2
村までの道のりがこんなに遠く感じられたのは、生まれて初めてだった。
いくら走っても、どんなに急いでも村はまだまだ遠い。近づくどころか、遠ざかる一方である、そんな錯覚さえ生じていた。
一歩足を踏み出すたびに、焦燥と恐怖が増していく。
今、村では異常な事態が生じているという。
そして、その中心に、彼の最愛の妻、静がいるのだ。
静…静、頼む、無事でいてくれ…。
愛する妻の身に、いったい何が起こったのか。
あいつを傷つけることは、誰であろうと許さない。
斧を握りしめる右手に、思わず力が入ってしまう。
やがて、というか、ようやく森を出た。
燦々と降り注ぐ陽の光に、思わずうっと呻いてしまう。
眼が眩んでしまったのだ。
しかし、立ち止まるも一瞬、金太郎は今まで以上の速さで、再び村目指して走り始めた。
陽炎が立ちのぼる砂利道を、金太郎が風の如く走る。
村が見えた。
そして、村の中央に村人たちが集まって騒いでいるのもわかった。
あそこだ。
あそこで、何かが起こっているのだ。
村へ入った金太郎は、休むことなく中央の広場に向かった。
「どうした!?」
金太郎が、人垣に近寄り、すぐそばの男の肩を掴んだ。
金太郎の剣幕に驚きながらも、その男は、
「あ、き、金太郎。大変だ、静さんが、化物に…」
震える声でそう告げた。
「化物? 三郎じゃないのか…?」
眉宇をひそめながらも、金太郎は人垣の中心に向かって進み始めた。
しかし、そんなことは関係がない。
化物だろうが何だろうが、静に危害を及ぼしているものが、そこにいるのには違いがないのだから。
そして、人垣を抜けて金太郎は見た。
そいつの姿を。
「――!?」
金太郎は驚愕のあまり声を失ってしまった。
静がいた。
そして、そう、まさしく化物がいた。
化物は、確かに三郎の顔をしていたが、もはやそれは三郎ではなかった。あの弱々しい、いつも子犬のように怯えた顔をしていた三郎ではない。
眼は邪悪に吊り上がり、口許に狂喜の笑みが浮かんでいる。
何もかもが違っていた。同じなのは皮――殻だけで、その中身が別の何かに取ってかわられていた。
その、別人と化した三郎が静を背後から抱き、着物をはだけ、白く、豊かな乳房を揉みしだいている。
「へへへ、来たかよ、金太郎」
化物が、三郎の声で嗤った。
嗤って、口から異様なまでに長い舌を伸ばし、静の首筋から顔にかけて、ねっとりと舐め上げる。
静が、ひいと悲鳴を上げる。
全身に鳥肌が立っているのが、離れたところからでもわかる。
舐められた箇所には、ナメクジの這ったような痕が白く残っていた。
「いい女だよなぁ、金太郎」
カンにさわる声で、三郎が笑う。
それは、聞くに耐えない不気味な響きを帯びていた。
静の悲痛な泣き声がそれに混じり、人々は思わず三郎と静から眼をそらした。
「やめろ…三郎…」
金太郎だけが眼をそらすことなく、二人を直視し、震える声でそう言った。
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