第13話 収穫祭

 あれから一週間が経った。

 今日は収穫祭の初日だというのに、僕は今だにリタをダンスには誘えていない。


 理由は一つだ。

 収穫祭のダンスの話をしようとするとリタがいつも途中で他の話を始めてしまい、結局リタに話を切り出すきっかけが掴めないのだ。

 そしてとうとう収穫祭の初日を迎え、今は僕とリタが不帰山かえらずのやまで差し入れのためのドラゴンを狩りに来た帰りだ。


「それにしても、そんなに大きなドラゴンを魔法も使わずに担げるなんて、ヨミもすっかり逞しくなったねぇ」

 不帰山にある転移門に向かいながら、感心したようにリタが言う。

「最近、魔物を倒して帰る度に同じことを言われてる気がするんですが」

 本当にこの頃よくこんな事を言われてる気がしてつい口を挟む。


「だって、ちょっと前まで私のすぐ後ろちょこちょこついてきていた可愛いヨミが、十年も経たないうちに私の身長も追い越して、その辺の危険な魔物も自力で倒して、そのうえ戦利品として持ち帰ってくるようになるなんて思いもしなかったもの」

 自分の腰くらいの高さに手をもっていき、背も昔はこれ位だったと懐かしむようにリタが目を細めた。

 リックさん達の話によれば、リタの家系は皆成長が遅いらしく、人間の成人年齢である十五歳程度の姿まで体が成長するまでに五十年程かかるそうなので、確かに人間と同じような速さで成長する僕には知識では知っていても違和感は覚えるかもしれない。


 実際十五歳なんて人間で言えば成人だが、それは八十そこそこまでしか生きられない人間という種族ならではの考えで、平均寿命が三百歳程の魔族からすれば十五歳の僕なんて子供だ。

 結局、リタにとっても僕はまだまだ加護が必要な子供で、だからこそリタはこんなにも僕に甘いのだろう。


「……リタは、僕が小さいままの方が良かったですか?」

「ううん、私はヨミがこんなに立派に成長してくれて嬉しい。それに、いくつになったって私にとってヨミは可愛いよ?」

 なんだかリタは僕が小さいままの方がよかったんじゃないかという気がしてきて、少し拗ねながら尋ねれば、リタはすぐにそれを否定してくれた。

 でも、同時にずっと可愛い子供だと言われたような気がする。


「可愛いは嫌です」

「ふふふ、ごめんね、ヨミはかっこいいね」

 子供扱いが嫌で僕が抗議すれば、リタは笑いながら僕の頭を撫でてくる。なんだか余計に子ども扱いされている気がする。


「リタ、収穫祭の最終日、祭りの火を囲んで踊った男女は深い縁で結ばれるそうですよ」

 立ち止まってそう話を切り出せば、リタも少し歩いた後立ち止まってこちらを振り向いてくれた。

「最終日、僕と踊ってくれませんか?」

 目を逸らしたらリタが逃げていってしまう気がして、真っ直ぐにリタを見つめる。


 リタは一瞬驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの優しい顔に戻って微笑んでくれた。

「……はい、喜んで」



 この年の収穫祭三日間は、本当に夢のようだった。

 リタと一緒に祭りを回るのは毎年の事だったけれど、小さい頃のようにリタと手を繋いでまわるお祭りは、全てがきらめいて見えた。

 最終日、流れてくる音楽に合わせて火を囲んで子供のようにはしゃぎながら踊るリタは、赤い火に照らされてとても綺麗だった。

「私、収穫祭でダンスに誘われたのなんて初めて。とっても楽しかった」

 家に帰った後も楽しそうに先程のことを話すリタに、なんだか嬉しいようなむずがゆいような気分になった。


「来年も、また一緒に踊ってくれますか?」

「もちろん」

 勢いに任せて来年の収穫祭のダンスにも誘ってみれば、リタはニッコリ笑って了承してくれた。


「じゃあ、そろそろ夜も遅いし、お風呂に入って寝ましょうか」

「僕は朝入るのでいいです」

 リタが風呂に入る準備をしだしたので、僕は出来るだけ眠そうな風を装って寝巻きを用意しながら言う。

 そうすると、もうすっかり夜の場合、大体リタは諦めてくれる。

 まだ明るい夕方の場合は他にやりたいことがあるように振舞うと不満そうな顔をしてもそのまま引き下がってくれる。


 最近、僕はずっとリタとお風呂に入っていない。

 あの日、リタを押し倒す夢を見てから、しばらくは後ろめたくてリタの目が見られなかったし、今でもリタの裸を見るのには抵抗がある。


 小さい頃から散々見てきているのに、今、直接リタの裸を目の前にして平静を保てる自信が僕にはなかった。

 小さい頃から結構最近までずっとリタと一緒に風呂に入っていたせいで、一回意識してしまうとすぐに瞼の裏にありありとリタの白い、しなやかな肢体が浮かんでくる。

 しかも裸なんてリタかアベルに見せてもらう画集位でしか見たことがないせいで、リタじゃなくて他を思い浮かべようとしても例の画集の中身がそのままリタで再生されるという悩ましい事態に僕は陥っていた。


