3


 いかん、とは思った。

 人間は体内の血をいくらか失えば、それだけで死んでしまうか弱い生物なのだ。

 しかし、そんな人間でも、今ここでこの男を失えば、また復活のときが遅れてしまう。

 それでは駄目なのだ。

 いつまでこの意識を保っていられるかわからぬ以上、時間を無駄にすることは出来なかった。

 は焦った。

 どうすればいい、どうすれば、この男の体内に入り込めるのだ。

 そのとき、は見た。

 血が川に流れ込んで来ている。

 そうだ、血だ。血を伝っていけば、体内に入り込めるぞ。

 は嬉々として血を伝い、左手首の傷口から三郎の体内に侵入して行った…。

 

 暗転。


 三郎の意識が戻ってくる。

 まだ朦朧としているが、どうやら生きているらしい。

 三郎は、倒れたときに石で打ったらしくズキズキと痛む後頭部を押さえながら、上体を起こし、自分の周りを見回した、

 血の海だ。

 凄まじい血の臭いが鼻に入り込み、三郎は吐いた。といっても三日間ほとんど何も口にしていないので、出るものと言えば草の葉と木の実ぐらいで、あとは胃液だけだ。

 口許を拭ったとき、左手首の傷口が見えた。

 もう、ふさがりかけていた。

「何故、死ねない…?」

 三郎が涙まじりに呟いたとき、頭の中で声が弾けた。

「何も、死ぬことはない」

 と。

「クク、そうか。貴様、そんなにその女が抱きたいのか。ならば、俺が力を貸してやろう。邪魔する全てを排除し、その女を思うさま犯し、なぶり、征服するのだ。クク、さぞ気持ちが良いだろうなぁ」

 脳裡に響くその声は、まるで麻薬のように三郎の精神の隅々にまで浸透し、思考能力を失わせていく。

 三郎は、急速に思考に紗がかかり、本来の自分が消え去っていくのを感じた。

 しかし、何も抵抗できなかった。いや、むしろそれを喜んで受け入れていた、そんな気さえした。

 やがて、三郎が顔を上げた。

 そこに、三郎の顔を持つ別人がいた。

「ふむ。まぁ、非力さは否めんが、仕方あるまい」

 三郎は、いや、彼に取り憑いた謎の意思は、三郎の口を動かして嗤ってみせた。まだ慣れておらぬのか、少しその動作にぎこちがなかった。

「――さて、奴等を血祭りに上げる前に、この男の欲望をかなえに行くか。それで怨念が噴き出せば、さらに俺を強くしてくれるからな。――待っているがいい、!」

 三郎は笑った。

 水妖鬼復活の、その瞬間であった。

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