平安京神魔邂逅変

1

 そしてその日の朝、金太郎は京の都――平安京のそばに姿を現していた。

 ここに奴がいる。

 そう感じさせてくれるのは、手にした戦斧のおかげだった。

 金太郎を都にまで導いたのは、この戦斧に他ならなかったのだ。

 水妖鬼が何処へ姿を消したのか見当もつかず途方に暮れる金太郎に、何かが囁きかけてきた。

 都だと。

 その声に誘われるままに、金太郎は走り続けた。身体が石や木の枝で傷つこうが、お構いなしだった。いや、痛みさえ感じなかった。それほどの激しい怒りが、金太郎の中で燃えさかっていたのである。

 平安京にたどり着いた金太郎は、この巨大な都が、異次元の化物――鬼の侵入を防ぐことを目的につくられた結界都市だということを感じ取った。

 静の死んだ日――神の戦士として覚醒したあの日以来、金太郎は、眼に見えぬ筈の亡霊、怨霊、邪鬼などの姿を見ることが出来るようになっていた。

 そして今も、羅生門から入り込もうとして何度も弾かれ、やがては消えていく邪鬼の姿が眼に入った。

 では、奴は平安京の中にはいないのか?

 金太郎は門の前に立ち、閉ざされた扉の向こう側に広がるであろう街並みを想像した。

 いや。奴はこの中にいる。

 戦斧が震えながら教えてくれた。

 どうやってかはわからないが、水妖鬼は、すでに結界の中に入り込んでいる。

 また、人間を喰っているのか。

 そう想像するだけで、怒りが身体の奥底からこみ上げてくる。

 怒りに身体が震える。

 殺してやる。

 まさに炎の如きエネルギーに包まれ、羅生門をくぐり抜けようと一歩足を踏み出した金太郎に、不意に背後から声がかかった。

「血の――臭いがしますね」

 まさに、電光の如き速さで振り返る金太郎。

 眼の前に、一人の男が立っていた。

「何者だ、貴様――?」

 金太郎は、戦斧を握りしめて、眼の前の雲水の男を睨みつける。

「そんなに怖い顔をしない方がいい。もっと心を落ち着かせないと、鬼に喰われてしまいますよ」

 男がにっこり笑ったとき、

「貴様――!?」

 金太郎は男に向かって地を蹴っていた。

 怒りの波動に身を任せ、戦斧を振るう。

「哈ッ!」

 刹那、裂帛の気合いが男の口から迸る。

 風が唸った。

 手にした錫杖がきれいな真円の残光を残し、弧を描いて迫る金太郎の斧に振り下ろされたのである!

 戞ッ!

「ぐっ!?」

 その苦鳴は、果たして金太郎の口から上がった。

 男の振り下ろした錫杖は見事に金太郎の手首に極まり、そのあまりの激痛に、金太郎は戦斧を取り落としていたのである。

「今のあなたでは、その斧で私を斬り殺すことさえ出来ませんよ」

「なにっ!?」

 金太郎は手首を押さえながら、ニッコリと笑う男を睨みつけた。

「どういうことだ、貴様――」

「あなたはどうやら、あの鬼を滅ぼすためにやってきたようですね」

「――!? 知っているのか、奴を!」

 今にも掴みかからん勢いの金太郎に、男は、ええと答えた。

「何処だ!? 奴は何処にいる!?」

 もの凄い剣幕を受け流しつつ、男は羅生門の向こうに顎をしゃくった。

「奴は、この中にいます」

 身体中を戦慄が駆け抜ける。

 やはり、そうなのだ!

 俺から全てを奪っていた奴が、この中にいる。

「行くのですか?」

「当たり前だ」

 金太郎は戦斧を拾い上げた。

 今すぐにも走り出したい衝動をこらえているようだ。

 そんな金太郎に、男は、

「無駄ですよ。今のあなたでは、死にに行くようなものだ」

 もっと冷静になれと声をかけた。

「さっきも似たようなことを言っていたな。――どういうことだ?」

「私の話を聞いてから行かれますか?」

 男が、薄い、柔らかな笑みを浮かべる。

「奴が逃げないのならな」

 不思議だった。

 あれほど身体中に充満していた怒りとか焦りとか言ったものが、嘘のように消えていた。

 そして金太郎は、男についていくことに決めたのである。

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