第6話 騎士として

「ヨミ君、君も薄々気付いているかもしれないが、姉上は少し……抜けているところがあるんだ。君にとっては出会ってまだ三日かもしれないが、心当たりもあるんじゃないか?」

 庭園にあった小さな椅子とテーブルの所まで行くと、リックさん達はその椅子に腰掛け、僕にもそこに座るように促した。

 リックさんは言葉を選ぶように話し出した。


「まあ、多少は……」

 リックさんが何を言わんとしているのかはわからないけど、とりあえず僕はその言葉に頷きつつその先を待った。

 警戒はといていない。


「我がグレイシー家は侯爵家であり、先代魔王を輩出した家系でもある」

 侯爵家というのが何を指し、どれだけすごいものなのかはわからない。

 でも先代の魔王がこの家の出身ということはリタさんはこの国でもトップクラスの戦闘力を誇る家系らしいという事はわかる。

 そんなすごい家の出であるのになぜリタさんはあんなに正体を隠したがったのだろう?


「お姉さまには口止めされていましたが、正直、あのお姉さまがいつまでも隠し通せるとは思えませんし、今後ヨミ君がお姉さまとお付き合いして行く上で、とりあえず最初に全部知ってから知らないフリをしてもらうのが一番良いのではないのかと昨日お兄様と話しましたの」

 ローザさんは困ったような顔をしながら僕の方へ手を伸ばしてきた。

 僕は一瞬体を硬くしたけど、その伸ばされた手が僕の頭を撫でていることに気付いて力が抜けた。


「そのためには、一度お姉さまを抜いて三人で話す必要がありましたし、少し強引に理由を作ってヨミ君を連れ出してしまいました。お姉さま身内に甘いので、勢いに任せて話を進めると大体流されてくれるのですが、ヨミ君には恐い思いをさせてしまったみたいですね。ごめんなさい」

 ローザさんはそう言って僕に頭を下げたけれど、まるで僕の胸の内を見透かされたようで、僕は一気に脱力した。


「恐らくお姉さまは、現在この国において最も強いお方ですの。当然、現魔王よりも」

 そうしてローザさんはリタさんの身の上について語り始めた。


「お姉様は幼い頃から非凡な魔術の才能を発揮していました。貴族の家では性別や生まれた順番に関わらず、兄弟の中で最も戦闘力の高い者が跡を継ぐのが慣わしで、兄弟の中でもずば抜けた力を持っていたお姉様は当然跡取りに決まりました」


 リタさんの力はかなりの名門であるグレイシー家においても抜きん出ていたらしい。


「跡取りの結婚相手というのはそれなりの戦闘力が求められ、かつ女性の場合は自分より強い相手というのが絶対条件になります」

「魔族の力は基本的に生まれ持った資質に大きく左右され、強い力はそのまま身を立て身分を証明するものとなるからだ」

 ローザさんの説明に横からリックさんが付け加える。


「大抵の場合はある程度戦って相手の強さを認めてこの相手で良いと思えば途中で女の方がわざと負ける。というのが一般的ですが、簡単に勝ててしまうような相手、つまり手を抜いた状態でも圧勝できてしまうような相手は論外であり、そのための決闘なのです」


 つまり戦闘力の高さこそがその身分を証明するものであるので、家のためにもより強い結婚相手が必要となるらしい。


「年頃になったお姉様は、お見合いする相手を皆、瞬殺してしまい、一時期は貴族の間で有名になりました。このお見合いは形式上、力さえあれば下級貴族でも一代限りの名誉貴族でも平民でも挑戦権だけはありますので、それは多くの殿方がお姉様に挑戦しましたの」


 とにかく最終的にその決闘でリタさんを打ち負かせば、どんな身分の出身者でも一気に侯爵家の仲間入りを果たす事が出来るらしい。

 確かに力さえあれば一代で一気に成り上がる事もできそうだ。


「あまりに人数が多い場合は親族による予選が行われて振るいにかけるが、その予選を簡単に突破した者達でさえ、誰一人姉上には敵わなかった」

 ため息交じりにリックさんが言う。


「そんなある日、当代の魔王様からも決闘の申し入れがありましたの。現魔王はそれまでグレイシー家歴代最強といわれていたお爺様、先代魔王ベネディクト・グレイシーを若干五十歳の若さで魔王決定による死闘で打ち倒した方ですわ」


