3

 嗤って、水妖鬼は立ち上がった。

 触手が三郎の股間に吸い込まれていくと、女たちは気を失って次々に床に倒れていく。

 今、ここにいるのは、もはや三郎ではなかった。

 邪悪な妖魔、水妖鬼だった。

 水妖鬼は自分の身体を変化させ薄い着物を身につけると、社から外へ出た。

 ようやく、夜になっていることに気づく。

 いい風が吹いていた。

 妖気を含んだ風だ。

 水妖鬼の気配を察知したのか、それまで鳴いていた虫たちが、一斉にその声を潜めた。

 フクロウの声も絶えた。

 恐怖のために。

 そして、これから起こる魔戦の邪魔をせぬために。

 来たか――

 ニィッと凄まじい笑みを浮かべる。

 その眼が、石段の下に男の姿を捉えた。

 金太郎だ。

 水妖鬼の全身が歓喜に震える。

 金太郎が立ち止まり、っと自分を見上げている。

 金太郎もまた、笑っていた。

 ついに、出会えた。

 そういう思いだ。

 戦斧を握る手に、知らず力がこもる。

 金太郎は、再び階段をのぼり始めた。

 もはや走っていない。

 ゆっくりと、何かを確かめるように確実に歩を進めていく。

 水妖鬼は、もう逃げない。

 待っているのだ。

 それを感じるからこそ、金太郎は走らなかった。

 やがて石段をのぼり終え、金太郎は憎むべき敵と対峙した。

 激しく、心臓が脈打っている。

 うまく、感情は抑えられているか?

 奴は、人間の負の感情を力にしている。

 そして、神の力は、それを抑えなければ発動しない。

 落ち着け。

「――遥々と、ようこそ、金太郎」

 だが、その決心も、眼の前に立ち、邪悪で、凄絶な笑みを浮かべた三郎を見た瞬間、止める間もなく蒸発してしまった。

 怒りが、一瞬で沸点に達したのである。

 だめだ。

 止まらなかった。

 金太郎は、自分の口から咆哮が上がっていることに気づいていない。

 ただ闇雲に斧を振りかざし、三郎――水妖鬼に向かっていく。

 水妖鬼は、唸りを上げる斧を、薄笑いを浮かべたまま、ふわりふわりとかわし続けた。

 金太郎は、自分がますます追いつめられていくのを感じていた。

 しかし、今さら退けなかった。

 止められなかった。

 抑えられなかった。

 ただ、突き進むのみだった。

 そして――

「わああああ!?」

 風が唸った。

 金太郎が、破れかぶれの咆哮を上げ、水妖鬼目がけて斧を振り下ろした。

 馬鹿め。

 そのとき、水妖鬼の眼はそうわらっていた。

 ああ…。

 金太郎の口から、絶望の声が洩れたのは、その直後だった。

 水妖鬼が嘲笑の笑みを浮かべたまま、金太郎の振り下ろした戦斧を、こともなげに片手で受け止めていたのである。

 細い腕が、金太郎の斧の刃を掴んでいた。

 水妖鬼が凄絶な笑みを浮かべ、金太郎を嗤う。

 瞬間、金太郎の全身から血の気が引いていく音を、このとき水妖鬼は聞いた気がした。

 そして、空いた右手を鞭のようにしならせ、金太郎の腹を思い切り打ち据えたのである。

 ほんの一瞬の間に、何十回も鞭で打たれた。

 そして、ひときわ烈しい電撃のような衝撃が金太郎の全身をはしり抜け、刹那、彼は後方に跳ね飛ばされていた。

 その金太郎の背中を、鞭のそれに勝る激痛が襲ったのは、それから数瞬後であった。

 鞭と化した水妖鬼の右腕に弾かれた金太郎が、猛烈な勢いのまま後方に広がる雑木林に突っ込み、樹木の太い幹に激突したのである。

 鮮血が、金太郎の口から散った。

 一瞬、呼吸が止まる。

 そして、暗転。

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