第8話「星から来た怪物」



「ミ=ゴというのはだね……」


 また始まったか、というのが僕の正直な感想だった。

 何ヶ月か前の殺人・死体損壊事件において知り合ってからというもの、降三世警視は隙を見てはわざわざ本庁から僕のところにやってきては、だらだらとつまらない話をするようになっていた。

 しかも、一回につき三時間ぐらいは延々と続くのである。

 警察の仕事に関係する内容であれば、僕だってどんなに気まずくたってお話を拝聴してもいいが、彼の話の九割方は例のオカルトに関するものばかりだった。

 当然、うんざりする。

 しかし、階級による縦関係というものには下っ端は抗うこともできず、僕は泣く泣く付き合ってきたのである。

 たまに飲みに連れて行ってくれて奢ってくれたりもするが、酒の肴もオカルトばかりなのでいつも苦痛だった。

 そして、今日の彼の話もいつも通りのそんな内容だった。


「冥王星から来たと言われている宇宙生物だ。彼らが地球に始めて到達したのは、おおよそ二億年前。つまりはジュラ紀だね。その際のある種族との戦いを経て、北半球を支配下においたらしい。でも、だいたい眉唾だよね」


 あんたの話自体が大概眉唾だ。


「……彼らの目的は地球の鉱物だ。それは彼らの棲む冥王星ではほとんど手に入らず、地球でしか採掘できないもので、ミ=ゴにとっては絶対に必要なものらしい。特に彼らの目撃例があるのは、アンデス山脈やアパラチア山脈のような峻厳な地域だから、まあ、あの辺りにその鉱山が人知れずあるのだろうね。残念ながら、我が日本国ではまったくといっていいほど目撃例がないんだ」

「残念ではありませんね。宇宙人が渋谷の109前を歩いているなんて考えたら、ゾッとしません。ウルトラマンの出来底ないみたいなのがですけど」

「ん、君はミ=ゴがあんな作り物っぽいリトル・グレイみたいな姿をしていると思っているのかい?」

「違うんですか?」


 僕にとって身近な宇宙人といえば、全身銀色で両眼が楕円形のキラキラ光るあの姿のことだけど、そのミ=ゴというのは違うらしい。

 警視は手帳にメモのように図を描いた。

 わりと上手でやはり元々は学者あがりなんだろうなと思わせる。

 描いているものはアレだけど。


「ミ=ゴは1メートル50センチほどの甲殻類のような姿をしているんだ。エビやシャコっぽい感じかな。節榑のある脚を多く持ち、卵みたいな丸い頭は色が次々に変化して、これで意思疎通をするという説がある。ちょっと夜道ではお目にかかりたくない姿かたちだね。私なんかはいつでも見てみたいけど」


 ごめんこうむる。

 そんな不気味なゴキブリ以下。

 しかも手帳に描かれたものが程よく気持ち悪いんだ。

 さっきから僕らの周囲を飛び回ってるショウジョウバエを思わせて吐き気がする。


「……警視、そのゴミがどうかしたんですか?」

「ゴミじゃないよ、ミ=ゴだよ。ミ=ゴ!! まあ、間違えるのも仕方ないね。私ほどの明敏な人物でもついつい聞き間違いをしてしまったんだから」

「ああ、ゴミ屋敷とミ=ゴ屋敷を勘違いしたってことですか……。まったく多方面に迷惑をかける面倒な聞き間違いをしやがって……」

「ん、何か言ったかい? というわけで、まあ、今回は私のドジということで引き下がることとしよう」

「心底、助かります」

「ところで、今日の事件はいったいどういうものだったんだい? 私の警察官魂が知りたいと叫んでいるんだが……」

「珍しいですね。普段はとことん冷遇されているその小指の先ほどもない魂が、どういう風の吹き回しで表の人格を確保したんです?」

「で、どういう事件なのかな」


 降三世警視には僕の嫌味はほとんど効果がない。

 経験上、抵抗しても仕方がないとわかっているので、僕はそのまま事件のあらましを説明することにした。


 まず、事件の発端は一般人からの通報だった。

 さっきのゴミ屋敷の隣のマンションの住人から、「ゴミ屋敷の庭に死体らしきものがある」という内容だった。

 真っ先に駆けつけた機捜の刑事たちは、所有者である「阿部崇あべたかし」に庭への立ち入りを求めたが許可されず、僕たち強行係がたどり着いても遺体の確認ができないという有様だった。

 押し問答のすえ、ようやく母屋を抜けて庭にでる許可をもらったが、移動の際に所有者の監視を受けるという面倒があった。

 そもそも、阿部崇自身が死体についての何らかの犯罪の容疑者であるというのに、警察官である僕らがその監視を受けるというのはあまり気分のいいものではなかったが我慢せざるを得なかった。

