金太郎魔道変

1

 鈍色の世界の中、金太郎は戦斧を握り締めて走っていた。

 雨は、その後しばらくは強く降り続いたが、やがて小降りになり、小康状態になった。

 その後、ふいに止んだ。

 夜空を見上げると、雨雲が切れ始め、そこから月と星々が輝いているのが見えた。

 月影が地表を照らし出す。

 金太郎は、朱雀大路を走り抜け、真っ直ぐに水妖鬼の待つ目的の場所を目指していた。

 途中、何人かの人間に、そこへの行き方を聞いた。そのときに耳にした話が、再び金太郎を戦慄させた。

 ここ十日ほどの間で、何人もの人間――美しい女ばかりが何者かにさらわれているのだという。犯人の顔を見た者はいなかったが、誰もが口をそろえていう特徴があった。

「奴は、蛸か烏賊のような触手を持っている」

 化物――鬼にさらわれた娘は、もはや戻ってくることはなかろう。

 誰もが諦めきっていた。

 衰弱しきっていた。

 立ち向かおうとする者は一人もなかった。

 いや、何人かはいたのだが、全員、身体を引きちぎられ、獣にでも喰われたかのような無惨な死体となって戻ってきたのだ。

 恐怖で人々を縛りつける――それが奴のやり方だった。

 都の中央では、鬼を退治するための策が練られているという。

 日本各地から腕に自信のある男たちを集め、戦いを挑もうというらしい。

 金太郎も、耳にしたことのある名前が何人かいた。

 だが、勝てぬだろうな。

 それも同時に理解していた。

 ただの人間では、奴には勝てぬのだ。

 金太郎は空を見上げた。

 凄まじい怨嗟の声が響き渡っている。

 天空を、いくつかの人魂が飛んでいた。平安京に入ろうとする亡霊や邪鬼どもだ。そいつらの上げる声なき声だ。

〝入りたいよう…〟

〝生きている奴等が憎いよう…〟

 しかし、結界に阻まれて入って来れないでいる。奴等が結界に触れ、弾かれるたびに、天空に青白い筋が走った。それが、陰陽師たちの張った結界なのだ。そして、その霊波は右京と左京にそれぞれ建立された東寺と西寺から放射されていた。そこに何人、何十人もの修行僧たちがいて、平安京中に結界を張り巡らせているのだ。

 だが、すでに鬼は結界の中にいる。

 陰陽師の張った結界が阻めるのは、邪霊や死霊ども程度で、本当の鬼である水妖鬼ヤツを止めることなど不可能なのだ。

 ただの人間では、鬼には勝てない。

 返り討ちにあい、食い殺されるだけだ。

 奴を止められるのは、俺だけなのだ。

 奴を止めるのは、俺の役目なのだ。

「くそっ」

 吐き捨てるように言い、再び、金太郎は走り出した。


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