4

 力が…ほしい。

 金太郎は、心の中で念じた。

 この耳障りな笑い声を止め、奴を殺す力が欲しい。俺の人生を滅茶苦茶にしてくれた奴を、俺はこの手で倒したい!


 チーン…!


 そのとき、ぎゅっとつぶった金太郎の眼に、光が見えた。

 何だ…?

 宿命だと…?

 何だ、それは?

 光、闇、神、悪魔…。

 金太郎の脳裡に、まだ見ぬ二人の男の顔が写った。

 何だ、こいつらは…?

 神の戦士だと…?

 ああ、熱い。身体が熱い。燃えるようだ。

 身体の奥底から、力が湧き上がってくる。

 新たな力が。

「う…わあああああ!」

 そのとき、『声』が生まれた。

 苦痛でも恐怖でもない。心の底から湧き上がる『声』に、このとき金太郎は全身を打ち奮わせていた。

「な、なんだと!?」

 三郎の攻撃の手が止まる。

 金太郎の全身から信じられないほどの力が放射されている。

 この波動、感じたことがある。何だ? これが恐怖なのか。そうだ、これは、思い出した。奴だ。桃太郎の波動だ。

 では、この男も、神の戦士だというのか。

 目覚めようとしているのか、己れの宿命に。

「まさか――!」

 三郎は見た。金太郎の手の中のボロボロになった斧が、まばゆい光に包まれるのを。

 斧が、その光の中で変形した。

 二枚の刃を持つ巨大な戦斧に。

 勝てる――金太郎は、そう直感した。

「うわああああ!」

 身体の震え、そして咆哮。

 金太郎は戦斧を振り上げ――

「死ねぇ!」

 絶望と恐怖のあまり、完全に戦意を失った三郎目がけて、その戦斧を振り下ろそうとしたまさにその瞬間!

「いやああぁぁ!?」

 女の絶叫が金太郎の耳を打った。

 静!?

 愕然と静に眼をやる。数メートルも離れた場所で、静は眼を大きく見開き、信じられないものを見たかのように、絶叫していた。

「し、静――!?」

 そのとき、思わず金太郎の殺気がそれた。

 何という絶好機か。

 三郎の顔が俄然生気を取り戻した。

 金太郎は、そんな三郎を放り出して、静に駆け寄ろうとしていた。もはや、鬼と化した三郎のことなど、頭にないようだった。何故なら、静が、手にした細い木の枝で己れの首を刺し貫こうとしていたからだ。

「行かさぬよ、金太郎」

 三郎の眼が邪悪な光を帯びて、その伸縮自在の蛸のような手が、金太郎の身体に何重にも巻きついた。

 その直後、金太郎は眼の前が真っ暗になるほどの絶望を感じた。

 静が、涙を流し、許しを請うような眼で夫である金太郎を見つめながら、枝を白い首筋にめり込ませていったのである。

「ああ――」

 眼の前に、真っ暗な絶望が広がる。

 ほんの一瞬、何も見えず、何も聞こえなくなった。

 そして金太郎は、幻想のようにそれを見ていた。

 あふれ出る鮮血。

 綾乱と飛び散る生命の波動。

 悲しみと愛。

 止められなかった。

 届かなかった。

 眼の前で、静が自ら生命を絶って、逝ってしまった…。

「わあああ!? し、静、静ぁ!」

 絶叫し、金太郎は静に駆け寄り、抱き上げる。

「あ…なた…」

 静が、弱々しく微笑んだ。

「ごめんなさい。…わたし…あなたに、許してもらいたくて…」

 消える。静の中で、確実に生命の火が消えようとしていた。

「死ぬな、静。死なないでくれぇ!」

 泣いていた。情けなかった。自分があまりにも不甲斐なかった。大切な女一人救えなかった。

「死んでしまったら、何にもならないじゃないかぁ…」

「ごめんなさい、あなた…」

 消え入りそうな声で最期にそう告げて、静は眼を閉じた。そして、二度と開くことはなかった。

 なんということだ…。

 心の中に絶望が広がる。もの凄い虚脱感だ。

 それを実感したとき、金太郎は、いつの間にか自分を捕縛していた筈の三郎の腕がないことに、初めて気がついた。

「――!?」

 愕然と背後に眼をやる。

 そこに三郎の姿はない。逃げたのだ。金太郎の心の隙を突き、冷静な判断力を失わせ、その間に何処かへ逃げ去ったのだ。

 許さない。

 静を抱きしめ、金太郎は呻いた。

 許さぬぞ、三郎、いや水妖鬼よ。

 何処までも追い求め、必ずや殺してやる。

 俺から全てを奪ったその報いを、必ず味わわせてやる!

 そのとき、金太郎は血の涙を流していた。


 その後、金太郎は足柄山に大きな穴を掘ると、静や良太たちの死体をその中に埋葬し、そのまま村にも戻らず姿を消した。

 それから十数日が瞬く間に過ぎ去った。

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