 なんといっても阿部崇は元・弁護士であり、警察にとっては相性の悪い相手であったからである。

 しかも苦労して辿り着いた遺体そのものは、特別に事件性のありそうなものではなく、目立った外傷もないし、ありがちな薬物中毒という様子でもなかった。

 その後、なんとか機捜が聞きこみ等の自取りを行い手に入れた情報によると、遺体の生前の名前は「濱田貴一はまだきいち」。

 この近所に住む痴呆の独居老人であるとのことだった。

 区から派遣されていたヘルパーが証言してくれたのだが、朝、ヘルパーの彼女が様子を見に訪れたら、濱田が自分の部屋におらず周囲にも見当たらなかったそうだ。

 そこで、慌てて警察に駆け込んだらこの事件との関係性を聞かれたらしい。

 ヘルパーが遺体の確認を依頼され、病院で面通しをした結果、遺体と濱田の同一性が確認された。

 おかげで身元は判明したが、そのあとがいけない。

 事件性があるのかないのか、その程度の内容すらいまだ判明していないのだ。


「ん、どういうことだい?」

「今のところ、今回のことではっきりと犯罪らしいといえるのは、なにもないのです。痴呆の独居老人が亡くなった死因は不明、どこで遺体となったのかも不明、もしゴミ屋敷の外での死亡なら誰が庭に遺体を捨てたのか、中での死亡ならどうやって庭に入ったのか?」

「ああ、なるほどね」


 この事件も、最初は殺人の可能性があったが、おそらく事件性が不明で処理されることになるかもしれない。

 死因もよくある心不全ということで片づけられて。

 少なくとも、あのゴミ屋敷の所有者である阿部崇が、意図的に遺体となった独居老人に何かをしたという証拠か証言がなければ、「老人はどうにかして阿部家の庭に忍び込み、そこで心不全かなにかで死亡した」というだけになる。

 我が署の未解決事件がまた一つ増えることになるだろう。


「……で、阿部という人はどうしてあんなゴミ屋敷に住んでいるんだい? それが知りたいな、私としては」

「軽く聞いた感じでは、捨てられたものを見ると、どうしても可哀想になって持ち帰ってしまうんだそうです。ゴミ捨て場とかに転がっているレジ袋とかでも。彼に対して泣きついているように見えるとか。『助けて』『救い出してくれ』とか叫んでいる風にも見えると解説されました」


 僕はあの阿部邸の中に並べられていた様々なゴミを思い出した。

 あれを全部そういう主観で持ち帰って来てそのままため込んでいたのだと考えると、それは不気味な思考形態の持ち主だと断定せざるを得ない。


「ふーん、ゴミが可哀想ね。だが、人間というのは生きてるだけで食事や排泄をしてゴミを作ってしまう生物だというのに、そんなことを続けていてはいくら広い屋敷でもすぐに一杯になってしまうだろうな。だいたい二~三年で満タンだ」

「いえ、もう十年以上は溜めているそうですよ」

「それはおかしいな。さっき私が見た感じでは、まだ室内に余裕はあったぞ。ある程度可哀想なゴミだけに選別していたとしても」

「確か、彼が可哀想だと感じるのは、他の場所でうち捨てられたものだけで、彼自身が作ったゴミに関してはなんとも思わないそうです。家の中で勝手にできたゴミ、つまり彼の毎日の食事でできた生ゴミとか、買ってきて読み飽きた雑誌なんかはまったく別らしいそうなのです。あくまで阿部崇が、可哀想で保護するに足りるとしているのは、どこかで他人が捨てたものだけっぽいですね」


 よくわからない理屈だが、ゴミを捨てずに溜め込んであんなゴミ屋敷を作ってしまう人種というものはそもそもの考え方がおかしいのだろう。

 常人の理解の及ぶところではない。

 だいたいゴミなんかをいつまでも捨てずに大量に貯めていれば、臭いが酷くなるし、ゴキブリやネズミだって湧く。

 ゴミが自然発酵することで熱をもち、火事を引き起こすことだってある。

 そうしたら、近所の住民にだって大迷惑だ。

 他人の迷惑というものを顧みないというだけで、阿部の社会性そのものが厳しく疑われる事案である。


「まさしくコリヤー兄弟というわけか」

「なんですか、そのコリア兄弟って? 韓流?」

「韓国じゃなくて、コリヤーだよ。ニューヨークのマンハッタンで自分の屋敷に溜めたゴミに埋もれて死亡した弁護士と技師の兄弟の話さ。彼らの屋敷に溜まったゴミは108トンに及んだそうだから、さっきの阿部某よりも遥かに多いけどね」


 あの何倍か。

 さすがに呆れるな。


「はあ、世界中で似たような話があるんですね。勉強になります」

「そうだね。きっと人間にいわゆる強迫性の心理疾患のおそれがある以上、どの国でもいつの時代でも起こりうる事例なのだろうね」


 相変わらず、雑学は豊富な人だ。

 普通に話をするには面白い人なんだけどね。


「まあ、僕としてはあのゴミ屋敷の住人が、濱田老人を殺害した可能性があるものとして捜査する予定なんですけど」

「そうなのかい?」

「ええ。あの庭に入るためには、屋敷を抜けなければなりません。そうであるのなら、遺体をあそこに放置できるのも彼だけです。まったく関係ないはずがないですから」


 僕の意見を聞いても、警視はつまらなそうに欠伸をするだけだった。


「君がそう言うなら、そうすればいい。ただ、私から一つ忠告をさせてもらえば、この事件を捜査し続ける必要性はないよ。下手にゴミ屋敷の主人を追うと、君が酷い目に合うかもしれないね」

「どういうことですか?」

「さあね。大事なことは自分で考えなよ。―――さあ、私を本庁までパトカーで送ってくれたまえ。電車で帰るのは面倒くさいからね!!」


 こういう風に一歩引いて突き放されると、これはこれでショックだった。


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