第9話「壁を越える遺体」



 翌日、人手不足ということもあり、僕は一人で例のゴミ屋敷周辺での聞き込みの地取り捜査をすることになった。

 隣にあるマンションの管理人ならば何か知っているかもしれないから聞いて来いと、係長に言われたからだ。

 管理人は、管理会社から派遣されたものだったが、もともとすぐそばに住んでいるらしく、あのゴミ屋敷についてもかなり詳しかった。


「かなり臭えよ。風がない日なんか臭いが充満してさ、あっち側の窓なんか開けていたら寝ながらゲロ吐いちゃう感じ。だから、このマンションの住人にもそういう通達はしているんだよ。「西側の窓を開けてはいけません」ってね」


 管理人は二十代の男性だった。

 茶髪のロン毛という、今どきにしては派手な感じだったし、こういう仕事に付くにはちょっと若すぎる。

 そのことについて尋ねてみると、


「ああ、公務員試験を受けているんだよ。住人からの苦情がない限り、わりと暇だからさ、勉強しながら生活費を稼ぐにはいい仕事なんだよ」

「はあ。公務員試験ですか。……他に何か気づいたことってありません?」

「人間じゃないけど、別の死骸があそこに転がっていたことはあるよ」

「死骸?」


 なんのことだろう?


「ネコだよ、ネコ。野良じゃなくて、近所で飼われてたんだけど、庭の真ん中でぐだーとなってた」

「そのネコの死骸はどうなったんです?」

「さあね。飼い主が引き取りにいったけど、あのゴミおじさんは他人の飼っていた犬には葬式までしてあげても、勝手にはいりこんできた猫のためには指一本動かすつもりはないみたいだし」

「そんなことがあったんですか?」

「ああ、一年ぐらい前にそこらで車に轢かれて死んでた犬の死骸を拾ってペット用の葬儀場まで連れてってたぜ。見直したというより、やっぱりおかしいってことになったけどよ」


 なんともはや、極端なことだ。

 ゴミが可哀想で見捨てられないとかいう人のいうことは理解しにくい。

 この話の犬と猫にどんな違いがあるのだろうか。

 しかし、いつまでも他人の奇癖について聞き回っているわけにもいかない。


「それで、例の老人の遺体については? 通報したのはあなただと伺ってますが」

「電話したのは俺だよ。うちの住人から言われたんで、確認してみたら確かにあったからさ。俺の部屋からだとなんか人形みたいだったけど、まあ死んでるだろうってのはわかったからさ」

「あの庭には普通なら立ち入りもできなさそうですが、どうやってあそこまで運び込んだかわかります?」

「運ぶよりは、あのゴミ屋敷のおっさんが殺して捨てたと考えた方が早いんじゃないかな。だって、あそこに捨てるには、わりと上背のある台とか用意しなくちゃならないしさ、完全に囲繞地っぽいだろ? さっきのネコの飼い主もこっそり入ろうとしたができなかったらしいし」

