第7話 才能がない

 目を逸らしたらられる……!


 窓の外の鳥と目を合わせながら思う。

「リタさん、あの鳥が大人しいうちに早く……」

 逃げてください、僕がそう言い終えるより早くリタさんは窓辺へ行き、何のためらいもなく窓を開け放った。


「ヴィッキー! いらっしゃーい」

 窓から顔を出し、嬉しそうにリタさんは鳥に向かって手を振る。

「先日言っていた物をわざわざ届けに来てやりましたわ。存分に感謝なさい」

 そんな女の人の声が聞こえたかと思うと、庭に腰を下ろした四本足の鳥からリタさんと同年代位の女の人が現れた。


 態度がでかい。


 リタさんの友人らしいヴィクトリカ・バシュラールという人は、リタさんが頼んでいたという魔物けのお守りを作るために必要な素材を届けに来てくれたらしい。

 色素の薄い輝くような金髪に巻き髪で、気品に溢れた雰囲気や話し方とは裏腹に、ヴィクトリカさんは豪奢だけど随分とかっちりとした服を着ていた。

 後からリタさんに聞いたことによると、アレは軍服というらしい。


 僕には魔法石の良し悪しは全くわからないけれど、リタさんに言わせるとヴィクトリカさんが持ってきた魔法石は滅多に流通しないような超一級品らしくて、一昨日に話してどうしてこんな短時間でこんな物を手に入れられたのかと、とても驚いていた。


「ひとえに陛下のお計らいによる物ですわ。先日ちらりと話をしましたら、こちらの石を貴方にとおっしゃるものですから。これは家臣に対する気遣いの一つなんですから、そこの所を勘違いなさらないでくださいね」


「流石、陛下は相変わらず太っ腹だねぇ。でもその陛下にわざわざ上手い事話をしてくれたのはヴィッキーなんでしょ? ありがとう!」


 ヴィクトリカさんがつっけんどんな態度で言えば、リタさんが満面の笑みで感謝を伝えた。

「な、何をおっしゃっていますの! ただの雑談に陛下がたまたま興味を示されただけですわ」

 なぜか顔を赤らめながらヴィクトリカさんが答える。


「そんなことより、その子が手紙にあったヨミ君ですのね」

 目が合ったかと思うと、そのまま話題は僕の方へ移った。

「初めまして、ヨミです」

 あいさつをして会釈をすれば、ヴィクトリカさんは僕を上から下まで鑑定でもするかのように見てきた。


「……貴方、今年で何歳かしら?」

「七歳ですけど……」

 素直に答えれば、ヴィクトリカさんは少し考えるような仕草をした。

「そう、七歳でその見た目ということは、結構期待できるかもしれませんわね……精々素敵な殿方になることを期待していますわ」

 くすりとヴィクトリカさんが笑う。

「はあ、どうも」

 ヴィクトリカさんが何を思ってそう言ったのかは僕にはわからなかった。


「ところで今日は私、スコーンを焼いてきましたの。どうせ貴方はろくに紅茶もいれられないのだから、これをお皿にでも並べておいてくださいな。今日は天気がいいのでテラスでいただきましょう」

 話を切り替えるようにヴィクトリカさんはまたリタさんに向き直ると、手に持っていた高そうな紙袋を渡して先程のローザさんと同様にスタスタと台所へ向かってしまった。

「わぁ、ヴィッキーのスコーン大好き~、早速用意するね」

 リタさんは子供のように喜んでいる。


 そこでやっと僕はリタさんが今朝言っていたローザさん以外に茶会を開く相手としてヴィクトリカさんの事を挙げていた事を思い出した。

「リタさん、ヴィクトリカさんって何者なんです?」

 皿に並べたスコーンをテラスに運びながら、僕が尋ねる。


「ヴィッキーは私の親友だよ~今は魔王陛下の親衛隊隊長をやってて、こうやってたまに尋ねてきて王都との橋渡し役をしてくれたりするの」

 細かい事はよくわからないけど、つまりこの人も相当強いのだろうことはなんとなくわかった。

 そして、魔王陛下……二人の会話に出てきていた『陛下』は、魔王のことだった。

 陛下というのはただの愛称か何かだと思っていたけれど、リタさんは本当に魔王と近しい存在だったようだ。


 庭に面したテラスからは、ヴィクトリカさんの乗ってきた四足の鳥が草原に寝そべりながらゴロゴロと寛いでいるのが見えた。

 グリフォンという種族らしい。

「さあ私の用意した紅茶とスコーンを存分に召し上がれ」

 紅茶もでき、ジャムなんかも並べ終わるとヴィクトリカさんが得意気に言った。


 先程饅頭を四個程、リタさんと半分こにして食べた後だったのであまり腹は減っていないのだけど、とりあえずこのスコーンという未知の焼き菓子を齧ってみることにする。

 …………咀嚼そしゃくする度に口の中の水分がどんどん消えていく。


「なんだか、もそもそします」


 思わず僕が呟けば、

「まあ、スコーンの食べ方も知らないなんて、貴方とんだ田舎者ですのね。スコーンというのは、まずこうやって半分に割って、たっぷりとこのクロテッドクリームとジャムを付けて食べる物ですのよ」