「だからこそ皆魔王が負けるなんて思っていなかったし、肩書きではなく実力で見て欲しいからと魔王が身元を偽ってリタさんに決闘を挑んだ時も誰も止めなかった」


 そして事件は起こった。

 と、リックさんは言う。


 確かに魔王は今までの人達よりは善戦したものの、結果はリタさんの圧勝だったそうだ。

 魔王とはこの国で一番強い存在でなくてはならない。

 そして魔王が求婚での決闘で破れた場合、魔王が女ならばそのままその男の人を魔王にすることで結婚でき、丸く収まる。


 魔王が男の場合、魔王より強い者はいてはならないのでその後死闘を行い、勝った方が魔王になる。


「死闘のルールはどちらかが死ぬか負けを認めるかなので、仮に死闘が開始された直後にでも女の方が負けを認めればその場で求婚成立となりますし、男が負けを認めた場合も女の方が次の魔王となり、男も魔王の座を奪われるだけで済みます」


「けれど、現魔王は戦闘狂で有名な人物で、決闘開始直後の敗北宣言は認めないと、姉上への求婚が失敗した直後に言い放った。つまり、姉上がその時魔王に死闘を挑めば、勝てば次の魔王となれるし、その見込みは十分にあった。試合の途中でどちらかが棄権し相手に受け入れられれば、その時点で婚約は成立し、勝者は魔王となるが、姉上はそれをしなかった」

「どういう事です?」

 リックさんの言葉に僕は首を傾げる。


「死闘の前に、どちらかが自主的に軍門に下るのならその限りではないのです。お姉様は魔王からの死闘の申し入れをそんな物には興味がないと断り、魔王の部下となることをその場で誓ってしまいました。当然両家の親戚や魔王本人もその返答には予想外で、しばらく沈黙が辺りを支配しましたわ」


「その後、陛下に、ではこれからどうしたいのだと聞かれたところ、姉上は、『家のことは妹や弟に任せて、どこか私のことを知らない田舎の町で庶民として静かに暮らして良縁を見つけたいです』と言ったんだ」


 要するに、『簡単に倒せてしまう魔王なぞ自分の結婚相手にはふさわしくないので庶民の中からもっと有望そうな人材を探した方がマシだ』と、その場にいた全員は理解したそうだ。

 

 その後リタさんはこの国でも有数の危険な魔物が大量に生息する山を魔王様から貰い、そこに家を建てて住むようになったらしい。

「なんで魔王様はリタさんにそんな危険な土地を贈ったんですか?」

 僕は不思議に思ってローザさんに尋ねる。


「危険な魔物が住む辺境の地に住むということはそれだけで自分の力を誇示するステータスになりますの。つまり貴族の住まいとしては超一等地ですわ」

 そういえば前にメアリーさんも似たようなことを言っていたような気がする。


「でも、魔王様は何も言わなかったんですか?」

「基本的に魔族の貴族社会は弱肉強食であり、たとえ魔王といえど一度決闘で負けてしまった相手には次に決闘で打ち負かすまでは強く出られないのが普通だ。そして、それは身内であっても同じ。つまりあの場で姉上の決定に異を唱えられる者はいなかったんだ」

 リックさんが大きなため息と共に答える。 


 けれど、魔王さえも簡単に倒してしまうようなリタさんの目にかなう相手がそう簡単に見つかるはずも無い。

「このままでは恐らくグレイシー家歴代最強であるお姉様の血が途絶えてしまいます。なのでせめてもの応援として私達は影ながらあちこちにお姉様の噂を吹聴して周ってますの」

 同じくローザさんも大きなため息をつく。


 その甲斐もあって現在もリタさんを尋ねてくる挑戦者は後を絶たないようだけれど、それでも、一向にリタさんから見込みのある人物が現れたという噂すら聞かない状況らしい。


「そこまではまだ良いんだ」

 リックさんはローザさんの話がひと段落すると口を開いた。

 まだ何かあるのか。


「ヨミ君もさっき見ただろうが、我が家の後ろにあるあの岩山の大穴は、姉上がまだ三十歳にもならない頃に空けた穴だそうだ。それも無詠唱で」

 深刻な様子でリックさんは言う。


「グレイシー家の教育方針は基本的に苦手を無くし、できることを広げるという物だ。だから小さい頃から一般的な教養に加え、魔法も、武術もあらゆる種類の物を一通り習得させられる。しかし、その教育に一切ついていけなかったのが姉上だ」


