「じ」で始まる業界の小ネタ集①-おじさんが好き物語「カクテルの紡ぐ恋歌」編

弦巻耀

第1部 シブいおじさんが出てくる恋愛モノを書きたいのにリアルにはおバカなネタしか転がってなくて途方にくれた話を聞いてくれ(たまに「じ」ネタ入ります)

第1話 昔からおじさん好きでして……


 おじさんに恋をしました。


 私より、二十歳も上のおじさん。

 私より、二十歳分、物知りで、

 私より、二十歳分、強い人で、

 私より、二十歳分、優しさに溢れていました。


 おじさんに相応しい人になりたくて、

 勉強して、強くなって、

 優しい女性ひとになりたくて、

 早く大人になりたくて……。

 一生懸命頑張ったの。


 そんな私をおじさんは、静かに見守ってくれました。


 でも、どんなに背伸びをしても、

 私はおじさんには届かない。

 ちっとも理想には届かない。


 そんな自分が悲しくて、

 我慢できずに言ってしまった。


 時間はかなりかかるけど、きっといつか、

 あなたの理想の女性ひとになってみせる。

 だから、ずっと一緒にいてください。

 

 おじさんは、悲しそうな顔で言いました。


 『もっと世の中を見てごらん。

  私なんかよりよほど君に相応しい男性ひとが、

  きっと見つかるはずだから』


 そんな人は見つからない。見つける必要はない。


 初めておじさんに口答えしました。

 

 おじさんは、私に背を向けたままでした。

 背を向けたまま、私を置いて行ってしまいました。

 抱きしめられた時の感触だけを残して、去っていってしまいました。



 ……という感じの恋物語を想い描いていたのは、はるか昔、私が高校生の頃のことです。


 同級の友人達がリアルのアイドルに夢中になっている傍らで、私が一人で気が狂ったように愛でていたのは、ミリタリー系海外ドラマに出てくる「やや影のあるおじさん」というキャラクターでした。

 当時再放送されていたそのテの番組にたまたま従兄がハマっていたのですが、その従兄の家にたまたま遊びに行ったのが運のつき。「やや影のあるおじさん」と出会った私は、すっかりそのテの殿方の虜になりました。


 それから後は、そのテの作品を漁りまくる生活にどっぷり浸かり、完全に変な女子高生に変貌です。


 元からアニメ好きで元からオタク気質の私は、「やや影のあるおじさん」を主人公に据えたストーリーを脳内で展開するようになりました。厚かましくも、彼の相手役は自分。

 今でいう「夢小説」のようなものを妄想し、気がつけば、大事な十代後半のほとんどをそんな時間に費やしてしまいました。


 私の「白馬の王子様」は、やや影があって、渋くてカッコ良くて、無口なのに優しくて、物知りで強くて、何があっても動じない、包容力のある人。

 但し、おじさんに限る。


 そもそも、若いモンの中にそんな殿方がいたら大事件です。



 この妄想てんこ盛りの理想は、しかし、現実によって完膚なきまでに駆逐されてしまいました。

 就職して初めて「おじさん」という生き物を間近に見て、「現実とは厳しく見苦しいものよ」と実感したからです。


 別におじさん世代を責めているわけではありません。期待と妄想に目がくらんでいた私が悪いのでございます。

 私がティーンズの時期は、父親が単身赴任で家にほとんどいなかったため、「おじさん」の生態をじっくり見る機会に恵まれなかったことも、妄想に拍車をかけていたかもしれません。


 妄想と現実の乖離は、どの世界にも存在します。例えば、中高生男子たちは、「女子高」と聞けば、萌え系グラマー美少女がセーラー服姿で恥じらいのポーズをとる図を思い浮かべるかもしれませんが、冗談じゃございません。


 私は県立女子高の出ですが、同級生の大半は凄まじい連中でした。


 昼休みに、上履きを履いたまま近所の駄菓子屋にアイスを買いに行く奴。

 電車が来そうだと言って、「うぉー!」と雄叫びを上げながら駅の階段を三段跳びで上る奴。

 暑いからとスカートをまくり上げ、それをばさばさやってを冷やそうとする奴。

 生徒集会のある日、塀を乗り越えて脱走を試みようとしたものの有刺鉄線にスカートが引っかかって身動きできなくなり、近所の人に通報されて補導歴がついた奴。

 水球大会に備え、爪を伸ばし先を鋭く削る奴。

 騎馬戦で殴り合いの戦いを繰り広げる奴。

 強烈BL同人誌を授業中に読んでいて先生に没収され、恐る恐る職員室に行ったら青ざめた先生に無言で本を返された奴。


 女子高とは、はっきり申し上げて、獰猛なエグイ世界でございます。強いて言うなら、校則の厳しい私立女子高のほうが、まだ幾分かもしれません。

 ティーンズ男子の皆さま、県立の女子高にはどうぞご注意ください。



 やや話がそれましたが、そんなこんなで、現実に妄想を打ち砕かれた私は、ようやく真面目に日々を送るようになりました。


 己の妄想の中のおじさんの言葉どおり、世の中を見て多少なりとも見聞を広めました。それなりに面白いことを体験し、そして、悲しいことにも遭遇しました。良いものも悪いものも、心の奥底に降り積もっていきました。

 やがて、虚像のおじさんは、過去の思い出のひとつとなっていきました。



 ところが、最近になり、「ネット小説」という世界を知りました。そして、オタクの神の啓示を受けたのです。



 二次元の中で夢を叶えよ!



 自分が書くお話の中だけなら、いくらでも妄想を凝縮できます。人目を気にせず、誰にも遠慮せず、妄想を形にできます。


 よっしゃ! リアルでは叶わなかった憧れの恋バナ、おじさんとおじさんより二十歳年下の女の人のラブストーリーを、今更ながら書いてやる! これまでに心の奥底に溜まった諸々を、全部ブッ込んですっきりしてやる! 


 私は迷わず、再び不真面目な妄想生活に戻る決意をしたのでございます。


 しかし、なにしろ脳内妄想ばかりの人間。まとまったお話は、これまで書いた経験がありません。まずは「設定」とやらを作るのかな? 二十離れた男女の具体的な年齢はどうすべか……。想像力が豊かなほうではないし、未知の世界を取材するわけにもいかないし……。

 結局、取りあえず過去に見聞きしたことをネタに考えてみよう、という安直な方向に走ることになったのでございます。



 というわけで、ギョーカイネタに入る前に、まずは年の差恋話に登場させる「うちのおじさん」がなぜ「家庭持ち」で「『じ』のつく業界に勤める人」という設定になったのか、長い長いイタい話をどうか聞いてやってくださいませ。



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