第19話「一件落着」
警視庁の通用口を抜けて、僕らが地下へ続くエレベーターに向かうのを、さっきの受付の婦警さんが物凄い形相で見ていた。
何をしたら、あんな顔になるのだろう。
怖がっているのになぜか目が離せないみたいな。
「警視、注目されてますね」
「私はグッド・ルッキングガイだからね」
「叶姉妹でも警視はごめん被ると思いますよ」
ファビュラスじゃないから、あんたは。
まあ、マーベラスではあるだろうけど。
というか叶姉妹わかるんかい!?
「あの婦警に何かしたんですか?」
「いや、私は何もしていない。多分、私を尋ねてたまに変な奉仕種族や来る狂信者がやってくるからだろうね。組織の顔とはいえ、受付の仕事は大変だ」
「……大概あなたの責任じゃないですか」
「それはない。
「部下の人がどんなに理不尽で不条理で名状し難くても警視ほどではないでしょうね」
「まあ、彼女たちが私に対してああゆう態度を取る意味も今回、ようやく判明したのだけれどね」
「?」
むしろ、これから僕が署の用事で本庁にやってきたときにどんな対応をされるのかの方が気になって仕方ないのだが。
今更距離を置いても仕方ないので黙ってついていく。
「む、帰ってきているようだね」
「ああ、部下の人ですか」
管理室の扉の隙間から灯りが漏れている。
さっき僕らが外出する時には電灯は消してきたから、誰かがいるのだろう。
管理室の人員は、降三世警視ともう一人の部下の二人らしいので、そっちの方だと別に推理しなくてもわかる。
中に入ると、
「おかえりなさい、
と、二十代半ばほどの男性が出迎えてくれた。
とはいっても何やら書類を山ほど抱えて仕事中だったようだ。
(この人が降三世警視の唯一の部下か……)
能面のようなポーカーフェイス。
浅黒いのではなくて、褐色といってもいい肌は健康的な雰囲気を醸し出している。
逆に目つきは涼やかで紳士のようであった。
髪も短く整えられていて、寝癖全開の上司とはまったく人種が違う感じだ。
こちらもいい意味で警察官らしくない。
なんと身長180センチの警視よりもわずかに大きいし。
「久遠君、私の部下の
やっぱり友達認定されていたよ……
ショックのあまり死にそうだ。
ただ、紹介された
こちらを一瞥しただけで、すぐ仕事に戻ろうとする。
「吉柳はね。三年前に私のところに配属されたんだ。それ以来、私の部下としてこの管理室の整理と資料集めのための出張を主にやっていてもらっている。私は事件以外で東京から出る気はないからね」
「旅行とかは嫌いって言ってましたね。まったく公僕の自覚がないのも考え物です」
警視は、管理室内を見渡し、
「ごらんよ、よく整理整頓されているだろう。吉柳が来る前は雑然としていてとてもじゃないが資料もまともに取り出せない状態だった」
「へえ」
三年もこんな人の元で仕事していたのも凄いが、この広くてわけわかんない場所の整理をやっていたのは彼なのか。
それだけで有能な人だということはわかる。
ただ、随分と不愛想だけど。
「じゃあ、降三世警視。僕をここまで連れてきて何をさせるつもりだったのですか?」
「いや、君が、という訳じゃない。君はただの付き添いだ。私の目的はね―――吉柳」
「なんでしょう、警視」
そして、降三世警視は吉柳をさりげなく見て、
「ようやく、君の正体がわかったよ、吉柳。君はイスの偉大なる種族だったんだな」
と、言った。
僕が目を丸くすると、
「以前から、君は普通ではないと思っていたが、実際にイスの偉大なる種族と話をしてみてようやくわかった」
「ど、どういう意味です!?」
吉柳の顔を見る。
無表情なところが確かに坪井の妻加奈に似ている。
「その通りです、警視殿。あなたほどの慧眼のお方が三年もわたしの正体に気づかなかったのは遺憾としか言いようがありません」
「私にも目が曇ることはあるのさ。さすがに目をかけていた部下が最初から怪物であるとは思いもよらなかったということかな」
「そうですね。わたしもこれで人間との精神交換は二度目ですからうまく誤魔化す術を身に着けていたといえます。それに警視殿は、わたしという個体には何の興味も持ち合わせてはいなかったではありませんか」
吉柳は自分が警視の指摘通りの化け物だと認めてしまった。
誤魔化す気はなくて、問われたから答えたという感じだ。
最初から隠しきるつもりはまるでなかったのかもしれない。
だが……
「この人は三年前からの警視の部下なんじゃあ……」
三年前から務めているのに異常に気付かなかったというのか。
「前々から、私に対する受付嬢やら本庁の刑事の態度がおかしいと思っていたのだ。私程人畜無害な人間はいないはずなのに、まるで化け物でもみるように扱われる。その理由もはっきりしたな。吉柳、君は私の知らないところで、イスの偉大なる種族らしい不遜な態度をとって我が管理室の評判を落としていたな。わざとか?」
「―――いいえ、警視殿。わたしはわたしなりに接していただけのことです。警視殿の評判を落とす意図はありませんでした」
「君が優秀にして取り組む仕事がすべて完璧なのは理解している」
「おかしいですよ、警視! だって、この人はもうずっと前からあなたの配下に……!!」
こいつがイスの偉大なる種族とかなら、なんで今日、僕たちが坪井邸で仲間たちを追い払ったのを見逃がしたのだ!?
