第4話 甘えん坊さん
柔らかい……
ぬくもりに包まれながら思った。
母さん……いい匂い…………
ぼんやりとする頭で抱きつけば、優しく頭を撫でられた。
重たい瞼をあげれば、そこにいたのはリタさんだった。
「おはよう、ヨミ君。今朝は甘えん坊さんだね」
そんなリタさんの声に、僕はハッとする。
リタさんに抱きつきながら彼女の胸に顔を埋めて頭を撫でられている。
慌てて僕はベッドから体を起こす。
「ご、ごめんなさい! 僕寝ぼけてたみたいで……」
リタさんに向き直って謝れば、起き上がったリタさんがまた僕の頭を撫でる。
「もうヨミ君は私の家族なんだから、そんなに改まらなくてもいいんだよ~。そもそも呼び方がいけないのかな。じゃあこれから私はヨミ君のことヨミって呼ぶから、ヨミも私のことはリタって呼んでよ」
くすくすと笑いながらリタさんが言う。
「えっ、でも僕なんかにリタさ……」
僕なんかにリタさんの名前を呼び捨てにさせてもいいのかと言おうとして、僕の両頬はリタさんの手に挟まれた。
「リタ、だよ。それに自分のことをそんな風に卑屈に言うのは私、好きじゃないな」
真っ直ぐと僕の目を見ながらリタさんが言う。そして顔を固定されているので目が逸らせない。
「わ、かりました。リ、タ」
何か悪いことをしているような居心地の悪さを感じながら答えれば、
「はい、では改めてこれからよろしくね。ヨミ」
上機嫌な様子でリタさんが笑った。
「今日は知り合いへヨミの紹介もかねて町に買い出しに行くよ」
朝食を食べている時にリタさんが言った。
今朝は昨日のスープの残りとパンだけで昨日と比べれば質素な物だった。それでも僕には十分ご馳走だけど。
「今日は町でお買い物がてら色々買って食べるから、朝はあんまり食べ過ぎないようにね。麓の町は温泉街で結構栄えてて、おいしい物がいっぱいなの」
うっとりとした様子でリタさんが言う。
何でも温泉の蒸気を利用した蒸し料理が特にお勧めらしい。
「ヨミは何か欲しい物はある?」
「いえ特には……あ、この家って包丁とか
魔法が使えなくても道具があればすぐにでも僕も家事を手伝えるはずだ。
でもリタさんの暮らしぶりからして、それらの道具が無くても不思議ではないと思える。
その場合はリタさんに頼んで買って貰うことになるのだろうから、相談の意味もかねて尋ねた。
「確か家を建てた時に生活に必要そうな物はまとめて手配したはずだから、探したらあるんじゃないかな」
しかし、リタさんはそもそもそれがあるかどうかも把握していないようだった。
朝食を食べ終わったら出かける前に探しておこうと思う。
「あ、それとヨミ、今、私達がいる家は山の中に建ってて町からはちょっと離れているんだけど、しばらくは絶対に一人でこの家の敷地からは出ちゃダメだよ。危ないから」
そうそうと思い出したようにリタさんが口を開く。
「危ないって?」
「攻撃的な魔物とか出るから。だから魔物避けの結界の張ってある庭までなら良いけれど、家を囲っている門から出るときは必ず私に声かけて一緒に出るようにしてね」
さらっと今とんでもない情報が入ってきた気がする。
「今度魔物避けのお守りを作ってあげるから、それまでは山の中を探検したくなっても我慢してね」
「わかりました……ところで、どんな魔物が出るんですか?」
山にはあんまり良い思い出は無いので、そんな話を聞いた今わざわざ入る必要が無ければ敢えて危険を冒すような真似は絶対にしないけど、一応どんな魔物がいるのかも聞いておきたい。
「うーん、基本的に食べられないし、食べられそうなのもたまにいるけどあんまりおいしく無かったよ」
どんな魔物が出るのか尋ねたのに、出てくる魔物が食材としてどうかという情報しか入ってこなかった。
どうやらリタさんの中では魔物=食材らしい。
リタさんは結構食い意地が張っているのかもしれない。
「まあ私がいる時は町に行くにも転移魔法を使うからあんまり山には入らないけどね」
「少しは山の中に入るんですか?」
「うん。一応転移門は一度作ったら術の性質上、門を移動させることは出来ないし、使ったらその都度閉めるんだけど、この前みたいに閉め忘れちゃったり誤作動で勝手に開いちゃう事があって」
つまり、そんな時に家の中に直接転移門が繋がっていると、そこから迷い込んできた魔物がいきなり家に上がり込むことになるらしい。
