第4話 30代半ばの殿方×短大生系キャラがボツになった事情


 おじさんキャラを三十代半ばに設定すると、女性側はおのずと「二十歳前後」ということになります。

 この年頃の女性キャラは実にバリエーション豊かに設定できそうですが、自分が二十歳の時はのんきな学生をやっていたので、お話のヒロイン像も何となく学生さんのイメージで考えてしまいます。


 主人公が短大生や女子大生なら、少しオトナの香り漂う「学園もの」が書けるかも。なかなか魅惑的なジャンルです。

 短大生なら二一歳で就職なので、可憐な学生が華やかなOLに変身していく過程を数年スパンで描く、というテもあります。四大に通う女子学生という設定でも、アルバイト先をお話の舞台にすれば、仕事を通じて主人公が様々な人と出会う話を作ることができそう……。



 ところで、短大生と四大生の違いとは何でしょう。在学期間? 専攻内容? 確かに、短大は四大に比べ、設置学科の種類が少ないようです。しかし、文学系や教育学系なら、どちらの学校にも共通して存在します。

 女性キャラの専攻をこの分野にしてしまえば、私が想像で短大生の生活を描いても、そうそう妙なことにはなりますまい。幸い私自身も、柄にもなく文学系の専攻でしたし。


 と思った矢先、高校時代の友人で、一時期短大に通っていた人がいたことを思い出しました。


 彼女は、理系の四年制大学を目指していましたが、思ったほど数学の成績が伸びず、現役での受験はことごとく失敗してしまいました。高校卒業後に文系に転向し予備校に通いましたが、やはり一年間では準備が間に合わず、第一希望には不合格。

 しかし、合格した数校の中に、極めてブランド力の高い短期大学がありました。友人は複雑な思いだったようですが、彼女の両親は大喜びです。知名度の低い四大より有名な短大に行くほうが、職種こそ限定されるものの、優良企業への就職という点では断然有利だからです。


 当の友人も納得してその短大に入りました。ところが、夏休みにならないうちに退学してしまいました。

 決して我儘な性格ではなかった友人の退学理由は、「お嬢様しかいないのがツライ」から。


 友人の入学した短大は典型的なお嬢様校でした。彼女の話によると、大半の学生がセミロングの髪型で、ふわふわフェミニンな服を着て、お洒落な話題ばかりをふわふわと可憐に喋っていたのだそうです。

 一方の友人は、私が通っていた「獰猛なエグイ」女子高で最も学校生活を楽しんでいた部類。興味があればドロ臭いものにもすぐに飛びつき、自由奔放にガンガン突き進む。ふわふわの「ふ」の字もない血気盛んな気質の持ち主でした。


 進学先の校風に全くなじめなかった友人は、結局、予備校生に戻り、一年後に、ガヤガヤした雰囲気の四年制大学に入りました。



 短大も四大も、学校のカラーは様々です。この世の中を広く探せば、私や私の友人のようにガサツで下世話な者を温かく受け入れてくれる短大も、もしかしたら存在するのかもしれません。

 しかし、この友人の一件で、私の短大生に対するイメージは、「ふわふわの可憐なお嬢様」に凝り固まってしまいました。


 短大生を主人公にするなら、「お嬢様タイプ」を描くことになるのか……。超庶民の私に、それは無理だ(断言)。何しろ、アクセサリーにも鞄にも靴にも、全くもって興味なし。バカ高いブランド品を買うお金があったら漫画本を百冊買うわ、というオタク人間でございますので。


 お嬢様って、学校でどんな服を着ているんだろう。

 行きつけの喫茶店は、紅茶一杯で千円超したりするトコなんだろうか。

 お友達と旅行、なんて時には、間違っても夜行バスを使ったりはしないんだろうなあ。


 考えているうちに、目が回ってきてしまいました。主人公が出てくるたびに、人物描写にも情景描写にも四苦八苦するのが目に見えています。これはどうやら無理そうだ……。



 では、短大に通っていたお嬢様が学業を終え社会に出た、という設定ならどうでしょうか。


 彼女たちの多くは「一般職」のOLさんになります。いくら学生時代に華やかな服で着飾っていても、働き出したら、勤務時間中は会社の制服を着ることになります。これなら服装の描写にだけは困らない。ランチはもっぱら、社員食堂か自前の弁当、もしくは職場近くの平凡なレストランになるでしょう。これなら食事の描写にも困らない。

