第10話「なぜ、すべてのゴミを大事にしないのか」



「では、まず、ミ=ゴ屋敷の主人に話を聞こうか。よく考えたら、この間はきちんと話をしていなかったんだ! 久遠くんがあそこはゴミ屋敷だったなんて言うから!」

「実際にゴミ屋敷じゃなかったですか! 僕のせいにしないでくださいよ!」

「いやいや、そんなことはなかったかもしれないよ。私の鋭い勘が正鵠を射ていた可能性の方がはるかに高い」

「そんな馬鹿な。……それにミ=ゴっていったい何ですか? この間は煙に巻かれましたけど……」

「ミ=ゴというのはね、冥王星から来たと言われている宇宙生物だ」


 自信満々に前と同じことを言いやがりますよ、この人。


「それは前に聞きました。エビやシャコみたいなんでしょ」

「いや、見た目だけはそう割り切ってしまってもいいが、実際にミ=ゴはその外観に反して酷く知的な生命体であり、かつ、危険極まりない超能力を有しているんだよ!」


 今度は超能力か。


「はいはい、超能力ね。火炎放射や電撃、サイコキネシスにテレパシーなんでしょ。知っていますよ」

「なんだい、そのバビルの塔に住んでいる少年みたいなレパートリーは。違うよ、ミ=ゴが持っているのは人間を操る能力さ。彼らの持っているテレパシーを使って、おつむの足りない人間なんかの意志を操作して自分の好きにすることができるんだ。もっとも、頭が良かったり、元々壊れている人間はダメだという話だけどね」

「なんですか、そのチートな能力は。今どき、そんなのはジュヴナイル小説でも嫌われますよ」

「だって、本当なんだからしょうがない」

「ですから、この事件やまはあえて言うならば『ゴミ屋敷死体隠匿事件』であって、『怪物ミ=ゴ屋敷事件』じゃないんですよ」

「そんなことは君が決めることじゃないさ!」


 と、まあ自分勝手なエリートらしいことを言い出す降三世警視に引っ張られて、僕は何度目かのゴミ屋敷訪問をすることになった。

 呼び鈴を押して、数秒すると、我慢しきれなくなったのか、


「おーい、誰か、いるんだろ! 出てきてくれー!」


 と叫び出した警視を迷惑に思ったのか、ゴミ屋敷の主人である阿部崇が顔を出した。

 露骨に嫌そうな顔をしている。


「何の用だ……」

「警察のものです」

「知っておる。貴様の顔は前に見た。司法試験を上位で突破した俺の記憶力を舐めるなよ」

「フフン、あんな暗記と気づきの試験如き、私だって余裕でクリアしているよ! はい、初めまして、阿部元弁護士。私は降三世明、警視庁の警視だ! ついでに言うと、キャリア組でもある! それにしても相変わらず臭いなあ! こんなところに住んでいられるのは君とそこにいる鼻の詰まった久遠くんだけに違いないよ」

「―――なんだ、貴様は? 狂人か?」


 頭のおかしい阿部から見てもさらに極めておかしく見えるのか。

 するとどっちなのだろう。

 狂人から見ておかしいとなると、それははてさて普通なのかもしれない。

 あと、鼻の詰まったは余計です。


「私は捜査の一環としてここに来て、あなたに一つ二つ聞きたいことがあっただけさ。もし、差支えなければ令状なしで答えて欲しい。私もわざわざ裁判所に令状申請する手間が省けるというものでね」

