金太郎地獄変

1

 金太郎は、この村一番の、いや、このあたり一帯でも一番の力持ちであった。

 幼い頃から大人顔負けの力を発揮し、その力自慢は、熊と相撲を取っても負けることがなかったという伝説まで生み出すほどであった。

 村の誰よりも体が大きく、力もあった。

 だが、同時に誰よりも優しく、人気者であった。

 誰もが頼りにし、そして慕っていた。

 その筈だった――。

 

 その報せを受け取ったとき、金太郎は村の若者たちと一緒に森に入っていた。

 真夏の、突き抜けるように青い空。

 深緑の山々。その間を縫うように流れるいくつかの川。その透き通るような水の色。

 気持ちいい風が吹き抜けていく、その森の中――。

「せーの!」

 金太郎が、その二本の太い猿臂で自慢の斧を振るう。

 このとき金太郎の斧の刃は片方にしかついていなかったが、大きさは通常のものよりも二まわり近くも大きかった。

 それを軽々と振り上げる金太郎の力とはどれほどのものなのか。

 斧は、たった一振りで、二抱えはあろうかという杉の木の幹の半ばまでめり込んでいた。

 それを見て、思わず若者たちが歓声を上げる。

 その声に気をよくしたのか、金太郎は得意そうに笑って、斧を幹から引き抜いた。

「もういっちょう!」

 再び風を巻いて振り上げたとき、

「た、大変だぁ!?」

 切迫した男の絶叫が、足柄山に響き渡った。

 何だ? と一斉に、若者たちが声のした方を振り向く。

「大変だよう、金太郎!」

 その聞き覚えのある声に、一人の男が、

「何だ? 良太じゃねぇか、何だ、あいつ血相変えて」

 一人が笑うのを引き取って、

「鬼でも出たんじゃねぇか?」

 という金太郎の冗談に、若者たちが声を上げて笑う。

「そいつぁ、いいや」

「笑ってる場合じゃないよ!」

 良太、と呼ばれた少しひ弱そうな若者――おそらく一番年少なのであろう――が息を切らして、ようやく金太郎たちのもとにたどり着き、その場に座り込んでしまった。

「どうしたんだ、良太」

 金太郎が屈み込み、良太の顔を覗き込んで訊く。

「し、静さんが…」

「なに――!?」

 その名を聞いた途端、金太郎の顔から人の良さそうな笑みが消えた。

 座り込んで、ぜいぜいやっている良太の着物の襟をわし掴みにすると、

「静がどうした、良太!」

「さ、三郎が帰って来たんだ」

 金太郎の凄まじい形相に泣きそうになりながらも、良太が自分が見てきたものを告げる。

「それで、お前んに怒鳴り込んで、慌てて出て来た静さんを――」

 良太がようやくそこまで言ったとき、彼の脇を一陣の風――颶風が駆け抜けた。

 金太郎が愛用の巨大な斧を片手に、村目がけて疾り去ったのである。

「い、急いで、金太郎! は、早く、早くしないと静さんが、喰われちまうよ!」

 良太が、金太郎の広い背中に向けて叫んでいた。

 それを聞いて、そのあまりの内容に若者たちが戸惑いながら、

「ど、どういうことだよ、良太。静さんが喰われるだと!?」

「あ、ああ…」

「だ、だけど、三郎だろ? 何もビビるこたぁねんじゃ…」

 最初に冗談を言って笑い飛ばした男が、声を震わせながらもそう言う。

「お、お前たちは、を見ていないから、そう言えるんだ…」

 良太は肩を抱くようにして言った。

「お、おい、良太、どうしたんだ? お前、震えてるぜ」

 心配そうに、その若者が声をかける。

 その若者が良太の肩に手を置いたとき、そのあまりの冷たさに愕然となった。

 恐怖で、体温が下がっているのだ。

「あいつは――」

 良太の、かすむような小さな声が聞こえる。

「あいつは、決して三郎なんかじゃない――」

「――!?」

「僕らの知っていた、あの弱々しい男なんかじゃ、決して違う。は、そうだ、は化物だ。三郎の皮をかぶった化物だ…」

 良太はガタガタと震えながら、消え入るような声でそう言った。

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