第8話 ガチな不倫はネタにするのも恐ろしい(Ⅰ)


 前回の話の終わりに、「不倫バナ系のドラマは全く見たことがない」というようなことを書きましたが、実は、職場を舞台とする恋愛ドラマの類も、ほとんど見たことがありません。

 「主人公は二十代前半の女性で、職場には少し年上の少しカッコイイ殿方がいて、二人は衝突したり、ともに苦労したりしながら、やがて心を通わせていき……」というようなストーリーは、私にはどうも現実的に感じられて仕方がなかったのです。


 なぜならば!


 私の勤め先は、三十オーバーのおじさんばかりで占められていたから!

 しかも、その多数派は、四十代前半だったから!

 しかも、その大多数は、おじさんとは名ばかりのオヤジだったから!


 彼らとまともに衝突したら、「若い奴は言われた通りにやっとればいいんだ!」と一喝されて終わりだから!


 そして、極めて少数派の、麗しくて心優しいおじさんたちは、

 全員既婚者だったから!



 おじさん好きの私としては、もちろん、麗しいおじさんたちが気にならなかったわけではありません。しかし、家庭持ちのイケメンおじさんは、「眺めて愛でる」のが掟です。

 私めに許されるのは、麗しいおじさんを見つめつつ、心の中でヨダレをたらすことぐらい……。


 と、思っていたのですが、私の周囲にわずかに生息していた同年代の女性陣の中には、家庭持ちの殿方を相手に「恋バナ」を展開した掟破りのツワモノどもが、ちょろちょろいたのでございます。



 結婚して数年目という三十ちょいすぎイケメン男に一目ぼれし、バレンタインデーに手作りのチョコレートケーキを持参して、職場で堂々と当人に渡す女。

 女性専用の独身寮に住んでいながら、殿方と、文字通り「同伴出勤」するところを、同期に目撃される女。

 家族持ちと思われる五十代の上司と懇意になり、彼の個室でラブラブしていたら、部内の複数の人間に目撃された上、コトの次第を某巨大ネット掲示板にカキコミされる女。


 ちなみに、三番目の事案については、「ネット掲示板へのカキコミは部内情報の漏えいではないか」という話に発展し、「我が社」内では少々問題となりました。

 カキコミした人間を特定するより、職場の風紀を乱した五十代の上司とやらを叩き出すほうが先ではないかと思うのですが、世の中はなんとも不条理なものでございます。


 とにもかくにも、精力的な女性たちを前にして、シャイな私はただ恐れ入るばかりだったのですが、実は、上記三件の事案など足元にも及ばない、強烈な不倫話と遭遇したことがございます。

 以下、その詳細は、例のごとくドキュメンタリータッチで、どうぞご覧くださいませ。



     *******



 その男を仮に、「D氏」と呼ぶことにする。

 当時、D氏は四十代前半だった。背は高くも低くもなく、やせ形で、インテリ系の顔をしていた。階級と年齢とを鑑みるに、同期トップというほどのエリートではなかったが、それなりに出世コースを歩んでいたと思われる。

 海外駐在中に知り合った外国人女性と結婚しており、子供はいない。


 女のほうは、「Eさん」としよう。

 事務職のEさんは、当時二十代後半の独身で、私より三歳年上ながら二年という、ある意味ビミョーな立ち位置にいた。

 身長は160センチ以上あり、スタイルはかなりいい。猫っぽい色気のある美人顔で、紫を使ったメイクを好んでいた。「我が社」には稀有な、魅惑的な雰囲気に溢れた女性である。


 私は、以前から二人を知っていた。仕事上の関わりが多かったD氏とは、顔を合わせたついでに軽く雑談をする程度の関係だったが、同じフロアにいたこともあるEさんとは、年も近かったため、たまに一緒にランチに出かけたりする仲だった。



 ある年の春、D氏とEさんは、上司と部下として同じ部署に配属された。私は一度だけ彼らの事務所に顔を出したことがあるのだが、二人は手狭なスペースの中に机を並べ、身を寄せ合うようにして座っていた。


 D氏が、着任早々Eさんを気に入ったのかは不明である。しかし、Eさんが当初、D氏にさほどの興味を抱いていなかったことだけは、確かだった。

 なぜならその時、彼女は民間勤めらしい同年代の男性と付き合っていたからだ。


 なぜ私がそんなことを知っていたかというと、単に、「我が社」の正門前でランデブーする二人と出くわしたことがあるからである。

 Eさんは、恥ずかしがる風でもなく、私に彼氏さんを紹介してくれた。彼氏さんのほうは、Eさんより若干年下かと思われるほど、初々しい爽やかな美男子だった。

 何ともお似合いの美形の二人。華やかで羨ましいなあ。



 ……などと思っていると、しばらくして、Eさんに関する噂話が聞こえてきた。何でも、仕事を通じて知り合った在日米軍の下士官と懇意にしているという。


 ちょっと、ちょっと、それはガセネタですぜ。彼女にはあの爽やか美男子がいるんだから。


 ところが、Eさんの彼氏を目撃してからひと月余りが経った頃、彼女の上司、つまり四十代既婚のD氏から、残業中の私に電話がかかってきた。


 己の部下のEさんが米軍の黒人の兵隊と結婚しようとしている。

 黒人社会も下士官社会も極めて独特かつ閉鎖的な世界だから、彼女には馴染みづらいに決まっている。

 なんとかして思いとどまらせたいが、どうしたらいいだろうか。


 そんなことを、内線で話してくるのだ。


 言っちゃなんだが、それはお節介というものだ。部下の結婚相手のことに口出しなんかしてると、セクハラだかパワハラだかで訴えられるぞ。

 そういう趣旨のことを、目上のD氏に丁重に申し上げたのだが、彼は、「でもなあ……」と不服そうにため息をつくばかりだった。


 こらこら、相手が云々より、もっと由々しき問題があるでしょうが。




(Ⅱに続きます)

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