3


 外は、いつの間にか雨になっていた。

 奴がこの街に来たあの日のように、世界が灰色に煙っている。

 金太郎は、男と別れて一人、羅生門の前に立っていた。

 閉ざされた羅生門には、何人かの人間が雨宿りをしている。

 ぼろ布のように粗末な着物を着、全身が泥に汚れ、異常に痩せ細っていた。

 眼はギラギラと異常な光を放ち、金太郎の方を見ている。

 寒気がした。

 妖魔だ。

 金太郎は、彼等の心の隅に巣食う妖魔の姿を見た。妖魔にとり憑かれているのだ。

 そのうちの一人が、金太郎の心のさざ波に気づいたのか、ニッと笑った。

「――!?」

 ああ、その口から覗く白いものは!

 金太郎は吐き気を必死で抑えた。

 子供の指!

 そいつが、大事そうに何度も口の中で転がしていたものは、紛れもなく生まれて間もない子供の人差し指であった。

「貴様等――!」

 凄まじい怒りを感じて、彼等を睨みつける。

「人を喰ったな!」

 ずん、と一歩足を踏み出した途端、彼等は、ひいと悲鳴を上げて身体を小さくした。

「く、喰わねば、生きてゆけぬのじゃ!」

 老婆が叫ぶように言った。

「死んでしもうた奴をくらって、何が悪い!」

 男が、震えながら叫ぶ。

「そうじゃ。わしらが生き残るために、死んだ奴を喰ったのじゃ。それの何処が悪い!」

 眼が、狂った光を放っていた。

 狂気。

 金太郎は、彼等のこの信じられない行為を、うちに潜む妖魔のせいだと思いたかった。妖魔の邪悪な心が、食人行為をさせているのだと。

 だが、違った。

 生きていくために、人間を喰うしかなかった彼等の心が、逆に妖魔を呼び込む隙をつくったのだ。

 彼等だけが悪いのではない。そんな彼等を生み出した時代が悪いのだ。

 この門の中は、そんなおぞましい心を持った人間――支配者階級の住処すみかだ。だからこそ奴は、この中に入ることが出来たのだ。奴こそ、邪悪そのものなのだから。

「そこをどけ」

 金太郎は、怒りを何とか抑え込むと、門の閂のそばで眠る男に声をかけた。

 男はヒョロリと背が高く、腕も常人より拳一つ分長いようだった。そんな男が結跏趺坐をして、金太郎の邪魔をしている。

 ぼさぼさの髪をボリボリとかき、蚤や虱を飛ばしながら、男は立ち上がった。

「あんた、金太郎さんだね」

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