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 村までの道のりがこんなに遠く感じられたのは、生まれて初めてだった。

 いくら走っても、どんなに急いでも村はまだまだ遠い。近づくどころか、遠ざかる一方である、そんな錯覚さえ生じていた。

 一歩足を踏み出すたびに、焦燥と恐怖が増していく。

 今、村では異常な事態が生じているという。

 そして、その中心に、彼の最愛の妻、静がいるのだ。

 静…静、頼む、無事でいてくれ…。

 愛する妻の身に、いったい何が起こったのか。

 あいつを傷つけることは、誰であろうと許さない。

 斧を握りしめる右手に、思わず力が入ってしまう。

 やがて、というか、ようやく森を出た。

 燦々と降り注ぐ陽の光に、思わずうっと呻いてしまう。

 眼が眩んでしまったのだ。

 しかし、立ち止まるも一瞬、金太郎は今まで以上の速さで、再び村目指して走り始めた。

 陽炎が立ちのぼる砂利道を、金太郎が風の如く走る。

 村が見えた。

 そして、村の中央に村人たちが集まって騒いでいるのもわかった。

 あそこだ。

 あそこで、何かが起こっているのだ。

 村へ入った金太郎は、休むことなく中央の広場に向かった。

「どうした!?」

 金太郎が、人垣に近寄り、すぐそばの男の肩を掴んだ。

 金太郎の剣幕に驚きながらも、その男は、

「あ、き、金太郎。大変だ、静さんが、化物に…」

 震える声でそう告げた。

「化物? 三郎じゃないのか…?」

 眉宇をひそめながらも、金太郎は人垣の中心に向かって進み始めた。

 しかし、そんなことは関係がない。

 化物だろうが何だろうが、静に危害を及ぼしているものが、そこにいるのには違いがないのだから。

 そして、人垣を抜けて金太郎は見た。

 そいつの姿を。

「――!?」

 金太郎は驚愕のあまり声を失ってしまった。

 静がいた。

 そして、そう、まさしく化物がいた。

 化物は、確かに三郎の顔をしていたが、もはやそれは三郎ではなかった。あの弱々しい、いつも子犬のように怯えた顔をしていた三郎ではない。

 眼は邪悪に吊り上がり、口許に狂喜の笑みが浮かんでいる。

 何もかもが違っていた。同じなのは皮――殻だけで、その中身が別の何かに取ってかわられていた。

 その、別人と化した三郎が静を背後から抱き、着物をはだけ、白く、豊かな乳房を揉みしだいている。

「へへへ、来たかよ、金太郎」

 化物が、三郎の声で嗤った。

 嗤って、口から異様なまでに長い舌を伸ばし、静の首筋から顔にかけて、ねっとりと舐め上げる。

 静が、ひいと悲鳴を上げる。

 全身に鳥肌が立っているのが、離れたところからでもわかる。

 舐められた箇所には、ナメクジの這ったような痕が白く残っていた。

「いい女だよなぁ、金太郎」

 カンにさわる声で、三郎が笑う。

 それは、聞くに耐えない不気味な響きを帯びていた。

 静の悲痛な泣き声がそれに混じり、人々は思わず三郎と静から眼をそらした。

「やめろ…三郎…」

 金太郎だけが眼をそらすことなく、二人を直視し、震える声でそう言った。

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