず今はそんな雑念は振り払ってリタの左足のガーターを咥える、咥え……上手く咥えられなくて苦戦していると、リタがくすぐったいのか少し脚を動かす。
そのおかげで余計に咥えにくい。
ガーターを咥えようとすると、どうしても触れることになるリタの太ももは柔らかくてスベスベしていた。
それから多少苦戦はしたものの、何とか足首の辺りまでガーターを口だけでずり下ろすことに成功すれば、リタがそれに合わせて靴を脱いでガーターから脚を抜いてくれた。
「よくできました」
なんて言いながら、リタは楽しそうに笑っている。
このまま口に咥えたガーターを投げるらしい。
目の前の男性陣を見れば、なぜかかなり盛り上がっている。
まあ彼らの目的は、このガーターを使ったこの後のイベントなので仕方ない。
何といっても今日ブーケを受け取った女性はとびきりの美人なのだから。
僕は体を使ってガーターをなるべく人だかりの後ろにいるあの人の方へ投げようとしたのだけど、ガーターは思ったより飛ばず、僕のすぐ目の前に立っていたアベルの下へと落ちていった。
ああ、コレは失敗したな、と僕が思った次の瞬間、僕が投げたガーターは赤い何かに掻っ攫われてあの人の元へと飛んでいった。
見ればあの人の手首からは赤い血が滴っており、ガーターにもその血が付いてしまっている。
しかしすぐにその血は彼の手首の中へと戻り、彼の傷は塞がり、手の中のガーターに付いた染みも綺麗さっぱり消えていた。
アベル達は何が起こったのかわからなかったらしく、あの人がリタのガーターを手に入れているところを見ても、急に風が吹いて飛ばされたのか? なんて見当違いな事を言って首を傾げていた。
とりあえずアベルには冒険者になるのは諦めて、大人しく平和に暮らすことをすすめよう。
ガータートスの後には、ガータープレイスメントというイベントがある。
コレは結婚式でブーケをキャッチした女性とガーターをキャッチした男性がカップルになれるか見極めるためのものだ。
女性の方が好意を持っていれば、男性が先程取ったガーターを女性の左脚の太ももまで上げることが出来るけど、そうで無い場合は上げきる前に女性から止められるというものだ。
それでもその結果に関わらず、見ず知らずの男女が関わりを持つきっかけにはなるので、美人がブーケトスでブーケを受け取った後のガータートスでの男性陣の盛り上がりは凄いものがあるとは聞いていたけど、確かにその通りだった。
ただ、今回ガーターを受け取った男性は全くこの後のイベントには興味無さそうではあるが。
しかし、このまま逃亡させるなんてことはさせない。
ちらりと司会の男性に目配せをすれば、男性は心得ているとばかりに頷いて、ガーターを手にした彼をここぞとばかりに祝福し、ブーケを手にした女性と引き合わせる。
これをするために関係者には計画の段階で話を通してある。
司会者に呼び寄せられたヴィクトリカさんは、長かった金色の髪をショートボブに切り揃え、前髪を作り、あの人好みの服装に身を包み、いつもとは違うたれ目気味のほんわかとした雰囲気の化粧を施していて、普段の彼女を知っていれば知っている程ぱっと見同一人物とは思えない。
困ったように眉を下げて、そわそわした様子でブーケを両手で持っているヴィクトリカさんは実に可憐だ。
実際、彼女がそわそわしているのは別の理由なのだが。
「ハァ!? そんなことできる訳無いじゃありませんの!」
最初にヴィクトリカさんへ計画を打ち明けた時は、随分反発されたものだ。
リタは以前魔王様から貰ったプレゼントをヴィクトリカさんに託し、僕はあの人と謎の女性との劇的な出会いについての筋書きを説明した。
そしてそれは真っ先に話した側から否定された。
しかしその後の僕らの熱心な説得により、何とかヴィクトリカさんは首を縦に振ってくれた。
とにかく、僕はまずヴィクトリカさんをいかにもあの人の好みの見た目に変身させることを考えた。
もう既にあの人の中ではヴィクトリカさんのイメージは固まってしまっているので、一見別人にしか思えない形で劇的な出会いをした後、後日再会を果たした方がまだ可能性があるのではないかと考えたのだ。
とりあえず今までのプレゼントの内容から、あの人の好む服装は大体把握できるので似たような雰囲気の服を用意する。
顔も別人のように変えられたら良いのだがと僕が言うと、リタが実家の化粧を得意とするメイドを紹介してくれた。
リタみたいな雰囲気の顔が好きと言っていたのでできるだけ似せられないだろうか頼んでみると、注文通りの完全に別人の顔が出来上がって、ヴィクトリカさんとリタは凄いと感動していた。