「お姉様は魔法に関しては非凡な才をお持ちでしたが、他は何をやらせても満足には出来ませんでしたの。そんなある日、『魔法を極めれば大抵の事は何とかできる』とお姉様は言い出して……」

 リックさんとローザさんが二人揃って大きなため息を吐く。


「我が家教育方針に合わなかったお姉様はある時から他の授業を一切サボって部屋に籠り、魔法の研究に没頭し始めました。お姉様をたしなめる為にお母様は、妨魔石という常に微弱な電磁波を出して魔法の使用を妨害する石でできた手枷をお姉様にはめたのですが、お姉様はあろう事かそれを魔法を使っていとも簡単に壊してしまいました」

 魔法の使用を妨害する石とは一体。


「その後も様々な無理難題が姉上には出されたが、姉上はそれら全てを魔法のごり押しで解決してしまった。ちなみにあの山の穴もその時姉上が空けたものだ。姉上は通常魔法よりも極端に出力の落ちる無詠唱魔法で自分に襲いかかるゴーレム達を山ごと消し去ってしまった」

 山に空いた大穴を見ながらリックさんは言う。


「通常、それだけの力を出すにはベテランの魔術師でも長い詠唱が必要とされるのですが、三十歳にもならない子供がそれを無詠唱でやってのけてしまった。しかも使用した大元の魔法は子供向けの初級魔法。その事実だけで家中の人間を黙らせるには十分でした」

 どうやらリタさんは幼少期から色々と規格外だったようだ。


「三十歳でこれなら、姉上が成長し魔術師としての技量も上がり超級の破壊魔法を詠唱や儀式を完全な物とした上で行えば、容易く一つの国を滅ぼす威力の魔法さえ一人で放てるようになる可能性もある」


「当事、魔王だったお爺様が幼少期に似たような逸話を持っていたことから、お姉様は間違いなく魔王の器に違いないとその日からお母様はリタさんを未来の魔王にすることを夢見ましたが、当のお姉様は帝王学には一切興味を示さず、魔法研究以外には少女向けの恋愛小説やおしゃれなどの一般的な少女らしい嗜好をしていました」

 リタさんらしいといえばらしいエピソードだけど、それは色々大丈夫なんだろうか。


「そして、お姉様の魔法の才能を目の当たりにしたお爺様は自分も昔はそうだったと、最低限の教養以外の授業は一切免除しすると言い出して、もう誰も姉を止める事はできなくなりました。しかしその結果、お姉様はその……私達から見ても心配になる位、素直で明るく純粋で無邪気に育ってしまわれて……」

 ローザさんが遠い目をして語る。


 簡単に言ってしまえばこの世に悪意や邪な心を持った存在が現実にいるということを思いつきもしないような人物に育ってしまったそうだ。


「下手すれば国を滅ぼすほどの強大な力を持った姉上だが、人を疑うという事を知らないので、危険思想を持った悪い男に毒されてしまった場合、本当に国が滅ぶこともありえる」

「だからこそお姉様の結婚相手に現魔王陛下というのはこれ以上ない相手だったのですが、陛下さえお姉様のお眼鏡には叶わなかったようで……」

 リックさんとローザさんが再び深刻そうな顔になる。


「これは推測だが、姉上は小さい頃から小説に出てくるような恋に憧れ、いつか自分が全力でぶつかっても難なく受け止めてくれるような強い男との恋愛を夢見ていて、そのせいで魔王を倒してしまった今でもその想いを捨てきれないのかもしれない……」

 僕はリックさんの言葉にこの前リタさんに読み聞かせてもらった小説の内容を思い出す。


「だが、姉上は基本的に寂しがりなんだ。いつ孤独に耐えかねて男の趣味が変わるかわからない」

「私は、お姉さまを幸せにしてくれる人なら相手は誰だって良いんです。ただ、その人が本当にお姉さまを幸せにしてくれる人かどうか、というのを考える時に、その基準をお姉さま一人にゆだねるのはとても心配なのです」

 リックさんの言葉に、ローザさんは心から心配そうに俯く。


「もうここまで言えばわかるだろう。僕達はヨミ君に姉上を守る騎士になって欲しいんだ。もちろん戦闘のことじゃない。そんなの誰もあの人には敵わない。姉上は君を気に入っている様子だし、君の助言なら聞くと思うんだ。姉上に変な男が寄ってこないか気をつけていて欲しい」