確かにそれは危険だ。
「門自体を使う度に消したり新しく作ったりはできないんですか?」
「新しく門を作ることは出来るけど、転移魔法は簡単に説明するとある場所同士を繋げる魔法で、門を閉じることは出来るけど一度作っちゃうと最低でも一年以上放置しないと場所同士の繋がりは完全には消せないし、何かの拍子に勝手に門が開いちゃうこともあるから、一つの場所に対して一つの門を作ったらそれをずっと使う方が安心なの」
他にも門は互いに影響を与えない程度に離して作らないと、互いに干渉しあって上手く目的の場所と繋がらないこともあるなど色々と制約が多いらしい。
「転移魔術って、便利そうだけど結構めんどくさいんですね」
「うん。だからそれを嫌って空を飛べる魔物を飼いならして移動手段に使ったり、元々自力で飛べる種族はそのまま自分で飛ぶなんてことも多いよ」
実際転移魔術は扱いが難して使える魔術師は少ないのでわざわざ魔術師を雇って転移魔法を使うより、適当に空を飛べる大型の魔物を飼いならした方が早いと言われているらしい。
「ということは、やっぱりリタってすごい人だったんですね」
「えっ、え~と……うん、こんな感じの特殊技能はいくつか持ってるから、食いっぱぐれは無い。かな」
何か色々ぼかしているような言い方だけれど、ぼかしきれてないな。とは思った。
出かける前に台所を探してみたら、包丁やまな板などの調理器具は一通り揃っていた。
新品同様で使われた形跡が一切無かったけれど。
同じように箒やちりとり、ブラシなどの掃除用具も見つかったけれど、こっちは普通に使われているようだ。
多分週に一回来るという実家のメイドさん達はこれを使って掃除をしているのだろう。
ただ使い方がわからない道具が多いので、やっぱり掃除の仕方はメイドさん達に直接聞こう。
町に着くのは本当に一瞬だった。家の門を出てすぐの辺りでおもむろにリタさんが手をかざすと、空中に光る魔法陣が現れた。
これが転移門らしい。そしてその魔法陣を通り抜けると、僕達は町の入り口のすぐ近くに立っていた。
「町の中は人も多いからはぐれないように手を繋いどこうか」
町の賑わいを横目に確かにはぐれたら大変そうだと僕はリタさんの手を握る。
「今日はどんな物を買うんですか?」
「主に食料品だねぇ、ヨミの生活用品は別ルートでもう頼んであるから。でもまずはせっかく町に来たんだからあちこち見て回ろうか。この辺は観光地としても有名だから、いろんなお店があって楽しいよ」
手を引かれながら尋ねれば、楽しそうにリタさんが言った。
その後しばらく僕達は町の中の土産物を売っている店や、小物店を見てまわる。
リタさんは途中、手芸用品店にも寄って金具や紐なんかの細々した物も買っていた。
何かを買い食いするということも初めて体験した。
温泉の蒸気で蒸したという肉饅頭という食べ物は一口食べれば中の肉汁が口の中一杯に広がって、ちょっと熱かったがとても美味しい。
他にも温泉卵や肉の腸詰を食べて回ったり、本当にこんなに美味しい物があちこちに溢れているなんてと驚けば、
「だよね。私も来たばっかりの時はびっくりしちゃった。ご飯も美味しいし、お風呂も気持ち良いしで。もうこの土地から離れられる気がしないもの」
と、嬉しそうにリタさんは笑う。
町を歩いていると、リタさんはたびたび親しげに声をかけられる。
リタさんはドラゴンの肉が大好物らしいのだけれど、ドラゴンを狩っても一人では食べきれないので町の人達におすそ分けしていたら仲良くなったらしい。
そもそもあんな巨大なドラゴンを一人で狩るというのは村での不帰山の扱い的に一般的な事とは思えない。
リタさんは自分の素性を隠したがっているようだけど、町の人達はどう思っているのだろう。
「そろそろお昼にしましょうか」
そんなことを考えていると、懐中時計を見ながらリタさんが言った。
これから行くのはリタさんの行きつけの店で、なんでも気の良い料理上手の女主人が切り盛りしているらしい。
「もうお昼の忙しい時間は過ぎたはずだからそろそろ大丈夫だと思うの」
あちこちで買い食いをしていたのは混雑した時間帯を避けるためでもあったようだ。
リタさんに連れられて入ったその店は、カウンター席とテーブル席がいくつかある、この辺では一般的な食事処らしい。