……僕はちょっと女の人が恐くなった。
髪型はいつもと違う物にするだけでいいだろうと思っていたけど、その頃にはヴィクトリカさんもリタもノリノリになっていて、僕らの結婚式の前日、仕事が終わってすぐに髪をばっさりと切ることになった。
こうして完全に見た目は別人、あの人の好みであろう女の人が出来上がった。
ヴィクトリカさんには今まで散々お世話になっているので何とかして幸せになって欲しい。
……というのは建前で、本当は他の相手が出来ればあの人もリタの事を諦めるだろうというところが大きい。
もちろんヴィクトリカさんには幸せになって欲しいとは思うが。
司会者が言葉巧みに周囲の人達を盛り上げ、皆の視線は壇上に上げられたヴィクトリカさんとガーターを付けようとするあの人に集中する。
自分が今ガーターを付けようとしているの自分の実によく見知った人であることに彼は気付いていないようで、
「ご夫人、失礼する」
と言いながらヴィクトリカさんの脚にガーターを上げる。
直後、彼の顔にカイザーナックルをはめたヴィクトリカさんの拳がめり込み、周囲は騒然となった。
ガータープレイスメントは庶民の結婚式にも一般的に行われるイベントで、止めるにしても、手で軽く制したりするのが普通だ。
だから断られるにしてもこんな美人と軽い触れ合うことができるならなんて、と一部の男達は甘い事を考えていたのだろうけど、その軽いふれ合いがコレである。
司会の人は流石な物で、何とかコレもシャイな女性の照れ隠しという方向にもって行こうとしているけれど、ご丁寧に指に武器まではめて思いっきり殴っている時点で突発的な行動とは言いにくい。
その場にいた大部分の男は引いていたようだけど、一人例外がいた。
「良くないな。実に良くない」
殴られた彼はそう言いながら、カイザーナックルをはめたヴィクトリカさんの手を握る。
「殴り方が甘い! 嫌ならもっと致命傷を与える勢いで殴ったらいいだろう!」
彼を知る人の期待を裏切らない彼の反応に、会場にいるほとんどの人達がドン引きした気配がした。
そして目を輝かせながら、ヴィクトリカさんにさあさあもっと殴り給え、と言いながら迫る。
勢いに飲まれたのか、ヴィクトリカさんも後ずさる。
僕はこの後の事態に備えてリタと後ろの壁ギリギリまで下がる。
後少しで壇上から落ちてしまうという所まで追い詰められたヴィクトリカさんは、
「い、いやぁーーー!!!!」
と頬を赤らめながら、文字通りあの人の頭を吹っ飛ばした。
先程まで僕らがいた辺りまで血飛沫が飛び散り、やっぱり移動しておいて良かったと思った。
その後ヴィクトリカさんは舞台の反対側まで駆けていくと口笛でグリフォンを呼んで飛び乗り、そのまま空へと消えて行ってしまった。
「やればできるじゃないか」
と体を復活させながら、満足気な声が聞こえた。
結婚式はそれでお開きとなり、後の事はローザさん達に任せて僕らはそのままググに乗って帰った。
「つまりだ、今はまだまだだが今後の可能性は未知数のヴィクトリカ嬢と既にこれ以上無い理想的な形で完成されているリタさんのどちらが私の生涯の伴侶としてふさわしいかという話なんだが……」
「そもそも既に僕の生涯の伴侶となっている人を選択肢として同列に並べるのやめてくれませんか?」
僕とリタが式を挙げて三ヵ月後、なぜか僕は現在魔王とたびたび二人でお茶や食事をする関係になっている。
本当に訳がわからない。
僕らの結婚式でヴィクトリカさんが魔王を殴った翌日、いつもの軍服に身を包んだ昨日と同じ髪型と化粧をしたヴィクトリカさんに昨日は失礼しましたと謝られた彼は随分と混乱したらしい。
混乱しつつも、ヴィクトリカさんと昨日自分を殴った謎の女性がヴィクトリカさんであることはわかった。
なので、普段からもっと昨日のように振舞ったら良いと期待を込めて言ったのだけれど、そんなことは滅相も無いと拒否されてしまったそうだ。
そこまではまだいい。
それからどういう訳だか、彼は僕をノフツィに呼び出してその事を相談してきた。
なぜ相談相手に僕が選ばれたのかはわからない。
とりあえずヴィクトリカさんのことが気になるならもうそのままヴィクトリカさんに乗り換えてしまえばいいだろうと提案すると、いや、まだそこまで気になる訳ではと言い出す。
仕方ないので、その日僕はヴィクトリカさんへ魔王様からの相談の内容を報告する。
せっかくなので以前渡したカイザーナックルを常時指に付けておきながら適当な頃合を見計らって殴り飛ばしてみてはどうか?
