4
昼が過ぎ、夕方近くになっても、良太たちは戻っては来なかった。
再び、村人たちに恐怖が這いよる。
良太たちが戻らなかったことで、あの三郎の皮をかぶった化物は、足柄山に向かったのではないか、そして、もしかしたら良太たちは奴と遭遇して殺されたのではないか、そういう憶測が流れた。
「お前のせいだ」
誰かが金太郎にそう言った。
「何故、あのとき、三郎を助けたのだ」
誰かが、三郎が自殺するのを助けたことについて、今さら詰問した。
「あのとき、三郎が死んでいれば、こんなことにはならなかったのに!」
無茶な理屈だった。
誰が、こうなることを予想できたというのか!
「くそ!」
全てを、俺に償わせようと言うのか!
「くそ!」
何故、自分たちに降りかかった災いに、自ら立ち向かおうとしない!
何故、生贄を差し出し、恐怖に怯えながら生き長らえようとするのか!
だが、彼らの感情を考えたとき、その内容に間違いはないようにも思われた。
死のうとする三郎を止めたのは確かに金太郎だったし、三郎が死んでいれば、化物となって村人を殺すこともなかった。
殺されたのは、父であり、息子であった者たちなのだ。
何と言われても、金太郎には反論できなかった。
もし自分が彼らの立場なら、同じことを言っていたかもしれない。
村に、恐怖と絶望の帳が下りていた。
鬼に魅入られた村。
もはや、生き残る術はない。
かといって、先祖代々住んできたこの村を去ることも出来ずに、村人たちは家の隅で怯えていた。
そうして鬼の蹂躙を受け、やがて死んで、死に絶えていくのだ。
いや、すでに村は死んでいるのかも知れない。
三郎――鬼の恐怖を取り除かない限り、村が再生することは先ずあり得ない。
それをやるのが、俺だ。
金太郎は自分の家に戻り、斧の刃を砥石で研ぎ始めた。
凄愴な顔をしていた。
憔悴しきってもいた。
言葉が出なかった。
斧を持つ手が震えている。
恐怖のためだ。
「――――」
自分が行くしかないのだ。
それが、村人の誰もが望んでいることであり、唯一の解決策なのだ。
生贄。
そうかも知れない。
しかし、もはやそれでもいいと思っていた。
きっと生きては帰れまい。
金太郎には、自分の死が見えている気がした。
奴は、人知を超えた化物だ。
まともにぶつかって勝てる筈がない。
それに、静ももはや生きてはいないだろう。
恐らく激しい凌辱を受け、そして身体を引き裂かれて…。
その光景を想像した途端、激しい怒りが衝き上げてきた。
やがて怒りが恐怖を押し退け、身体を奮い立たせる。
三郎よ、俺が、殺してやる。
巨大な斧を肩に担ぎ上げ、金太郎は家を出た。
家の前には、村人たちが集まっていた。
みんな、すがるような眼で金太郎を見つめている。
金太郎が一歩踏み出したとき、彼らは誰からともなく道を開け、跪き、合掌した。
南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…。
祈っていた。
何に祈るというのだ。
自分たちの未来を、そして業の全てを、俺に任せるというのか!
「くそ――!」
いいだろう、背負ってやろう。
全てを俺が背負い、奴に引導を渡してやる。
やがて、ゆっくりと疾走に移る。
振り切るように。
ずんずんと疾っていく。
何処までも追いつめてやる。
恐怖は、嘘のように消えていた。
あるのは、炎の如き怒りだけであった。
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