「あらいらっしゃい。今日は可愛い殿方を連れてるわね」
「うん、新しい家族のヨミだよ。いつもの二つお願い」
軽く言葉を交わしながらリタさんはカウンター席に腰掛け、僕もその隣に座る。
「リタちゃん、この前のドラゴンの温泉卵美味しかったよ。また何か燻製にする時は声かけてくれよ」
丁度店を出て行く所だったらしい中年の男の人が帰り際にリタさんに声をかけ、リタさんもその時はよろしくと手を振った。
昨日、僕達が食べたあの燻製の肉はあの人が燻したものらしい。
他の店にいた人達も何人かリタさんに親しげに声をかける。
僕は今までそんな経験をしたことが無かったので、なんだか落ち着かない。
リタさんに話しかけるついでに僕に声をかける人もいたけれど、どう反応したらいいのかわからない。
しばらくすると僕達の前に甘い香りのするお茶と焼き菓子が出された。
「メアリーの出してくれるお茶とクッキーはとっても美味しいんだよ」
勧められるがままに口に運べば、確かにクッキーもお茶も美味しかった。
それからしばらく僕はリタさんとこの店の主人であるメアリーさん、そして他のお客さんとの雑談に耳を傾ける。
そこでわかったのは、メアリーさんとさっき燻製の話をしていた人には僕と年の近い子供がいるらしく、どうやらリタさんは僕に彼等を紹介したいらしかった。
「二人ともヨミより少し年上だけど良い子達だからきっと良いお友達になると思うな」
リタさんは笑顔で言うけど僕は友達なんて今まで出来たこと無いし、同世代の子供達からは石を投げられてばっかりだったのであまり気は進まない。
そんな時、店に一人の男の人が入ってきた。
背が高く、がっしりとした体格で身なりの良いその男の人は店に来るなり
「ここにかの有名な竜殺しの女傑殿がいらっしゃると聞いて参りました! 女傑殿はいらっしゃいますか!」
と店に響き渡る大声で言った。
何なんだ一体と思っていると、メアリーさんがぼそりと
「またか」
と呟いた。またって、前にもこんなことがあったのかと思っていると、リタさんがすっと席を立ち上がった。
「それは多分私のことですが、何か?」
リタさんの表情はわからなかったけど、代わりにその立ち上がったリタさんを目にした時の男の人の顔はよく見える。
強面の顔をほんのり赤らめてしばらく立ち尽くした後、慌ててリタさんの元に歩み寄ったかと思うとその場に跪いて手を差し伸べ、是非自分と決闘してもらいたいと言い出す。
これは、たぶんアレだ。
昨日リタさんに読んでもらった小説に出てきた、男が主人公の少女に結婚を申し込むシーン。
確か自分と決闘して勝ったら結婚してくださいという意味で、貴族式の求婚だったはずだ。
そしてこの場合女の人がその手を取ったらその決闘を受けるという意味になるのだけど、リタさんはあっさりとその手を取って了承する。
「それじゃあ、ちょっと決闘してきます。メアリー、少しヨミのことをお願いね」
そう言ってリタさんはさっさと店を出て行ってしまった。
店に残った客はその後すぐに全員野次馬のように後を追って出て行ってしまった、中にはさっき注文した物が届いたばかりなのに、お代だけ置いて出て行った人もいた。
僕もついていこうか、だけど遠まわしに待っているようにとも言われたし、とそわそわしていると、
「まあ今のでお客全員いなくなったし、店閉めて私達も見に行こっか」
とメアリーさんが言ってくれたので、僕はメアリーさんと大急ぎで店を閉める準備をして外に出た。
もう店の外には、さっき出て行ったお客さんはいなくなっていたけれど、メアリーさんは心当たりがあるようだったのでそれについていくことにした。
「さっき『またか』って言ってましたけど、前にもこんなことあったんですか?」
「それはもうしょっちゅうよ」
メアリーさんに着いていきながら尋ねれば、苦笑いをしながら答えてくれた。
「あの決闘の申し込み方って確か、身分の高い人が結婚を申し込んだり申し込まれたりする時のですよね?」
「あら、よく知ってるわね。リタがこっちに来てからはよく見てるわ。いつもリタの圧勝に終わるけど」
確認のために尋ねれば、メアリーさんが感心したように頷いた。
「リタさんって、そんなに強いんですか?」
「そもそも巨大なドラゴンを一人で倒したり、ゴーレムやら食人植物がうろつくあの