という内容の手紙をしたため、ヴィクトリカさんの家に向かい、使用人にヴィクトリカさんが帰ってきたら渡してくれるように頼んだ。
数日後、また僕は魔王から呼び出され、最近ヴィクトリカさんが常時カイザーナックルを付けてこちらを見てくるのだけれど、一向に殴られる気配がない。
わざとふざけてみても、愛想笑いを返されるだけで、アレは焦らしているのだろうか。
それとも彼女はアレをただの指輪か何かだと思っているのだろうか。
という相談を受けた。
とりあえず本人も期待しているみたいなので、そろそろ殴ってやってはどうかという手紙を書いたところ、
「そんなことできる訳無いじゃありませんの!」
と、直接ヴィクトリカさんが家に怒鳴り込みに来た。
狩りや決闘以外で女が拳を上げるなんてはしたない、と言いながら握るその拳を魔王に向ければきっと幸せになれると思う。
そんな日々を繰り返すうちにどういう訳か僕は定期的に魔王の相談というか、一方的な独り言に相槌を打たされる係にされていた。
「魔王様は僕以外に話を聞いてくれる相手がいないんですか?」
「いや、皆話せばどんな話しでも聞いてくれるが私の話を肯定しかしないのでつまらん。ヴィクトリカ嬢はそんなこともなかったが、流石に本人にこのことを話す訳にも行かないだろう」
一回気になって尋ねてみれば、彼は肩をすくめてそう答えた。
「皆、意味がなくとも私が死ねといえば死ぬし、妻をよこせと言えば喜んで寄越して来る。そんなのはつまらん」
「そんなことさせたんですか」
気だるそうな様子で言う魔王に僕は眉をひそめた。
「いや、死ぬのは私が例え話で言ったら本当に死のうとしたから途中で止めた。ある臣下の妻が、強すぎてわざと負けてもらうまで決闘で倒せなかった程強いと聞いて、それなら一度手合わせしたい物だと言ったら、何を勘違いしたのかその日の夜にその話に出てきた臣下の妻が私の寝台の上で頭を下げていたよ。だが従順過ぎる女性はどんなに強くてもタイプではないのでそのままお帰り頂いたんだ」
そのまま机に魔王は頬杖を付きながら、どいつもこいつもそこで切りかかってくるなり私の胸倉を掴むなりすればいいのだとため息を付いた。
魔王の権力というのは絶大で、その気になれば気まぐれで家の取り潰しやその場での処刑も許される。
ただし、魔族にとっては力こそが正義なので、その決定が不服な場合は徹底抗戦することも公に認められており、その場合最悪魔王が変わる事もある。
だからこそ貴族達にとって力とは自分達の財産と権利を守る命綱であり、家を繁栄させる宝なのだ。
「私は切り刻まれたり磨り潰されるのは一向にかまわないが、すべての言動を無条件で肯定されているのは、酷く孤独な気分になるので嫌なんだ」
ぼんやりと天井を眺めながら魔王は言葉を続ける。
「だからこそ私は君の暴言や暴力をそれなりに気に入っている」
僕の方を真っ直ぐ見つめてニヤリと彼は笑う。
酷く歪んでいると思った。
だけど、もしかしたらこの人はこの人なりに人との繋がりを求めているのかもしれない。
魔王から見れば僕は恋敵で、今まで散々失礼な態度を取っているにもかかわらず、僕やリタの立場が不利になるようなことは今のところ起こっていない。
リタへのアプローチも、以前と同じようにプレゼントしょっちゅう贈ってきたり、たまにお茶会に呼ぶ程度で、しかもそこに僕の同席も許している。
「だからといってリタは渡しませんよ」
それとコレとは別である。
「ああ、それでいい。かといって私も諦める気は無いがな。ところで君のその反抗的な性格はやはりリタさんの教育の賜物なのだろうか……リタさんを諦める代わりに、将来娘を私の嫁にくれるというなら、それで手を打っても良い」
楽しそうに魔王は頷くと、途中で良い事を考えたとばかりにまだできてもいない娘を嫁によこせと言ってきた。
「張り倒しますよ」
「張り倒せばいいだろう。なんなら、また頭を潰してもいいぞ」
まあそれで諦めるかは別だがなと上機嫌に魔王はぶどう酒をあおった。
諦めなくてもリタも娘も渡さないので関係ありませんよと僕が返すと、魔王は楽しそうに笑った。
僕はやっぱりこの人が嫌いだ。
最近、アベルもやっと声変わりが始まって背もどんどん伸びてきた。
やっと成長期が来たらしい。
その事もあってか、やたらと僕に一緒に冒険者の仕事を一緒にやらないかと誘ってくるようになった。
「でもお前、今の生活ってリタさんに頼りっきりだろ? 夫婦は助け合うものなんだぜ。冒険者になって金もいっぱい稼ぐようになったら、リタさんにもっと良い生活させてあげられるんじゃないか? 生活には全く不自由して無いみたいだけど、それでもいつまでもリタさんに頼りっぱなしなんて男としてどうなんだ?」
