第20話 ディナーなんてなかった

 ヴィクトリカさんとグリフォンに二人で乗って、僕達は王都にある大規模な植物園へと向かう。

「この時間なら王都に着く頃には私の勧めた、ドロドロした子供には見せられないような内容のオペラを鑑賞して気まずい雰囲気になりながら遅めの食事を取っているはずですわ」

 悪そうな笑みを浮かべてヴィクトリカさんが言う。


 王都に向かう途中話を聞いていくと、魔王様にどうしてもリタをものにしたいならまずはデートにでも誘えと進言したのはヴィクトリカさんらしい。


 現魔王であるカミル・ガズディークは不死の王の異名を持ち、屍族アンデッドの血を強く引いている。

 一族の中でもずば抜けて再生能力の高い彼は心臓を貫かれたり、頭を潰された程度では死なない。

 先代魔王であるベネディクト・グレイシーとの死闘でもその異常なまでの再生能力は存分に発揮され、一昼夜に渡る泥仕合の末にとうとう魔力を使い果たした先代魔王を下した。


 通常求婚目的の決闘では、途中で降参するか、戦闘不能になるか、致命傷を与えられそうな状態になれば負けとなる。

 例えば喉元にナイフを突きつけられたり、岩も握りつぶせる怪力の持ち主に頭を掴まれたり、攻撃魔法が打てる者の射程範囲内に急所が入った状態で動きを止められた場合はその時点で負けだ。


 けれど魔王様はその程度では死なない。

 髪の毛一本、塵一つでも自分の身体が残っていれば身体を再生できる。


 つまり、通常の決闘では魔王様に勝ち目が無くても、求婚の決闘を死ぬか相手が負けを認めるまで勝負が付かない死闘に持ち込むことができれば話が変わってくる。

 いくらリタの持つ魔力が圧倒的で、自力で魔力を回復することが出来たとしても、回復も間に合わないペースで魔力を連続で消費させられ、驚異的な再生能力を持つ魔王様と泥仕合になったら、リタは魔力を使い切った時点で負けを認めるしかないだろう。


 そうなれば魔王様の恋は成就し、リタは自分より強い理想の夫を手に入れて、めでたしめでたしだ。

 しかし、それでは困るのでヴィクトリカさんは一計を案じた。


 魔王様にリタと結婚したいのなら、リタを自分に惚れさせれば良いと伝えたのだ。

 そうすれば、無理矢理死闘に持ち込んで、泥仕合なんかしなくてもリタは魔王様を受け入れてくれることだろう。

 体裁が気になるというのなら親族の前で決闘で敗れるという芝居も打ってくれることであろうと提案した。


 何より、結婚したら夫婦になるのだから、事前に親密な仲になっておいたほうがお互いに幸せだ。

 そもそも求婚における決闘は女性に自分の強さを誇示して惚れさせるのが元来の目的であるので、リタが魔王様に惚れているのであればそんな物は必要無いと熱弁したらしい。


 そしてその熱い思いは通じたらしく、魔王様は何かとリタの気を引くために贈り物をしたり何かと便宜を図ったりと、甲斐甲斐しくリタに尽くしだした。

 その一方でヴィクトリカさんはリタが気に入りそうな男をけしかけたり、恋愛物の小説やオペラを勧めたり、一緒に見に行ったりしてリタをなんとか魔王様以外の男とくっつくように仕向けたけれど、いつまで経っても誰ともくっつかないどころか、孤児を拾ってきて育てだしたりと、どんどん結婚から遠ざかっていった。


 この孤児とはもちろん僕の事である。

 やはり初婚と言えども子連れだと多少相手を選ぶことになるらしい。

 が、魔王様はそれでも良いと言うので、結局ヴィクトリカさんのやることは変わらないらしい。

 幸いなことに魔王様も恋愛事には疎く、ヴィクトリカさんを頼って相談してきたので、極力リタと魔王様との接触の機会を減らさせたりと融通は利いたようだ。


 けれど、四ヶ月前の人間達の総攻撃に遭ったあの日から魔王様のリタへの思いはより強固な物になってしまい、今までは何十年でもかけてリタを落とそうとしていたのが、少しでも早く結婚してできるだけ長く一緒にいたいという方向へと変わってしまう。


 相談を受けつつも、もっと時間をかけるように言えば勝手に行動を起こしかねない魔王様の様子を見て、ならばリタをデートに誘ってみるのはいかがなものかとヴィクトリカさんは提案した。

 そうして場所やプランの相談を受ければ、魔王様がリタといつどこでどんな事をするのか事前に把握できるし、魔王様がリタを誘う場所を魔王様を誘導して指定することも出来る。


