3

 強く握った拳が、ぶるぶると震えていた。

「嫌だね。こんないい女、ほかにゃいねぇからなぁ。――それにしても、なんて柔らかいんだろう」

 そう嘲笑うように言って、再び三郎は長い舌を伸ばして静の首筋を舐め、乳房を揉んだ。

「…あ…あなた…助けて…」

 静が、ボロボロと涙を流し、まさに消え入るような声で訴える。

「無駄だよ。こいつら、弱いものいじめしかできない、情けない奴等だからなぁ。――どうした、俺は三郎だぜ。止めてみたらどうだ、いつもの威勢の良さでよぉ、ククク」

 邪悪な、そう、まさに悪魔――鬼の如き笑みを三郎が浮かべたとき、静の着ていた着物が無数の布きれと化して散った。

「いやあああ!?」

 羞恥と屈辱、恐怖が入り混じった声で、静が叫ぶ。

 そのとき――

「死ねぇ、三郎!」

 三郎の背後に音も立てずに迫っていた村人の一人が、その声に振り向いた三郎の頭に向けて、渾身の一撃――鍬を振り下ろした!

 鈍い、耳をふさぎたくなるような音。

「やった!」

 村人たちが歓声を上げる。

 しかし、その笑顔は次の瞬間、三郎が血まみれのままニッと嗤うのを見て凍りついてしまった。

 信じられなかった。三郎の顔の右半分は、鍬の一撃によって砕かれ、血が噴き出し、脳漿がこぼれ落ちているのだ。

 それなのに、真っ赤な血で右半身を染め上げているというのに、三郎は平然と笑い、立っているのだ。

 錯乱したような静の叫び声が爆発する。

 一方、鍬を振り下ろした村人は、恐怖に縛りつけられ、その場から動けなくなってしまっていた。

 その村人に、三郎は笑いながら告げる。

「クク。残念。それでは俺は殺せんよ」

「ヒィ…」

 その声が引き金となり、その村人が鍬を放り出して逃げ出そうとする。

「逃がさぬよ」

 その男の背中に向かって、三郎の右手が伸びた。

 その腕は何処までも限りなく、そして音もなくするすると伸び、その男の首をわし掴みにした。

「た、助けて…」

 男の哀願を、だが金太郎たちが最後まで耳にすることは出来なかった。

 わし掴みにした瞬間、三郎が天高く放り上げたのである。

 悲鳴が長く尾を引く。

「――死ね」

 そのとき、金太郎たちは見た。

 三郎の長く伸びた右腕が鋭い刃と化して、空中の男の身体を無数の肉片と変えるのを。

 骨が、肉が、そして内臓が、大量の血に混じって、三郎と静の全身を赤く染め上げんと降り注ぐ。

「ひいいいいい!?」

 瞬間、静は絶叫し、大量の小便を洩らして失神した。

「ククク、小便を洩らしやがったぜ、この女」

「やめろ、三郎! それ以上、静を侮辱することは許さん!」

「ほう。――ならば、どうすると言うんだ、金太郎」

「く……」

「ククク、返して欲しいか、金太郎」

「当たり前だ、化物め!」

「クク、感じるぞ、恐怖と怒りと憎悪を。俺はなぁ、そういった波動が大好きなんだよ。――いいだろう、俺のもとへ来るがいい。俺を倒せたら、この女は返してやるよ」

 言い終えたとき、三郎は失神した静を抱えたまま空中へ飛び、瞬時にして姿を消していた。

 そして、張りつめていた空気がようやくゆるんだ。

 恐怖の呪縛が解けたのだ。

 人知を遥かに超えた存在、それが眼の前から消えたとき、生きていた――そういった安堵感が、人々の心の中に充ちた。

 金太郎や、殺された男に悪いと思いながらも、それを感じずにいられないのが人間であった。

「うおおおお!?」

 そのとき、金太郎が咆哮するのが聞こえた。

 見れば、拳が大地を何度も殴りつけている。

 恐怖のあまり動けず、何も出来なかった自分が情けなかった。

 自分のこの世で最も大切な女が、人々の眼の前で恥辱を受けているというのに、恐ろしくて何も出来なかった、そんな自分が許せなかったのだ。

 悔しくて、情けなくて…。

 だから、金太郎は、拳が割れて血が流れ出し、骨が砕けても、ただひたすらに大地を殴り続けていた。

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