しかもあの子、あれで正体隠してるつもりなのよねーとおかしそうにメアリーさんが笑う。
僕も薄々そうなんじゃないかとは思っていたけど、やっぱり他の人もそう思っていたらしい。
というか、リタさんを見ている限り、本人はあれで隠し通せていると思っている節がある。
大丈夫なのかあの人、と少し心配になると共に、僕がしっかりしなければと思った。
「でもまあ、正体を隠してるってことは何かそれなりに理由があるのだろうし、本人が言いたくないのなら聞かないわ。それに、たまに高級食材を大量におすそ分けしてくれたり、今日みたいに求婚されては派手に蹴散らしたり、あの子見てると楽しくて飽きないのよね。後おすそ分けくれるし」
二回おすそ分けって言った。確かにあのドラゴンの肉はとんでもなく美味しかったけど。
「ドラゴンの肉って、そんなに貴重なんですか?」
「そりゃそうよ。ドラゴン自体はありふれてるけど、それをたった一人で狩れるなんて相当な戦闘力を持った王族や侯爵家位の良血統じゃないと基本ありえないし、そんな高級食材を庶民の私達が頻繁に食べられるなんて普通はないの。実際ドラゴンの肉って物凄く美味しくて、毎日だって食べたいわ」
すごく美味しいの所を強調してメアリーさんは言う。やはりあれは肉の中でもかなり上等な物らしい。
そんな事を話している内に、僕達は町のはずれの気も建物も無い開けた場所に着いた。
そして見覚えのある人達や知らない人達が人だかりを作っている。
どうやらここにリタさんはいるらしい。
メアリーさん曰く、最近は決闘を申し込まれた場合、大体この辺で戦う事が多いそうだ。
人だかりの向こうで何かがぶつかり合うような音が聞こえ、その度に歓声が上がるがよく見えない。
そんな僕に気付いたらしい店にいた男の人がこれなら見られるだろうと僕を肩車してくれた。
突然目線が高くなって一気に視界が開ける。
リタさんが放つ魔法攻撃を次々に弾き飛ばし、先程リタさんに決闘を申しこんでいた男の人がリタさんに突進していく姿が見える。
男の人の持つ剣はそのままリタさんに振り下ろされたものの、リタさんはそれを防御魔法のような物で受け止め、同時に男の人の背後で巨大な氷の球を作り出すとそのまま男の人の後頭部に勢いよくぶつけた。
男の人は倒れ、辺りはより一層大きな歓声に包まれた。
その後リタさんは魔法で男の人の目立つ傷を治すとじゃあ後はお願いしますと観戦していた人に一声かけた。
何をしているのかと肩車してくれている男の人に聞くと、リタさんに挑んでくるような腕に憶えのある男は大体既にその力でもって社会的成功を収めているので、気を失っていた所を介抱するとそれなりの謝礼が期待できるらしい。
倒れた男の人には複数の人が群がっていた。
リタさんは戦闘が終わった後、少し寂しそうな顔をしていたけど、こちらに気付くとすぐに笑顔になってこちらに来てくれた。
店への帰り道、ふとリタさんに
「リタさんは、結婚とかしたいんですか?」
と、なんの気無しに尋ねた所、
「そりゃしたいよ~寂しいもん。でも良い相手いないし。あ、だけどこれからはヨミがいるから寂しくないよ」
なんて言って笑っていた。
その後しばらく待ってもメアリーさん達の子供は帰ってこなかったので、僕達は日を改めることにして店を後にした。
帰り際にメアリーさんはリタさんに何か渡していたので、店を出た後に聞いてみると美味しいぶどう酒が手に入ったからと貰ったらしい。
「この町の人は会う度に何かしら物をくれる人が多いの」
上機嫌にリタさんは話していたけれど、きっとそれはリタさんがよくドラゴンの肉を配っているからだろうなと思った。
その後、僕達は市場でパンや野菜、果物を買って帰宅した。
家に帰って片づけをした後、リタさんは夕食のスープ作りに取り掛かる。
どうやらメアリーさんから聞いた簡単で美味しいスープの作り方を早速試してみるようだ。
僕はなんとなく心配でリタさんを手伝うという体で見守ることにした。
途中、鍋からなぜか火が上がって爆発し、炒めていた野菜と肉が消し炭になったりとちょっとした失敗はあったけど、四度目の挑戦では一切魔法を使わない。
外に積んである薪を使って竈で料理をする。
ということを試したら、かなり美味しい物ができた。