「簡単さ。イスの偉大なる種族は時間を超越した種族だといっただろう。だから、こいつらにとっては時間軸というものは関係ないのさ。なあ、吉柳」
「ご理解されたのですか? さすがは警視殿です」
「おまえは三年前に、私の様子を探るために私の傍にくるだろう人間の心と入れ替わった。それでいいのだな」
「はい。ですが、わたしがこの肉体との
認めるのか。
自分が精神だけは人間ではなく化け物であるということを。
あまりのことに唖然としていると、
「私を観察するために、吉柳の肉体を乗っ取ったと。前々からおかしな奴だとは思っていたが、まさかイスの偉大なる種族とは思わなかったよ」
「そうですか。わたしは警視殿にならば、すでに見抜かれているかと思っておりました」
「いや、わかっていたのは、おまえがおかしな奴ということだけだ。しかし、どうして私の傍に潜りこんでみようと思った? やはり、おまえたちのような神話関係には、信仰問題管理室が邪魔なのか?」
すると、吉柳―――いや、乗り移った化け物は言った。
「我々が警視殿に興味を持ったのは、正確には今日のことです。我々は、あなたがどういう人間なのか今日初めて知ったので、改めて信仰問題管理室と降三世明という人物を調査する必要性に駆られたのです」
「今日……だって?」
「ええ。なぜなら、わたしの真の名前は∇◎◇EEEEESXAWQFTなのですから」
その耳障りな発声と単語は、さっきの……
では、この吉柳の皮を被った化け物の中にいるのは!?
「なるほど。時間を遡行して、三年前に戻って私のことを調べ出して潜入してきたということか。さすがは偉大なる種族。そのような複雑な真似をして、生き馬の目を抜くようなティンダロスの猟犬に目をつけられないところが驚きだ」
「ありがとうございます」
まさか、この眼の前の男が中身はさっきまでの坪井の妻加奈だというのか。
僕の頭は混乱しすぎてよくわからなくなっていた。
こんな傍に、人の精神を奪い取る化け物がいるなんてきっきりいって理解したくない!
「おまえの仕事は私を調査することだけか?」
「はい。凡百の人間のケースデータを調べあげるよりも、ただ一人でも警視殿の調査を密にした方がいいと判断いたしました」
「ならいいさ。でも、これからも私はおまえたち偉大なる種族のことについて引き続いて追うから、その邪魔は死んでもするなよ。その時は古き印を喰らわせるぞ」
「わかりました、
「では、中断していた仕事に取り掛かれ。私は久遠君と一杯飲みにいってから直帰する。できそうにないのなら、明日の分は残しておいていい」
そういうと、何事もなかったかのように警視は踵を返すと、僕を連れて管理室から出ていく。
人の肉体を奪った化け物を放っておいて……
「警視、いくらなんでも、放置するなんて!」
「放置はしないよ。上司として私が監督する」
「いや、そういう問題じゃなくて! 第一、あなた、あんなのと二人っきりで仕事して怖くないんですか……!!」
「吉柳とはもう三年も一緒にやっているし、今更だな。それに……」
「それに?」
僕の疑問に、信仰問題管理室のボスは簡単に言い放った。
「いつも傍に絶好の神話生物のサンプルがいるなんて、とても幸運なことじゃないか!!」
―――人は身近に恐怖が隠れていることを怖れる。
安穏と暮らしている場所が実は危険に満ちた死地だと思いたくはないからだ。
だが、恐怖も危険も背中合わせ、すぐ隣にいるのがわかっていながら、喜々として生活を続けるものをなんと評すればいいのであろうか。
僕は、人が怖い。
不気味だからだ、無気味だからだ、不条理だからだ。
そして、中でもさらに怖いものがある。
僕は―――降三世明が、何よりも怖い‥
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