と、ヴィクトリカさんが大げさに驚いたような表情をしたかと思うと、僕の目の前で新しくスコーンを割ってそれにクロテッドクリームとジャムを塗ったくるとそれを僕に渡してきた。


 その勢いに押されて恐る恐る食べてみる。

「……! すごく、美味しいです」

 まるでさっきの物とは別物のように美味しかった。


「当たり前ですわ」

「やっぱりヴィッキーの持って来てくれるクロテッドクリームやジャムはいつも美味しいよね~」

 勝ち誇ったようにヴィクトリカさんが言えば、リタさんもそれに続くように賛辞を送る。


 結局ヴィクトリカさんは雑談を挟みつつ、リタさんの近況や僕の事を聞いたりした後、また近いうちに来ると言って帰って行った。

 ……初めは、ただ態度がでかい人だなあ、と思っていたけれど、実は良い人なのかもしれない。


 ヴィクトリカさんが帰った後、僕は早速リタさんに魔法を教えて欲しいとせがんだ。

 リタさんもじゃあ後片付けが終わったら早速始めようかと言ってくれた。


 その後、僕はリタさんに何種類かの詠唱魔法をリタさんの実演付きで教わったけど、全く魔法は発動しなかった。

 僕が何十回目かの失敗をして気落ちしてきた辺りでリタさんは

「初めてなんだし最初はこんなもんだよ。魔法って術者の精神状態がすごく影響するものだから、あんまり力まず失敗は気にしない方が良いよ」

と、僕を励ますとその後は一昨日のような僕に文字を教えてくれる授業に切り替えた。


 ある単語を綴ってはそれが指し示す物や、それぞれの言葉を繋いでその繋ぎ方によってどう意味が変化するかをを魔法によって作り出した幻で見せてくれたり、実際にその言葉が指し示す物を魔法で出してわかりやすく説明してくれるリタさんの授業はとても楽しくて、僕はすっかり時を忘れてしまった。




 一週間後、僕はリタさんから魔除けのお守りを貰った。

 青い石がはめ込まれたペンダントで、前に貰ったリタさんに助けを求めるための緑の石も同じ紐にまとめてもらった。

 リタさん曰く、あくまで魔物との偶然の遭遇を避けるための物なので、過信せず、魔物の鳴き声が聞こえたり、遠目にでも魔物の姿を見つけたら近づかず、速やかにそこから遠ざかるようにと注意された。




 一ヵ月後、僕は大体だけど自力で本を読めるようになってきた。

 一般的なテーブルマナーもなんとなくわかるようになる。

 武術はやっと基礎的な訓練が終わって、更に発展的な訓練が始まって、リックさんと実戦形式で組み手をしてもらったりするようになった。


「勉強や訓練ばかりじゃなくて、友達を作って遊んだりもっと好きなこともやっていいんだよ?」

 と、リタさんには言われたけど、これが僕の今、一番やりたいことだと答えるとそれ以上は何も言われなかった。


 魔法はリタさんに全ての系統の魔法をひと通り教えてもらったけれど、結局僕は何一つ発動させる事は出来なかった。

 どうやら僕には魔法の才能がないらしい。




 リタさんは鬼族のことを調べてくれたようで、鬼族は魔法は使えない代わりに電撃を扱える特殊能力があるらしい、魔法が使えなくてもそちらを頑張ればいいと元気付けてくれた。

 だけど、僕の電撃はどんなにがんばっても精々マッチの変わりに薪に火を付けられるかどうか程度である事は、村にいた頃から身にしみて知っている。


 ある日、その事をリックさんに打ち明けると、

「それならその分、武術の習得にまわせばいいだろう。体を動かせば嫌なことも忘れるし、ヨミ君は武術の方の素質は十二分にあるようだから、そちらをのばせばいい」

 という言葉を貰った。


 気持ちが軽くなると共に、これからはより一層武術に打ち込もうと思った。

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