ある日、僕は明らかに魂胆が見えているアベルの誘い文句に少し考えてしまった。
確かに僕の生活はリタに頼りっぱなしだ。
しかも結婚してからは毎月結構な額のお小遣いまで渡される始末だ。
確かにこれは夫としてどうなんだろう。
そう考えた僕はリタに冒険者になろうと思うと相談してみた。
リタは何か欲しい物があるのかとかお小遣いが足りないのかとか聞いてきたけれど、僕は横に首を振った。
今のままではせっかく結婚したのに未だに親子のようだ。
「僕はいつまでもリタに経済的に依存したくないんです。ちゃんと自分で稼いで、そのお金でもっとリタに楽な生活をして欲しいんです! 結婚したからって僕のお小遣いの為に生活を切り詰めてほしくないんです!」
「ヨミはもう稼いでるし、そのおかげで私達の生活レベルも少し上がってるよ?」
しかし、リタは僕が言い終わると不思議そうな顔で首を傾げた。
一体どういうことなのかと尋ねてみると、リタは普段自由に生活しているけれど一応魔王軍の兵士であり、普段は自宅待機のような状態らしい。
たまに近況報告をするために王都に呼ばれたりもするけど、基本的に何も無ければ大体お茶を飲んで雑談して終わるそうだけれど。
しかし、それでも一応仕事をこなしていることになるらしく、毎月決まった額の給与が与えられる。
何もなかった年の給与自体はそんなに高く無いらしい。
けれど、以前のように魔王城に人間が転移門を開いて攻めて来るような事は滅多になくとも、年に一、二回は国境付近で小競り合いが起こって危険な状態に陥る。
やたら強い勇者達がこの国に入ってきて打倒魔王を宣言しながら王都へ向かっている場合にも狩り出されて事態の解決に当たったりもすそうだ。
その場合は、随時給与とは別に報奨金として与えられる。
そしてコレが、結構美味しい額をもらえるらしい。
加えて、実家が侯爵家で領地を所有していることもあり、多少使いすぎたところで言えばいつでも実家からお小遣いがもらえる。
そうやって今までの僕達の生活は成り立っていたらしい。
僕はリタと魔王に結婚の報告をしに行った時に、口約束とはいえ魔王に忠誠を誓ったことになっており、結婚した月から給料は二人分になり、加えて魔王から結構な額の祝い金が渡されていたらしい。
なのでリタは二人分の給料から一月分の生活費を抜いた額の半分を僕にお小遣いとして渡してくれていたらしい。
急に僕に定期的にそれなりの額をくれるようになったので、てっきり僕はリタが生活を切り詰めてそのお金を捻出しているのではないかと思っていたのだけど、別にそうでもないらしい。
以前貰った報奨金も結構残っているし、魔王からの祝い金も手は付けてないので何か欲しい物があるなら言って欲しいと言われて、僕はなんとも言えない気分になった。
「その代わり何かあったらヨミにも召集がかかるようになるけど、ヨミなら大丈夫だよ。呼び出されたときは私も付いていって色々教えるし」
随分気楽そうにリタは言った。
「まあでも、お金とか関係なくヨミがやってみたいっていうならやってみたら良いんじゃないかな。その場合私もついてくけど」
「なんでリタが付いてくるんですか」
やたらと自分も付いて来ようとするリタに、まだリタは僕の事を頼りなく思っているのだろうかとも感じた。
「だってヨミが怪我した時、すぐ回復できる人がいた方が良いでしょ? それに、そうしたらヨミが冒険に出かけちゃう間も一緒にいられるもの」
リタはニッコリ笑った。
このリタの一言で、不満や悩みが全部吹き飛んでしまう僕は、多分一生この人には敵わないんだろうなと思う。
「なんだかどうでも良くなってきたので冒険はもういいです。でも、仕事じゃなくてもリタと一緒にどこか行くのは楽しそうですね」
「じゃあどこか行く? 新婚旅行」
僕がなんとなく呟けば、リタは面白そうだとばかりに食いついてきた。
棚から地図を引っ張り出してきて、どこに行こうかと楽しそうに話すリタを見て、僕は今まで自分の中で何度そう考えたかわからない思いを呟いた。
「僕はリタと一緒にいられるのならなんだって良い」
直後、机に広げた地図に向かいながら話していたリタの耳がほんのり赤くなったのに気付き、僕は自分の口元が勝手に緩むのを感じた。
初恋の人に告白しようとしたら決闘することになりました 和久井 透夏 @WakuiToka
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