2

 そのあまりにも地獄めいた光景に、金太郎は蒼白になり、恐怖の叫びを上げた。

 良太の首があった。そして、その首はまるで生け花のように木の枝に突き刺されていた。

 そのすぐ脇には、恐らく彼のものであろう二本の腕が、同じように枝に刺されて飾られていた。ならば、いま金太郎の足許にある死体は、良太のものなのだろうか。

 さらに眼を凝らすと、そのまわりの木にもいくつかの首が飾りつけられ、奇怪なオブジェと化していた。

 金太郎の仲間だった若者たちだ。みんな生きていた。胴体から切断され、木の枝が脳髄を貫いているというのに、彼らは死ぬことが出来ずに呻いていた。

「ククク、金太郎、気に入ったかい、すばらしいだろう?」

 カンに障る声。

 金太郎は、森の奥に眼をやった。

「報いだよ、俺に刃向かった」

 三郎の姿をした化物が木の株に座り、股間からのびる無数の触手で、四つん這いになって尻を突き出す全裸の静の全身を責め立てていた。

 静は、えもいわれぬ地獄の快楽におぼれ、狂っていた。焦点のもはや合わぬ眼を虚空に向け、尻を振り、へらへらとよだれを垂らして笑っているのだった。

「気持ちいいなぁ、金太郎。この女はすばらしいぞ。狂っているというのに、なおも締めつけてくるわ」

 イヤな嗤い声を上げる。

 金太郎は斧を握りしめ、歩き出した。

「満足だそうだ、金太郎。三郎という男は、この女を抱けて嬉しいとよ」

「…………」

「お前も悪い奴だ。こんないい女を独り占めにしておくとはなぁ」

 瞬間、金太郎が斧を振りかぶって地を蹴った。

 友を殺され、眼の前で妻を凌辱され、辱められた金太郎は、このとき、完全に冷静さを失っていた。

 ただ、凄まじい怒りに身を任せ、三郎目がけて斧を振るったのである。

「――!?」

 しかし斧は、三郎のか細い腕が発揮した信じられない膂力によって受け止められていた。

「返して欲しいかい、金太郎?」

 三郎の声で嗤う。

 人間の心を弄ぶ化物に、金太郎の怒りはさらに増した。

「残念だが、この女は俺なしでは生きられなくなったんでね、返してあげないよ」

 静が、ひときわ大きな呻き声を上げた。

 金太郎は、恍惚な表情を浮かべ、口の端から泡を吹いて失神する静を、屈辱の眼差しで一瞥すると、再び三郎を見やった。

「殺す」

 金太郎が言った。

「――いいだろう、来いよ」

 静を離し、三郎が立ち上がる。と、静の全身に絡みついていた触手が、するすると三郎の股間に吸い込まれていき、同化した。

 瞬間、斧が疾った。

 金太郎の腕力は、二抱えはありそうな木の幹を、斧の一撃で半ば近くまで伐り裂くことが出来た。その力をもってすれば、人間の胴を断ち切ることなどたやすい筈であった。

 そう、確かに普通の人間であれば。だが、三郎はすでに人間ではなかった。

 三郎は、横薙ぎに振られた斧を、右手の指三本で、難なく受け止めたのである!

 万力のような力で斧の進行を押さえつける。

 動かない…!?

いかれ」

 眼の前の三郎の皮を着た化物が、うすら笑いを浮かべて、恍惚と呟く。

「――!?」

「全てに対して、もっと怒るがいい。三郎のこと、村人のこと、妻のこと、そして自分のこと。怒りの炎で身を焦がすのだ。貴様が怒れば怒るほど、俺は強くなれる」

「なん…だと!?」

 金太郎は、三郎から斧を奪い返そうと、渾身の力を込めて斧を引いていた。

 だが、ぴくりとも動かない。

「人間の負の想念――怒り、ねたみ、そねみ、憎悪、苦痛、悲哀、それら全てが我等魔族の力の源なのだ。だから、お前が怒りの感情を抑えない限り、俺を倒すことは出来ないのだよ。――出来るかい、お前に。怒りを忘れることが」

「くそっ」

 化物に弄ばれる自分が情けなかった。だが、三郎の言う通りだった。この屈辱を忘れることなど、出来はしなかった。

「ほれっ」

 と、三郎が斧をつまんでいた指を弾く。

 たったそれだけで、金太郎はたたらを踏んで数歩退いてしまった。

 あわてて体勢を立て直す金太郎が眼を正面に向けたとき、そこに三郎の顔があった。

 一瞬で間合いを詰めた三郎が、ニッと笑いつつ、鋭い刃と化した左腕を突き出す。

 その刃が脇腹から入り背中へ突き抜けても、金太郎は絶叫しなかった。奔騰しようとする声を、金太郎は歯を食いしばって抑えたのだ。

 歯の隙間から、血があふれた。

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