(第8話)ガチな不倫はネタにするのも恐ろしい(Ⅳ)
悶々と日々を過ごしていた私に衝撃的な答えをくれたのは、第6話に登場の同期Tさんだった。
TさんとEさんは、部署こそ違うが、似たような業務を担当していたため、仕事上の接触がかなり多かった。共に在京大使館との連絡業務にも携わっていたため、たびたび大使館のレセプションなどでも居合わせることがあったらしい。
ワインバーでの会合から二週間ほど経った頃、たまたまTさんの職場に用事ができた私は、仕事の話もそこそこに、D氏とEさんのことについて、恐る恐る尋ねた。
「あの二人の……、何かさ、変な噂聞いちゃって」
「ああ、不倫してるってやつ?」
「ホントなのかな?」
「ホントだよ」
な、何でいきなり断言するんだ。どもりながら更に尋ねようとした時、席を外していたTさんのボスが戻ってきた。
第6話でも書いたが、彼は、ヒグマのように縦横が大きい強面の人である。「残念、話の続きはまた後日か」と思ったら、Tさんが自席に座ろうとするボスを呼び止めた。
「あの二人、絶対、不倫してますよね」
なんでそういう話をわざわざボスに振るんだ! ドン引きする私をよそに、ヒグマのボスは真顔で頷いた。
「ああ、間違いないな。いかにもそんな感じだもんな」
「ど、どういうふうに、そんな感じなんですか」
完全にパニックする私に、ボスはヒグマ面でニヤリと笑った。
「ほら、大使館のレセプションとかあんだろ? そういう場所で、あいつら、初めっから終わりまで、ずーっと二人でくっちゃべってんだぜ。バカだよなあ。もう関係者全員そういう目で見てるよ」
マジすか! 社内恋愛はこそこそやるものだと思っていたが、社内恋愛ならぬ「社内不倫」が、これほど堂々と展開されていたとは!
そ、そんなことして、あの二人は大丈夫なんですか。
「知らね。俺たちは取りあえず、見て見ぬフリしてるけどな。ただ、あいつらのトコの人事の親玉の耳に入ったら、どーなんだろうなあ」
D氏とEさんが所属する部署の「人事の親玉」は、将官クラスが務めていた。地方部隊にいれば、「陸」のお方なら旅団長をお勤めになるほどの、超ド級のお偉いさんだ。
ちなみに、「旅団」とは陸上自衛隊の部隊編成上の単位の一つで、二千人から四千人ほどで構成されているのだが、そのトップが旅団長である。これに匹敵する地位にいる「人事の親玉」を敵に回したら、間違いなく「ジ・エンド」だろう。
私のドロ臭い本能が、「もう関わらない方がいい」と告げていた。
Eさんは渡航申請の件ですでに目を付けられている。あからさまな不適切行為という二度目の失態が明らかになれば、もはや取り繕うのは不可能だろう。冷たいようだが、自業自得としかいいようがない。
……と、思っていたら、年が明けてしばらくして、D氏から電話がかかってきた。うわあ、嫌だなあ。もう関わりたくないんですが。
しかし、内線にかけてこられては、こちらは逃げようがない。
おっかなびっくり応答すると、先方は、開口一番、
「助けてくれ」
と言い出した。
なんだなんだ、いよいよコトが上層部にバレたのか。だからって、なぜ私に電話してくるんだ。私は、警戒モード全開で「Eさんとの一件か」と尋ねた。
D氏は素直に、そうだと答えた。
彼女のことで、非常に困っている。
どうしたらいいか分からない……。
ああ、いよいよEさん、年度末で配置転換なんだろうな。それとも、依願退職の方向で話が進んでいるんだろうか。
どちらにしても、今更どこかにいいポストを探してくれと言われても、それはまず不可能だ。年度末の定期異動に間に合わせるにはかなり微妙な時期に入っているし、「規則破りのいわくつき」の引き取り手を探すのは、そもそも非常に困難だ。
可愛そうだが、もはや、下っ端の私が出る幕ではない。
私は「なんだか、厳しいことになっているようですね」とだけ言って、話を終わらせようとした。
しかし、D氏は、
「本当に困ってるんだ。話を聞いてもらえないか……」
と、およそ幹部らしくないセリフを口にする。
Eさんに対する罪悪感で頭が一杯なのか。せめてもの罪滅ぼしに、彼女に少しでも有利な異動先を用意してやりたいから、協力してほしいということなのか。
「今からポスト探しをするのは、かなり難しいと思います。遠方への転勤も視野に入れる必要があるかと思いますが、彼女にその意思があるか、先に確認しないと……」
遠方にでもうまく空きポストがあり、そこの管理者が私の「知り合いの知り合い」程度に関係のある人間だったら、もしかしたら、話がうまくまとまるかもしれない。しかし、調整が終わってから、Eさんに「首都圏を離れるのは嫌だ」などと言い出されたら、間に入る人間の立場も微妙になる。
事前に彼女の「覚悟」を聞かずして動くことはできない。
そんな私の意図を察したのか察していないのか、D氏は、「ああ……」と情けないため息をついた。
結局、数日後に会うことを承諾した。場所は、前回三人で飲んだ、あのワインバーにした。
あの時は、私の前でラブラブな空気を振りまいていた二人だが、今回、二人掛けの椅子に座る二人は、どんな顔をするのだろうか。
……と、思っていた私は、この時、重大なミスを犯していた。D氏自身から「Eさんも同席する」という言葉を聞いていなかったにも関わらず、そのことに気付いてすらいなかったのである。
(Ⅴに続きます)
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