 リタさんの事を人を疑うことを知らないという割に、初対面の僕にここまで長々と話してしまうこの人達も大丈夫なんだろうかと思ってしまう。

「……あの、そんな大事なことを初対面の僕に簡単に話してしまっても良いんですか」


「大丈夫、やりたくないなら進んでやりたくなるように教育するだけだ」

 隣に座っていたリックさんの顔が急に僕のすぐ目の前までずいっと近づけられた。

 すっとリックさんの目が細められる。

 僕が身構えると同時にリックさんはプッと吹き出した。


「ごめん冗談だよ。でも僕の言葉を理解して身構えた割に全く目を逸らさない辺り、君は見込みがあるよ。君が僕達の態度に違和感を覚えて警戒をしだした辺りからちょっと期待してたんだ。ヨミ君は姉上と違って人を疑う事を知っている。今はそれだけで十分だ。なんとなく不穏な気配を察した上であえて積極的に僕達についてこようとしたのには少し驚いたけど」

 からかうようにリックさんは言葉を続ける。


「ヨミ君は姉上のことが好きかい?」

「そりゃ、命の恩人ですし、こんなに良くしてもらってるんだから、好きです」

 確かにリタさんのことは好きだけれど、素直に答えるのはまんまとこの人の術中に嵌っている気がして嫌だった。

 だけど、次の問いかけには即答していた。


「うん、じゃあそんな姉上が悪い男にだまされて酷い目に遭うのはどうかな」

「嫌です」


 僕はもう多少のことなら慣れてしまっているけれど、リタさんが、誰かに酷い目に遭わされるのだけは我慢ならない気がした。


「じゃあ僕らの利害は一致していると思わないかな。もし君がうんと言ってくれるなら、僕達は君が姉上を守ることができるよう、出来る限りの教養や武術を君に教えたいと思っている。どうだろう」

 なんとなく丸め込まれたような気もしつつ、僕は頭を下げた。

「……よろしくお願いします」

 リックさんは僕の手をぎゅっと握ってきた。


「うん、こちらこそ姉上をよろしく」

 満足そうにリックさんが頷けば、いつの間にか僕達のすぐ横に来ていたローザさんも手を重ねてきた。

「お姉さまの幸せは私達の手にかかっていますわ。これからは力を合わせてお姉さまをお守りするのです」

 そうして意気込む姿はどことなくリタさんに似ていたけれど、一体ローザさんのどこがそんなに抜けているんだろうと少し不思議に思った。




 その後僕は一通り屋敷周辺や屋敷の中を二人に案内してもらったりした後、屋敷でまたお茶を飲みながら明日の予定について話し合ってからローザさんに家まで送ってもらった。

「ヨミ君、掃除ならもう既に我が家のメイドで事足りていますから、お姉さまを喜ばせたいなら美味しい紅茶の入れ方でも憶えた方が手っ取り早いですわよ」


 帰り際に微笑みながらローザさんがそんなことを言ってくるので、

「じゃあ明日、教えてください」

とお願いした。

「ええ、もちろん。また明日」

 ローザさんは、楽しそうに言って帰ってしまった。


 リビングに行けば、テーブルの上にの上に紙の包みがあり、それを開けてみれば、中にはいくつかの饅頭が入っていた。


 僕とリタさんが最後の一個の饅頭を半分こにして食べ始めた頃、突然、轟音が響いて、羽音が聞こえた。

 窓から外の様子を窺えば、大きな四足の鳥が庭に降りてくるところだった。

 確かこの家はリタさんの結界によって魔物は入ってこられないはずだ。


 まさかさっきの轟音は結界が破られた音だったのか。

 だとするとこの鳥は自力でリタさんの張った結界を破ってきたことになる。

 もしかしたら魔法にも耐性があるのかもしれない。


 だとするとリタさんが危ない。


 僕は咄嗟に身構えたけれど、リタさんを守れるのか?

 と、考えてみれば無理だった。

 窓の外に降り立った鳥と僕の目が合った。


 最悪、僕がおとりになっているうちにリタさんが転移門から逃げてくれれば……。


 今の僕にできることは、それしかないように思えた。

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