第3話 30代前半の殿方×女子高生キャラがボツになった事情


 女子高生がおじさんと出会うとしたら、やはり舞台は学校となるでしょう。高校生の女の子が三十代前半の先生を好きになる、という設定です。

 「アルバイト先で」という出会いの設定も有り得るかもしれませんが、私は高校時代にアルバイトをやったことがないので、高校生のアルバイト生活を描くのはちょっと辛い……。


 では、高校の先生と教え子の学園ラブストーリーでいくか……、と思ったとたん、自分の高校時代のことを思い出しました。そうだ、このパターン、リアルであったんだった……。

 今回はドキュメンタリータッチで、その詳細をぜひご覧くださいませ。



     ******* 



 私が通っていた女子高の同級生で、影で密かに「ワイフ」と呼ばれている子がいた。とある男性教師と「イイ仲」だという噂だった。しかし、どこまでの仲なのかという詳細までは、さすがに流れてはこなかった。


 二年生の時、件の教師が私のクラスの担任となった。体育の先生だったが、高身長でもなければ、特にイケメンというわけでもない。「チョイ悪」気取りが鼻につく、三十歳くらいの男だった。


 おじさんに必要なのは、何をおいてもまずシブさ。

 あんな軽薄そうな奴のどこがいいんだ。


 担任教師に対する私の評価は最悪だった。そして、その最悪の教師と仲が良いという通称「ワイフ」は一体どんな生徒だろう、とややネガティブな興味を抱いていた。


 私の疑問の答えは、情報通の友人によって速やかにもたらされた。「ワイフ」の本名を教えてもらったのだ。

 学年名簿を調べると、何とご当人は私と同じクラスだった。


 件の先生のクラスに「ワイフ」がいる……。これは偶然の一致なのか。


 答えは、十中八九「否」だ。なぜなら、私が通っていた高校はかなりのマンモス校で、一学年が十クラスもあったからだ。

 十分の一の確率で、無作為に「当たり」を引けるとは思えない。


 すげえ、この先生、お気に入りの子が自分のクラスに入るように、ちゃんと画策してやがるんだ! 正真正銘のクソ教師め!


 だからといって、担任の先生を変えてくれと騒ぐわけにはいかない。どうも心穏やかになれない私は、取りあえずその「ワイフ」観察から始めることにした。


 同い年であるはずの「ワイフ」は、背が高く美人系の顔立ちで、童顔おチビの私の百倍は大人っぽい。しかし、言動は全く普通だった。特に乱れている風でもなく、派手に化粧をするようなこともなく、仲のいい友人たちと話す姿は、全くもって「ありふれた女子高生」だった。

 根も葉もない噂だけが先行していたのかもしれない。私はやや「ワイフ」に同情しつつ、ようやく安心して勉学に集中できるようになった。


 しかし半年後、その噂はやはり、根も葉もものだったことが判明した。


 三泊四日の修学旅行中、私自身が「ワイフ」のを目撃してしまったのだ。

 宿泊先のホテルのロビーで、「ワイフ」は人目もはばからず先生にぴったりと寄り添っていた。そして、彼に顔を近づけ、ネクタイを直したりしていた。先生のほうはと言えば、これまた当然といった顔で、他の生徒や先生の面前で、堂々とネクタイを直してもらっている。


 なんだこいつら。夜になったら二人でそれぞれの部屋を抜け出して、どこかで落ち合ってでもしそうな雰囲気じゃないか! 

 このままいくと、「ワイフ」は、高校を卒業してすぐにあのクソ先生と結婚しちゃうかもしれない! いいのか、ホントにいいのか! あんな軽薄そうな三十男と、ホントに結婚しちゃうのか! もっといろんなオトコを見物してからのほうがいいんじゃないのか!


 やや飛躍した考えにすっかり興奮して辺りをぐるぐる回っていた私に、情報通の友人はさらなる情報をもたらした。


「先生と『ワイフ』が結婚、ってのはないと思うよ」


 そ、そうだよね。いくらなんでも、自分の教え子だもん。


「だって、あの先生、教え子と結婚してるから」


 はへ? あのクソ教師には、すでにワイフがいるんですか? しかも、そのワイフは自分の昔の教え子だったんか! うわあああ!


 友人の話では、担任のクソ教師は、私より三年先に入学した生徒と恋仲になり、彼女の卒業を待って結婚したということだった。


 なんかドラマみたいな話! 

 もちろん私はちっとも憧れませんが。


 いや、憧れるの憧れないのと言う前に、私と同じクラスにいるほうの「ワイフ」の存在はどう説明するんだ!


 友人は、その疑問にさらりと答えた。


「学校用『ワイフ』だよ」


 で、でも、それってつまり、浮気じゃないか? 先生のくせに浮気するのかっ。


「あの先生、見るからにそういう顔してるじゃん」


 そういう顔してるからって、浮気していいという話じゃないだろ? 世間知らずの女子高生を騙して結婚に持ち込んで、彼女を家に閉じ込めてから第二弾を楽しんでるってことか?