「囲繞地……。ああ、奥まった出入りの困難な土地ですか。確かにそうですね」

「だからよ、どう考えたってあのゴミおじさんが犯人じゃねえの」

「……一つ、印象だけでいいんですが、あの人、殺しをしそうだと思いますか?」


 これは刑事としては行き過ぎた質問だったかもしれない。

 すると、管理人は肩をすくめて、


「頭がおかしいっぽいからね。やりかねないとは思うけど、暴力とかは振りそうにないかな」


 と、答えた。


      ◇◆◇


 もう少し聞き込みを続けようと周囲を見渡していた僕は、路上を歩きスマホをしている見慣れた人物を発見した。

 今は、いやどんな状況において顔を合わせたくない筆頭のような人物を。

 しかし、見つけてしまった以上、挨拶はする必要がある。

 なんと言っても階級は警視であり、うちの会社そしきではとても偉い立場の人なのだから。


「降三世警視。お疲れさまです」

「なんだ、久遠くんか。君こそ警らご苦労さま。今、忙しいのであとにしてくれ」


 そうは見えない。

 単にスマホの画面を見ながら徘徊しているようにしか、思えないぐらいだ。


「ああ、例のなんとかGOですか。警視も流行りは押さえる方なんですね」

「なんだと! 言うに事欠いてこの私をあんなゲームのシンパ呼ばわりするのかね! 私は過去現在未来において常にソニック派だよ! 失敬な!」


 聞いてもいない個人情報の暴露がきた。

 しかも、知っていたとしてもなんの喜びもない。

 ただ、僕から無関心ということはなくなったようだ。

 この人の行状を考えると、放置しておくとろくなことにならないのは、経験則上わかっている。


「では、警視はさっきから何をされておられるのですか?」

「別になんとかGOをやっているわけではないよ!」

「わかっております。あれは冗談ですので。で、


 すると、変人の警視殿は自分のスマホの画面を見せてくれた。

 このあたりの地図であったがかなり俯瞰から見たものだった。

 ところどころに赤い点がある。


「青い点が現在位置みたいですが、この赤いのはなんでしょうか」

「ヘリコプターの部品の見つかった場所だよ」

「ああ、あれですか」


 捜査にはまったく関係ないので忘れていたが、このあたりは飛行中のヘリコプターが落下して墜落した事故でも注目されていた。

 運輸省の発表では、整備不良によるものであり事件性はないと言うことだったはずだ。

 かなり上空で一度分解のようなものをしたらしく、部品がかなり散らばって地上に落ちたということであった。

 

「警視殿はヘリの残骸を探しておられるのですか?」

「まあね」


 そんなの運輸省か所轄の仕事であって、警視庁の警視がするものではないだろうに。

 また遊んでいるのか。

 ただ、僕の記憶に引っかかるものがあった。


「そういえば警視殿」

「なんだい? 私は忙しいんだけど」

「いえ。実は警視殿のお役にたてるかもしれない情報があります」

「久遠くんが? 私の役に立つ? 送迎意外で?」


 失礼だなあ、この人!

 しかもその胡散臭いものを見る眼は何かな!?

 とはいえ、一応上役なので口には出さない。

 僕は大人なのだ。


「この間、警視殿が勘違いしたゴミ屋敷がありましたよね」

「あったね。酷い詐欺だった。ゴミ屋敷をミ=ゴ屋敷だなんて! あれほど悪辣なものも珍しいぐらいだ。なんと言ってもこの私が騙されるのだからね!」


 勝手に名前を勘違いしてこの言い草だよ。

 あんなのに騙されるのは日本中であなただけですよ!

 気を取り直す。

 この変人警視と付き合うと気を取り直すことばかりだ。


「実は例のゴミ屋敷にそのヘリコプターの破片と思われるものを現認しております。僕はヘリの実物を知らないので断言はできないんですけど、良かったらあとで確認してみたらどうですか。もっとも、あの住人が簡単に屋敷内にいれてくれるとは思いませんけど……」


 あのとき、佐原先輩と見つけたあれのことだ。

 今回の事件の捜査とは関係ないけど、降三世警視の役に立てればいいか。

 迷惑ばかりかけられているけど、この変人にはお世話にもなっているし。

 土用の丑には鰻をご馳走になったこともあるから、そのお礼代わりだ。

 ところが、警視の反応は予想外のものであった。

 眼をパチクリさせて、頭を掻き乱し、「おっ、おっ、おー!」と吠えたのだ。

 まるで獣のようだった。


「あのゴミ屋敷にヘリコプターの部品が転がっていたんだって! あの、ゴミ屋敷に!」


 何がなんだかわからないが、警視の興奮はもの凄いもので話しかけるのも躊躇われるほどであった。


「久遠くん!」

「は、はい、」

「その事件の概要を丁寧に私に教え給え。いいかい、私が全部解決してあげるから、きちんと隅から隅まで教えるんだよ、サボリは認めないよ!」


 変人がやる気を出すほど面倒なことはないと実感する羽目になるのであった……

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