 リタは、僕がこんな事を考えてるなんて知ったら、きっと僕の事を軽蔑するだろう。

 少なくとも、あんまりいい気はしないはずだ。

 リタに嫌われるのだけは絶対に嫌だ。

 もしリタに嫌われてしまったら、それこそ僕はもうどうしていいのかわからない。


 思考がどんどん暗く重い方へ傾いていくのを感じて、僕はそれを振り払うように頭を振った。

 本でも読んで気分を変えようと、枕元に置いたランプの明かりを頼りにベッドに横なりながら以前図書館で借りてきた本を読もうとしたけれど、目は字面の上を滑るだけで内容は全く入ってこなかった。

 ランプの明かりに、祭りの火に照らされながら踊るリタの姿が思い出されて、僕はしばらくその想像の中のリタに見惚れていた。


 本は目の前に開いてはいるけれど、完全に僕の意識が僕の想像の方へと向けられていた時、ガチャリとドアが開く音がして僕の心臓は跳ね上がった。

 咄嗟に僕はそのまま目を閉じて寝たふりをした。

 僕の側に近づいてくるリタの気配を感じながらじっとしていると、手元にあった本がそっと取り上げられた。

 その後横の棚に本が置かれるような音がした後、ランプの明かりが消された。


 それからややあって僕の隣が少し沈む。

 リタがベッドに入ってきたらしい。

 それからリタが近づいてくる気配がした後、僕の頬に柔らかい、しっとりとした感触がした。


「今日は楽しかったよ。おやすみ、ヨミ」

 とても小さく囁くリタの声が耳元で聞こえたかと思うと、リタの気配は離れていって今度こそ本当に眠ってしまった。

 僕は顔が熱くなるのと心臓がうるさいくらいに脈打っているのを感じて、結局その日はあんまり眠れなかった。



「お前等、結局収穫祭は誰かと踊ったのかよ」

 収穫祭も終わった数日後、僕達はアベルの家に招かれていた。

 どうやらアベルはあの後何人かの女の子に声をかけたものの全滅だったらしい。

 今後身長が伸びて女の子と踊ったりすることになった時のためにも、僕達の話を聞いておきたいらしかった。


「氷屋の娘のアンナと踊った。あと付き合うことになった」

 そして、しれっとロニーが彼女が出来たことを報告する。

 早速アベルが悔しそうに嘆きつつもどうやって付き合うことになったのかと食いつくけど、ロニーは僕の方はどうだったのかと聞いてきた。


「僕はリタと踊った」

 促されて僕も報告すると、アベルは先程とは打って変わってなぜか慈しむような目で僕を見てきた。

「…………まあ、ヨミも身長が伸びてもまだ十五歳の子供だもんな」

「俺も小さい頃は母さんとよく踊ったなぁ」

 懐かしそうにロニーも目を細めたけれど、僕はその反応に嫌な予感がしてすぐに聞き返した。


「えっ、ちょっと待って、親子で踊るのって一般的なの?」

「家族で踊るのはよくあるよ。結婚した夫婦はもちろん、親子や、結婚した夫婦の両家の人間が末永くいい関係でいられるようにみたいな感じて一緒に踊る事もあるし」

 ロニーが説明をしながら僕の頭を撫でてくる。


 完全に子ども扱いされている。


「……ちなみに、ロニーは何歳位まで母親と踊ってた?」

「二十歳位までかなぁ、まあでも俺が将来結婚して子供がいる歳になったとしても、親子だったら別に普通だと思うけど。孫とお爺ちゃんお婆ちゃんみたいなのもたまに見るし」


 そういえば収穫祭のダンスで、随分歳の差があるペアがいたけれど、それもそういうことだったのか。

 ちなみに現在ロニーは三十歳、アベルが三十八歳だけど、見た目的には人間の十六歳と十二歳というところだろうか。


 これでは僕がリタをダンスに誘ったところで、何のアプローチにもなっていない。

 精々『お母さん大好き』程度の意味にしか取られないのではないだろう。

 つまり、僕がリタと手を繋いだりしたのだって僕としては結構勇気を出したのだけど、リタとしては『今日は甘えん坊さんね』程度にしか受け取っていない可能性がある。

 というか、多分そうだ。


 それどころか、アベルの話では子供が小さい時に『お母さんと結婚する』なんて言い出すこともよくあるそうなので今後僕がリタに何を言っても年齢的に本気に取ってもらえないかもしれない。


 僕はその事実にただただ愕然とした。

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