2

 光に包まれた金太郎は、一瞬でその山の麓にいた。

 地に降り立った途端、凄まじい血の臭いが金太郎の鼻をつく。

 それは、あたり一面から漂ってきていた。

 闇夜に眼を凝らせば、その山の周りに小さな集落があることに気づく。そして、どの家も壁や天井に大きな穴が開いているのが分かるだろう。血の臭いは、そこからするのだ。

 呻き声も微かに聞こえた。しかし、もはや助かるまい。

 また、奴は人を喰ったのだ。

 金太郎に断ち切られた右腕を再生し、力を取り戻すために。

 金太郎は、視線を山中に向けた。

 風のように疾り出す。

 今、金太郎の眼には、水妖鬼の走り抜けていった道筋が、まるでナメクジの這った痕のようにぬらぬらと光って見えた。

 人を喰ったとはいえ、よほど冷静さを失っているようだ。木々の間をうねるように抜け、蛇行し、時には木を倒して山頂を目指していた。

 いや、まさに逃げていたのだ。

 覚醒した神の戦士の恐ろしさは、一度死んで甦った水妖鬼の骨の(あればだが)髄まで染み渡っていた。

 その記憶が告げるのだ。

 恐怖を。

 そして、やがて訪れる確実な死を。

 山頂へ着くまでに、何人かの人間の死体を見た。

 食い散らかしだ。

 転がっているのが頭だったり、手だったり、足首だったりした。

 止めてやる。

 金太郎は、戦斧の柄を力強く握りしめた。


 山頂には木がなく、わりと拓けた土地になっていた。いや、本当はあったのだ、つい先刻まで。それが、水妖鬼が絶望と恐怖のあまり暴風のごとく荒れ狂ったので、そこらじゅうの木が、あるいは倒され、あるいは強酸を浴びて溶けて、あたりから木が消えてしまったのだ。

 そこで今、水妖鬼が右肩を押さえて蹲り、恐怖にガタガタと身を震わせて呻いている。

「ヒイイィィィィ……。なおらねえよぉ…いくら、人を喰っても右手が生えてこねえよぉ…」

 泣いていた。

 そこには、もはや天魔四鬼衆としての誇りや威厳などかけらも残されていなかった。

「いてぇよぉ……いてぇよぉ……」

 見も世もなくいていた。

「なぜ、そんなに痛いのか、教えてやろうか」

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