リタさんは竈の使い方が一切わからなかったようなので、僕が竈の番をしたら、リタさんはそれに随分と感心したようだ。
ただ料理をするだけで子供のように歓声を上げて褒めてくれるリタさんの反応がくすぐったかった。
スープが出来上がる頃には日が傾きかけていたので僕達は一回風呂に入った後、すぐに夕食にした。
様々な困難を乗り越え、多くの食材を無駄にし、心が折れかけながらも何とか作りきったスープの味は格別だった。
リタさんは食卓にぶどう酒を一緒に置き、食事をしながらそれを飲む。
僕が美味しいですか?と尋ねると、美味しいよと答えてはくれたけど、僕に飲ませてくれることはなかった。
「お酒って、美味しいけど小さいうちに飲んじゃうと背が伸びなくなっちゃうらしいの。だから、ヨミの背が私より大きくなったら一緒に飲もうね」
とリタさんは笑う。
僕はその時までリタさんと一緒にいられたら良いなと思った。
リタさんはぶどう酒を飲み始めた時、このぶどう酒は美味しいから毎日少しずつ飲みたい。なんて言っていたけれど、一杯飲み干すと後一杯だけと延々飲み続け、最後には貰ったぶどう酒を全て飲みきってしまった。
「あうぅ……無くなっちゃった」
そう言いながら空のぶどう酒の瓶を覗き込むリタさんの顔は赤く、目は潤んでいた。
「リタ、大丈夫ですか? さっきから様子がおかしいですよ」
僕がそう声をかけても、リタさんは相変わらずトロンとした目で大丈夫大丈夫と
明らかに大丈夫じゃない。
後から僕は酒を飲むと酔っ払う。ということを知ったのだけど、このときの僕はそんなことは一切知らなかったので大層慌てた。
顔を触ったら随分熱かったので、熱があるんじゃないかと心配した。
「とりあえずベッドに横になって下さい。後でお水も持ってきますから」
そう言いながらフラフラするリタさんを転ばないように手を引きながら部屋まで連れて行き、ベッドに寝かせる。
「ふふふ、ヨミありがと~」
嬉しそうに笑いながらリタさんが起き上がって後ろから抱きついてきた。
外はもう暗く、リタさんも昨日のように魔法で明りを出していないのでランプの火の灯だけが部屋を薄暗く照らす。
「……抱き付かれると水を取りに行けないんですけど」
背中に当たる柔らかさと耳元にかかる吐息にドキドキしつつも、言葉ばかりの抗議をしてみる。
「行かなくてもいいですよ。ヨミはずっとずっとここで私と一緒にいたらいいのです」
また言葉遣いが変わっている。もしかしてこっちの話し方の方が素なのかもしれない。
リタさんは僕の首元にすりすりと火照った頬を擦り付けてくる。
……なんだか、今の状況が嫌じゃない自分がいる。
「ずっとベッドの上はちょっと……」
「いるんです~」
本当は嬉しかったけど、さっきよりも更に様子がおかしいリタさんが心配になって、身体をよじってリタさんに向き合えば、リタさんは目に涙を浮かべていた。
「だって、寂しいじゃないですか。だけどあのまま家にいる訳にも行かなかったですし、でも結婚相手どころか恋の相手も見つからないし、私は、誰かと一緒にいたいんです」
消え入りそうで、舌っ足らずな様子の声が僕の耳元で聞こえる。
何のことを言っているのかわからないけれど、こんな時は、どうしたらいいんだろうか。
「……リタは、甘えん坊さんですね」
朝のリタさんの言葉を真似て頭を撫でてみる。
すると不意にちゅっと音がして、リタさんが僕の前髪を掻き揚げて額にキスを落としたことに気付く。
「ふふっ、ヨミ大好き~」
嬉しそうなリタさんの声が聞こえたかと思ったら、そのままリタさんはベッドに体を倒し、抱き付かれていた僕も一緒にベッドに倒れ込んだ。
「リ、リタ……」
これでもかという程に激しく心臓が脈打つのを感じつつ、顔を上げてリタさんの方を見れば、満足気な顔で寝息を立てていた。
一応、隣の客用の部屋を自分の部屋にしていいとリタさんに言われているのだけど、布団をかけてリタさんを寝かせた後、なんだか離れたくなくて、結局僕はそのまま今日もリタさんと同じベッドで寝ることにした。
ランプの灯を消した後、もし明日何か言われたらリタさんがずっと抱きついて離してくれなかったことにしようと布団にもぐりながら思った。
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