 残念ながら、先生の中にも、人間性を疑わざるを得ないような者がたまにいる。しかし、当時高二の私にとって、それはあまりにも衝撃的な現実だった。

 おかげで、私の修学旅行の思い出の大半はすっかり吹き飛んでしまった。


 三年次は、件のクソ教師とも「ワイフ」とも別のクラスになった。気になる二人と離れられて、心底ほっとした。彼らが、引き続き「担任」と「教え子」の関係にあったのかは、もはや知りたいとも思わなかった。

 やがて、受験シーズンに突入し、彼らのことは忘却の彼方となった。受験の結果は惨憺たるものだったが、なんとか行き先を確保し、無事に卒業した。


 卒業から五年ほど経って、特に仲の良かった一年次のクラスの同窓会が行われた。当時のクラス担任だった先生も招いて、思い出話に花が咲いた。


 しばらくして、誰かが件のクソ教師の話題を出した。


「今は四人目の『ワイフ』がいるのかなあ」


 一同がと笑うなか、恩師だけが不思議そうな顔をするので、そばにいた者が過去の話を簡単に説明した。


 すると、いつものんびりした雰囲気だった恩師は、やはりのんびりした口調で言った。


「あの先生、自分が担任してたクラスの子と結婚しちゃったのよねえ。正門出てちょっと歩いたトコに教会あるでしょ。あそこで式挙げて」


 高校のすぐ近くには小さな教会があった。地元の信者の集会所程度のものだと思っていたが、式を挙げるような設備を持っていたらしい。


 先生と生徒だった二人が、卒業式の後、出会いの場となった学校のすぐ傍の小さな教会に駆け込んで、揃って白無垢の衣装に身を包み、挙式……。

 まあ、絵的にはカッコイイ。でも、同僚の先生方は、さぞびっくりなさっただろうなあ。


「ホント、みんなびっくりしたのよ~。いつの間にか結婚してるんだもの。同じ職員室にいるのに、他の先生方に事前の挨拶も何もないし。お式にも誰も呼ばれないし」


 えっ……。あのクソ教師、同僚の先生方を欺いて、こそこそ結婚したってのか? 何か妙じゃないか。相手が教え子だろうが十五歳ほど年下だろうが、心底愛して結婚するなら、堂々とすればいいじゃないか。ま、まさか……。


「まさか、デキちゃった婚だったんですかあ!」


 いつも笑いを取る役回りだった子が大声を出すと、部屋中が大変な騒ぎになった。卒業してすぐにデキ婚、となると、生徒のほうは在学中にすでに……。うわああああああ!


 しかし、のほほんとした恩師は、パニックする我々をのほほんと静めた。


「お子さんはいなかったみたいよ」


 そ、そうか。いや、良かった。無関係な私が、なぜかほっと脱力する。


「でもねえ、結婚した後、あまりうまくいかなかったみたいでねえ」


 セ、センセ。ちょっと待って。お気楽なお口ぶりで、まだスゴイ話が続くんですか。私がごくりと唾を飲むと、恩師の話を遮る奴がいた。


「あーっ、私、聞きましたっ。二、三年前に離婚したって!」


 割り込んで来た子の話によると、クソ教師は、若い奥さんを家に置いて自分だけスキーに出かけ、転んで骨折、入院したらしい。

 誰とスキーに行ったのか、そこまでは分からない。


「入院している間、奥さん、全然お見舞いに行かなかったんだって。んで、しばらくして、離婚したらしいよ」


 恩師は困ったような笑顔を浮かべて、うんうんと頷いている。高校を出てすぐ、十八歳で結婚した元教え子は、移り気な旦那先生と五年ほど暮らした後、二十三歳にしてバツイチとなっていたらしい。

 ラブラブも胸キュンもあったもんじゃない。


 同窓会が開かれた当時、同じく二十三、四の年齢だった我々は、元教え子の波乱万丈の人生に思いをはせ、低い声で一様に「ありえねー……」と呟いたのだった。


 その後、風の便りに聞いたところでは、件のクソ教師は心を病み、職を辞したという。



     ******* 



 なんと、なんと醜悪な結末! こんなお話は絶対にイヤでございます! 私が書きたいのは、ピュアで美しい恋物語でございます。


 おじさんに捨てられるという点では似通っていなくもないですが、それでも、「お互いを想いながら美しく別れていく」というのが、私のでございます。


 とにかく、遊び好きなチャラおじさんに翻弄される女の子の話なんて断じて不可。ピュアで切ない美しい物語を考えるんだ!


 と、無理矢理プロットをひねり出そうとしましたが、もはやリアルなクソ話に支配された頭では、どうにもいいアイデアが浮かびません。思い浮かぶのは、あのクソ教師に同級生の「ワイフ」、そして、およそラブストーリーとは無縁だった破天荒な友達たちの顔ばかり……。


 あえなく、男性キャラを三十代前半に設定するという案はボツとなりました。


 仕方がないので、もう少し年齢を上げて、三十代半ばの男の人をメインキャラクターとするお話を考えることにしたのでございます。


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