真・金太郎伝説

神月裕二

魔獣復活変

1

 暗い闇の中であった。

 深い深い闇の中、滔々と流れ続ける水脈。

 地上に降った雨水はいくつもの地層をこえるたびに濾過され、清浄な水滴となって、その地下水脈に辿り着く。

 一滴の雨はいくつも集まり、少しずつ育ち、やがて大きなうねりとなって地上にあふれ出る。

 今、そこに一滴の闇が落ちた。

 それが、ただの墨であれば、薄まり、うねりにもまれ、消え去っていくだろう。

 だが、それは墨などではなく、闇であった。

 凄まじい怨念の闇であった。

 今、闇は薄まることもなく、水脈を穢し、汚し、広がっていく。

 どこまでも。


 は、一瞬早く地中深くにまで自身を溶け込ませることが出来たので、その後に訪れた絶対の死から逃れることが出来た。

 だが、それが出来たのは、己を構成していた無数の細胞のうち、核となるたった一粒に過ぎなかった。

 今、は地中深くを流れる水脈に身を浸し、怨念のエネルギーをその体内で高めつつあった。

 許さぬ…!

 の中に、凄まじい執念の炎が燃えている。


 


 だが、いかに復讐を誓おうとも、は今、たった一つの細胞にしか過ぎなかったので、怒りに身を震わせる以外何もすることがかなわなかったのである。

 では、どうするのか。

 は、考えた。

 己のこの想いを成就するには、如何にすべきなのか。

 ああ、そうだ。

 探せば良いのだ。

 その考えに至るまで、それほど時間はかからなかった。

 は、意思の触覚を伸ばし始めた。

 目に見えぬ触角は、その凄まじいまでの怨念の意思を乗せて、時間と空間を飛び越え、自分と同じくらい想念の炎に身を焦がす存在を求め続けたのである。

 いた。

 対象は、程なく見つかった。

 見つかったというよりも、の怨念が引き寄せたのであろう。

 は、海に向かって流れる地下水脈の流れからそれ、細い支流を遡り始めた。

 対象のもとへ行くのだ。行ってその身体を奪い、そして、奴等に復讐するのだ。

 俺の身体をバラバラに打ち砕いた奴等を殺してやるのだ!

 ――

 どのくらい、そうやって身を復讐の炎に焦がしつつ、川を逆流していたのだろうか。

 は、ついにその対象が自分のすぐそばにいることを知覚した。

 だが、眼がないので実際に見ることは出来ない。しかし、感じることは出来る。

 それは怨念ではなかった。昏く陰々滅々とした情念の炎に身を灼く男であった。

 は、その男がいる川をゆっくりと遡って行った。

 わかる。わかるぞ。そこにいるな。

 川辺に座り込んで、ほう、今溜め息をついたぞ。

 そうか、それ程までに思い詰めることなのか、お前のその想いとは。

 いいぞ、お前はが探し求めていた男だ。

 お前こそ、の身体にふさわしい。

 ククク…。

 は、意識の中で嗤うと、川底からその男の顔を凝っと見つめるのだった。

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