 よっしゃ、こっちならいけそうだ。おじさまとの夜の会合は、「さほど高級でないバー」のシーンだけにして誤魔化しちゃおう。


 ようやく庶民でも書ける設定が浮かんだぞ、と喜んだのもつかのま、重大な問題に突き当たりました。


 お嬢様OLの世界には、「おじさん」というイレギュラーな存在が入り込む隙が、ほとんどないのです。


 学生なら昼間の行動は自由ですが、働き始めると、少なくとも九時から五時までは職場に拘束されます。したがって、恋バナが大きく発展するチャンスはもっぱら五時以降となるわけですが、お嬢様OLは、夜もさほど自由ではありません。なぜなら、彼女たちの大半は実家暮らしと思われるからです。


 お嬢様OLに一人暮らしが少ないと考える根拠は二つあります。まず、都会で一人暮らしをしながら華やかなOLを演じることはほぼ不可能です。


 とある転職サイトで調べたところ、二十歳女性の平均年収は240万円ほど。単純に十二で割れば、月収は二十万ジャストとなります。

 一人暮らしをするなら、このお給料から家賃を払わなければなりません。仮に山手線圏外の二十三区内に住むとすると、家賃相場は、アパートでも七万円弱、オートロック付きマンションの二階以上なら八万五千円ほどになるようです。

 この前提で計算すると、家賃を払った時点でお給料の三割から四割が無くなります。さらに、食費(自炊を前提)、光熱費と引いていくと、結局手元には八~九万円ほどしか残らないという状況になります。


 こんな環境で、お嬢様OLが生きていけるでしょうか。


 華やかなOL生活の背後には、家賃を払う必要のない実家に住み、お給料のほとんどを自身のお洒落に費やせるという特殊な条件があるのです。


 お嬢様OLに実家暮らしが多いと考えるもう一つの根拠は、「華やかなOLさんが集う都会の企業ほど、一人暮らしの女性を『一般職』として採用しない」という不文律がある点です。


 理由は先に書いたことにも関連しますが、企業自体が「家賃の高いエリアで一人暮らしができるほどの給料を一般職に払っていない」と自覚しているからです。

 住まいの問題を若い女性の側に押し付けながら、金銭的に困った彼女たちが「夜間のバイト」なんかに走ったら大変、という身勝手な発想で、一人暮らしの女性を敬遠しているというわけです。


 かなり昔の話になって恐縮ですが、私が就職活動をしていた頃は、こういったウラの事情は堂々とに出回っていました。とある大手商社では、一般職採用の条件として、「本社(丸の内)に九十分以内で通勤できること。下宿不可。親族宅での居住も不可」と掲げていました。

 ちなみに、自宅の最寄り駅が「通勤規定範囲」より十分ほどはみ出していた私は、当然ながら門前払いとなりました。


 典型的な短大卒お嬢様OLは、都会の自宅で両親と共に暮らしているのです。平日の帰宅時間も、休日の行動も、過干渉気味のパパとママにしっかり監視されています。

 仮に「おじさん」と出会うきっかけがあったとして、どうやって関係を深めていけばいいでしょう。あっという間に、パパとママに見つかってしまいます。


 イケメンのワル男が街中でピュアなお嬢様をたぶらかし、両親がその動きを察知して二人を引き離そうとすると、駆け落ち騒動に発展して……、というストーリーなら、以前に昼ドラか何かで見たような気もします。

 しかし、相手がおじさんでこの流れというのは、どうもシブさに欠けてしまって面白くありません。


 会社の上司の紹介でお嬢様OLが取引先のエリートおじさんと巡り合い……、という展開なら、ゆったりとしたダンディな物語が書けるかもしれません。

 しかし、このパターンだと、お嬢様の両親も周囲の人たちも二人の結婚に反対する理由がほとんどないので、相思相愛となったお嬢様とおじさんは、物理的障害も心理的葛藤もなく、あっさりとくっついてしまいそうです。


 それはいかん。


 「女の人がおじさんに捨てられ、置いて行かれる」というラストは、絶対に譲れないのです。



 ううむ、ならば、「親の監視の目が薄い」という設定の庶民派女子大生をヒロインにすれば「置いて行かれる話」ができますでしょうか……?



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