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「――!?」
愕然と男の顔を見やる。
「何故、俺の名を知っている?」
金太郎は男の汚れた着物の襟を掴んだ。
「あわてるなよ。俺は何も知らないよ。ただ、頼まれたのさ」
「頼まれた?」
怪訝そうに、金太郎が眉を寄せる。
「ああ、ある人に、ここに大きな斧を持った男が来たら、俺の居場所を教えてやってくれってな」
奴だ。
金太郎の体内で、ぐうっと気がうねった。
俺の居場所を教えてやれだと?
舐めた真似を!
「何処だ! 奴は何処にいる!」
金太郎がさらに男の襟を締め上げると、男は苦しそうにある場所の名を告げた。
「そこに奴がいるのか?」
「そうだよ。嘘は言わないよ。かわりにいいことを教えてもらったからね」
「――何?」
そのとき、金太郎は男の眼光に殺気を感じ、戦斧を手にして飛び離れていた。
男だけでなかった。門の所にいた何人かの人間が、いっせいに邪悪なものへと変貌を遂げたのだ。
外見は人間だったが、中身は完全に鬼と化していた。
血走った邪悪な眼、獣のような牙。
そして、ああ、彼らの額に、皮を突き破って生えてきたのは――
飢えた凶獣、いやまさに鬼と化して、いっせいに金太郎に襲いかかる。
「貴様の肉は、うまいそうだ!――死ね、金太郎!」
そこまで堕ちたのか。
このとき、金太郎の心は冷静そのものであった。何故、自分がそこまで落ち着いていられたのかわからない。怒りがある一線を通り越してしまったためだろうか。
金太郎は、裂帛の気合いもろとも、戦斧を閃かせた。
「ひゃあ」
そいつらは化鳥の如き鳴き声を上げて、宙に舞い上がっていた。
虚しく戦斧が虚空を薙ぐ。
老婆が、地面と並行に門柱に脚をつき、一瞬後柱を蹴って金太郎に迫った。
「ひあははは」
狂ったような声を上げ、鉤状に曲げた指を金太郎に伸ばす。眼をえぐろうというのだ。
ちぃ、と斧を振るう。しかし、逆に老婆は斧の刃を蹴り、金太郎に指を突きだした。
「――!?」
金太郎は、とっさに首を右に傾げて躱すしかなかった。
頬を灼熱が疾り抜ける。
背後に降り立った老婆が、しわくちゃの顔を金太郎に向け、うまそうに爪の間に挟まったわずかな量の頬肉をしゃぶっていた。
にぃ、と凄まじい笑みを浮かべる。
鬼か
金太郎は、食人鬼どもの攻撃を躱しながら、心の中でそう思った。
鬼は、人間の知らぬ別の世界から来たのではなく、人間こそが、鬼なのかも知れぬな。
金太郎は斧を構えたまま、眼を閉じた。
これには、食人鬼どもも一瞬戸惑ったようだ。
攻撃が瞬間止んだ。その一刹那の停滞を金太郎が見逃す筈がなかった。
〝神の力は、心で使うのだ〟
カッと双眸を見開き、斧を構え、疾った。
「はあああ!」
風が唸り、銀光が飛ぶ。
「ひい…!?」
「わあああ!?」
あわてて防御態勢に入るが、間に合わなかった。
戦斧が閃光と化して疾り抜けたとき、食人鬼どもは自分の身体が腰から上下に分断されているのに気づいた。
眼で見て、理解するまで、血は流れなかった。
そして思い出したように大量の血がしぶき、羅生門が血の赤で染め上げられた。
しばらくのうちは、苦しげな呻き声を上げていたが、それもやがて聞こえなくなった。
血の海に浮かぶいくつかの死体を悲しげな眼で一瞥すると、金太郎は、魔都への扉をゆっくりと押し開いていった。
何処かで雷が鳴り、いっそう強く降り出した雨が、羅生門を染める血を流し始めた。
平安京へ足を踏み入れた金太郎は、このとき、黄金色のオーラを身にまとっていた。
その金太郎の後ろ姿を、錫杖を手に、あの雲水の男が見守っていた。
薄い笑みを浮かべて。
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