 後は二人が良い雰囲気にならないように影ながらデートをぶち壊せば良いという訳だ。

 あまり仲が進展していない男女が一緒に見るには刺激の強すぎるオペラを見せたり、その直後一応は高級店ではあるけれど、比較的狭い密室に二人が肩を寄せ合って食事をするような作りの店で食事をするよう手配したりしたらしい。


「あの、それむしろ二人の距離を縮めるんじゃないですか?」

「そんなことありませんわ。いきなり殿方との初めてのデートでそんなことされたらいくらあの鈍いエッタでも流石に警戒しますわ」


 魔王様のリタに対する好感度は既に最高潮に達しているけれど、リタは現在なんとも思っていないはずなので、それをいかにマイナスまで落とすかが重要だとヴィクトリカさんは話す。


「魔王様のエッタへの幻想も打ち砕かないことには今後も今回のようなことは起きるので、その辺も何とかしなければなりませんわね……」

 植物園に着き、係員の人に二人がまだ来ていないことを確認しながらヴィクトリカさんは不敵な笑みを浮かべる。

「甘い雰囲気なんて粉みじんにして差し上げますわ」

 ヴィクトリカさんは実に頼もしい。


 今回、僕達はリタの魔王様に対する心象を悪くするために植物園のそこかしこに仕掛けを施した。

 この植物園は様々な植物が見られると同時に珍しくて温厚な気質の魔物も放し飼いにされている。

 だからこそ様々な罠を仕掛けやすい。


 仕掛けが終わると、来客を知らせるベルの音が園内に響き渡り、リタ達が到着したのだとわかった。

 僕達は万が一見つかった時のため、ヴィクトリカさんの幻惑魔法により園内の係員に化けた後、順路の初めの辺りで物陰から二人が現れるのを待った。

 そして現れた二人は僕達が期待したほど悪い雰囲気にはなっていなかった。


 リタはよほどオペラの内容を気に入ったのか、昼食を挟んだはずの今でも楽しそうにその内容について一方的に魔王様に話している。

 そして一方の魔王様はぎこちない返事をしながらそわそわとした調子で顔を赤らめている。


 なんでこの人が照れているのか。

 ヴィクトリカさんも同じ事を思ったらしく、

「堂々としていたいつもの陛下はどこに行ってしまわれましたの!?」

 と嘆いていた。


 頻繁にヴィクトリカさんに恋愛相談を持ちかけている辺り、実は魔王様も恋愛経験が乏しいのかもしれない。

 それにしても、リタの方は警戒心が無さ過ぎる。

 いざとなれば魔法で撃退する事も逃げることもできるんだろうけど、むしろそのせいでリタの警戒心が薄くなっているとも思える。

 素の性格もあるのだろうけれど、これは心配だ。


 そうこうしている内に、二人は園内の小さな池に差し掛かった。

 澄んだ水の中には色とりどりの水棲の魔物が放されており、目を楽しませる。

 池の前には立て札があり、

『水に手を浸けると水の中の魔物が皮膚の老廃物を食べに来きます。そっと手を入れてみてください』

 と可愛らしい絵と共に書かれており、その下の小さな台には手を拭くためのタオルも用意されている。


 この出し物自体は本当に園にあるものだけれど、今日はこっそり腹を空かせた別の魔物を池の中に放してある。

 キラニアという水棲の魔物で、空腹時は獰猛になり、平気で人の肉を食いちぎる危険な魔物らしい。

 流石に危なくないかと尋ねると、多少怪我をしてもリタなら回復魔法ですぐ治せるだろうとヴィクトリカさんは言っていた。

 手を入れたらいきなり池の中の魔物に指を食いちぎられてデートどころではない雰囲気にするのが狙いらしい。


 二人は池の前に立ち止まると、案の定立て札の内容に興味を示して二人揃って池に手を入れた。

 しかしいつまで経っても期待した二人の悲鳴が聞こえなかったので、キラニアが上手い事二人の手に噛み付かなかったのかと僕達はこっそり二人のもとへ隠れながら近づく。


 二人とも池に浸けた方の手首から下がなくなっていた。

「私の手、ほとんどが老廃物だったみたいです」

「私もそうみたいだ」

 なんて言いながら、笑い合っていた。

 リタは回復魔法で自分の手を生やし、魔王様もすぐに手が再生し始めて元通りになった。


「わあ、前々から思ってましたけど、陛下は本当に怪我の治りが早いんですね」

 怪我の治りが早いなんてそんなレベルの話ではないと思うけど、リタは魔王様の手をまじまじと見ながら感心しているようだった。

「ああ、体だけは昔から丈夫でな、自分でもどうやったら死ぬのかわからないんだ。歳は取っているので寿命はあるんだろうがな。なんだったら今度、私の体がどこまで耐えられるか試してみてくれても良いんだぞ」