「日本の刑事訴訟法は憲法で令状をとることを前提として制定されている。もし、無理やりにでも聞きたいことがあるのならば令状をとってこい」

「まあまあ、私のようなものと二度や三度も相手をするのはあなたも嫌でしょう。ここは素直に答えてくれるとお互いに嫌なことを何度もせずに済む!」


 ふーん、わかってはいるんだ。

 警視の相手をするのが嫌な作業だということを。

 だったら、僕の苦労もわかってほしいところだ。


「……なんだ? さっさと質問を言え」


 あ、折れた。

 降三世警視の発する面倒くさいオーラを嗅ぎ取ったんだろうな。

 関わるとそれだけ苦労が増えるのを理解したのかもしれない。


「簡単さ。私が聞きたいのは、あなたが大切にするゴミ―――いや可哀想なものたちか―――の基準だよ。それだけ」

「なんだと?」

「特に難しくはないでしょう。この立派な構えの屋敷に蓄えて大切にしているものとそうでないものをどう区別しているのかが知りたいんだ」


 すると、阿部崇は特に悩むこともなく。


「そんなものでいいのか? もっとおれがどうしてこんな世間的にゴミと言われているものを集めているのかとか、近所の迷惑を考えたことはないのかとか、聞かれると思っていたぞ」

「他人の迷惑なんて、物理的にどんなエネルギーにもなりゃしないじゃないか。聞くだけ無駄さ。あと、他人の嗜好にもあまり興味はないね。私が知りたいのは、あなたという人間の基準だけさ」


 さすが僕をはじめとする警視庁の真っ当な警察官の迷惑を歯牙にもかけない降三世警視だ。

 まったく反省の色がない。

 そんな彼の態度が本物らしいと見抜いたのか、阿部崇はわずかに顔をほころばして(笑った、笑ったよ!)、


「おれが愛するのは、道端で寂しく誰にも振り向かれることなく朽ちようとしているものだけだ。そういう哀愁漂うオーラを持つものだけをおれは選択して保護して来た。それ以外はおれの屋敷にある意味はない」

「では、あなたが買ってきて利用価値がなくなったものなどは?」

「保護する価値がないね。おれは、おれにとって寂しさを感じないものを手元に飾る趣味はない」

「例えば、この屋敷に入り込んで来たネコなんかはどうだろうか?」

「おれの家に勝手にやってきたものなど、結果としてどうなろうが知ったことか。むしろ、邪魔なだけだ」

「はい、ありがとうございました! では、これにて失礼! いくよ、久遠くん! もう鼻が限界だよ!」


 あまりに一方的な会話のうちきりに、呆気にとられるゴミ屋敷の主人を尻目に、継嗣はさっさと屋敷から離れていってしまう。

 もういいのか、と尋ねる暇もない。

 それから、キョロキョロと何かを探している。


「何かおわかりになられたんですか?」

「車はどこ?」


 僕の車がご所望のようだ。


「―――そこのタイムズの有料駐車場にとめてあります」

「では、そこに行こう。そろそろ、私も本庁に戻らなければならないからね。あまり留守にしていると格好がつかない。あ、シャワーも浴びたいけど仕方ないか」

「帰るのですか? あの……警視……捜査の方は?」

「ん、だいたいわかったよ。あとは君らが裏取りをすればいい程度の考えはまとまったさ。それでいいんだろ? 君らが知りたいのは、あのゴミ屋敷の庭に遺棄されていた死体の意味だけなんだから」


 なんとなく引っかかる物言いだな。だが……


「つまり、警視にはこの事件の真相がすでにわかっていると……」

「ああ。たいして話じゃない。私にとってはもっと大事なことがあるから、そのためにちょっと君らを助けることにしただけさ」

「教えていただけるのですか?」

「もちろん。ただし……」


 警視は口角を吊り上げた。

 途方もなく邪悪で悪魔そのものの笑みのくせに、どことなく清廉な学究の徒のような真摯な笑いでもあった。


「この事件が終わったあと、またちょっと付き合いたまえ。君とは例のインスマウスのときから、こういうゴタゴタをともに乗り越える相棒バディのような気がしてならないところだからね!」

「げっ!」


 また、これだ。

 事件解決のヒントを貰う―――いや、正確に言おう。ほとんど解決してもらっているのだから―――代わりに僕がしているご奉公は、いつものお抱え運転手役だけではないのだ。

 最近は、警視の言う不可解な神話的オカルト事件にまつわる雑用もさせられているのである。

 ああ、今回も類に漏れずまたやることになるのか……。


 僕は自分の正気がガリガリと削られていることを心ならずも自覚せざるをえない羽目に陥っているのである……。




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