3

「何故、叫び声を上げない?」

 嗤う。

「何故、我慢するのだ? これ以上、俺を強くしないためか? 無駄だよ、金太郎。苦痛を耐えたところで、お前如き人間が、勝つことなど出来はしないのだから」

「そんなこと…」

 血を吐きながらも、金太郎の眼光はなお鋭かった。

「こ、この程度で…叫んでいたら、俺のために…死んでいった人たちに…申し訳が立たないだろうが…」

「ほお…?」

「だから、俺は叫ばない。――そうだ、叫ぶのはお前の方だ!」

「賢しいことを!」

 右手も鋭い刀身と変化して金太郎を襲った。

 瞬間、下方より噴き上がる銀光!

「――!?」

 三郎は、地面に落ちたものを、一瞬茫然と見つめていた。

 自分の右手だった。

 刀身と化して疾った三郎の右腕の肘から先が、金太郎の振るった斧によって切断されたのだ。

 続いて脇腹を刺し貫く左腕も斬り落とし、金太郎は三郎から離れた。

 そこで気づいた。三郎の両腕の傷口からは、血の一滴も滴り落ちていない。

 しかも、三郎は笑っていた。

 なんだ…どういうことだ?

「言っていなかったか? 俺はすでに三郎ではない。水妖鬼という。その名の通り、液体でできた鬼だよ」

「おに…鬼だと?」

「そうだ。――見るがいい、自分の斧を」

 言われて初めて気がついた。斧の刃が、まるで強力な酸でも浴びたかのように、一瞬でボロボロになっていたのである!

「こ、これは――!?」

「ククク。俺の体液に触れたものは、全て跡形もなく溶け去るのさ」

 だから、腕を切り落としただけで、斧の刃が錆びついたというのか。

 くそっと金太郎は唇を噛んだ。

「そして、こんな芸当もできる」

 そう笑ったとき、三郎の肩口から、切り落とされた筈の両腕が現れた。

 再生したのだ。

 はっと地面に眼をやる。そこに、金太郎が切断した三郎の両腕はなかった。恐らく、地面に吸収され、三郎の身体に戻ったのだろう。

「なんてこった…」

 絶望。

 その二文字が金太郎の脳裡に浮かぶ。

 勝てはしないというのか。所詮、人間では奴に勝つことなど出来はしないのか。

「言ったろう? お前如き人間が、俺を殺すことなど出来はしないと」

 そのとき、三郎の再生した両腕が、再び刃と化して宙を疾った。

 先端が無数の刃に分かれて金太郎に襲いかかる。一撃で、全身数十ヶ所に灼熱の痛みが走った。だが、決して死に至るほどのものではない。

 弄んでいるのだ。

 やがて忍び寄る死の恐怖に、人の心が何処まで耐えられるか。

 嗤っていた。

 三郎は、いや、水妖鬼と名乗る鬼は、狂ったように嗤っていた。

 金太郎の全身からしぶきを上げる血に酔い、心からにじみ出る恐怖と苦痛、憎悪に震えているのだった。

「どうした、金太郎。痛いだろう、苦しいだろう。あきらめろ。あきらめて俺に喰われるのだな。そして、次はお前を操ってやるわ」

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