 頬を染めながらそわそわとした調子で魔王様が言う。


「えっと、陛下は自分の限界に挑戦してみたい、ということでしょうか?」

 いまいち言葉の意味が理解できていないらしいリタが小首を傾げながら魔王様に尋ねる。

「ああ! そして君とならその限界を更に超えていける気がする!」

「よくわかりませんが、常に自分の限界を超えていこうと努力なさる姿はご立派だと思います?」

 嬉しそうに魔王様がリタの手を取って目を輝かせ、リタは尚も不思議そうに魔王様を見上げる。


 そんなに自分の限界に挑戦したいのなら、今度僕が手伝ってあげようかと思う。

 もちろんリタ抜きで。


「何でこれでいい雰囲気になるんですのー!」

 声にならないヴィクトリカさんの叫びを横で聞きながら、これは手強いかもしれないと僕は思った。


 その後、僕の予感は的中する。

 酷い異臭を放つ花も、べっとりとした粘液を周囲に噴射しながら獲物を捕食しようとするはた迷惑な食人植物も、餌をくれた人に懐いて終始煽るように言葉を真似をしながらまとわり付いてくる鬱陶しい鳥も、リタ達は結構楽しんでいるようだった。

 そして事あるごとに繰り出される魔王様の異様な言動の真意は、全くリタに伝わっていない。



 二人が植物園を周り終える頃にはすっかり日も暮れて、二人は和気藹々とした雰囲気で少し早めの夕食をとろうと話しながら植物園を後にした。

「まだですわ、まだ大本命が残っていますわ!」

 若干涙目になりながらヴィクトリカさんが宣言する。


 さっきまでの調子だともう二人の良い雰囲気をぶち壊すのは無理じゃないかと思えるけど、むしろ最後のディナーが本番らしい。

 後は適当にリタが好みそうなお菓子やらお酒やらを持ってリタが泊まるホテルの一室を訪ねればいいだけだとヴィクトリカさんは言う。

 もちろん後から魔王様が訪ねてくることができないように周囲に来訪用ではない結界を張って。




 それからしばらくして、僕達が買い物と軽い打ち合わせを済ませリタの宿泊しているホテルを訪ねる。

 部屋にはなぜかげんなりした様子のリタがいた。

 僕がヴィクトリカさんとの打ち合わせ通り、以前グリフォンに乗せてもらう約束をしていたのだけど、せっかく王都に来たのでリタの所にも来てしまったと話すと、リタは嬉しそうに僕を迎えてくれた。


「おみやげも持ってきましたわ。皆で食べましょう?」

 とヴィクトリカさんが笑うと、リタが嬉しそうにヴィクトリカさんに抱きついた。

 魔王様とさっきディナーへ行ったけれど、全く喉を通らなかったらしい。


「客層の大部分が屍族アンデッドのレストランの料理ともなりますと、人を選びますものねぇ」

 とヴィクトリカさんは同情するように言った。

 屍族に特に好まれるのはフレッシュな屍肉や内臓らしい。

 ……なんとなくリタがげんなりとしていた理由は想像が付いた。


「私だってお肉大好きだし、新鮮なお肉を生で食べるのもまだわかるの。でも……」

 魔物の目玉が皿一杯に乗った料理や何かよくわからないものの生血が出てきた時には泣きそうだったらしい。

「たぶん、物凄く高級で屍族にとってはそれが魂のソウルフードだってわかるの。でも、どうしても生理的に無理だったの!」

 またちょっと泣きそうな顔でリタが訴える。


「まあまあ、人にはそれぞれ好みがありますし、それが合わないことだってありますわよ。相性って大切ですわよね」

 などと言いながらヴィクトリカさんは木の実が練り込まれ砂糖がまぶされた甘いパンとワインを用意しながらリタを慰める。

 リタは人一倍食べる事が好きなので、そこの好みが違ってしまうといい雰囲気も完全にぶち壊しになるというヴィクトリカさんの見立ては正しかったようだ。


 最後に僕とヴィクトリカさんと一緒に美味しくお酒とお菓子を食べれば、完全に魔王様とのデートの印象が薄れてしまうだろうということらしい。

 なんだかんだでヴィクトリカさんはリタのことを知り尽くしているというか、やっぱり二人はは物凄く仲が良いんじゃないかと思う。


「それにしても、ヨミはグリフォンが好きなの?」

「はい。やっぱりかっこいいですし憧れます」

 口裏を合わせるために僕がそう答えれば、そっかーやっぱり男の子だもんねーなんてリタは笑っていた。


 このまま本当に日中の魔王様とのデートの事は完全に忘れてしまったらいいのに。

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