第31話 「降三世警視の推測」



「医者ですか……」


 通り魔以外で、山岸の殺害者としては外科医の加藤が怪しいというのは、捜査本部でもささやかれている話だった。

 遺体の内臓を手際よく解剖したりするには、やはり慣れている技術の持ち主でなければならないということだ。

 実際、加藤のアリバイはない。

 ただし、動機が見つからない。

 被害者とは高校時代からの親友であり、これといった確執もなく、かといって金目当ての犯行に走るほど金に困っている訳でもない。

 それに、大学病院の教授選挙にでるぐらいだ。

 スキャンダルは避けたいところだろう。


「確かに人間を殺して内臓を取り出すなんて、普通ではできないことでしょうけど、そんなことを加藤がする必要性がないじゃないですか。しかも、三件も。どこにも動機がない」

「そりゃあそうさ。三件も事件を起こしたのは、最後の一件をなんとしてでも起こしたいからだ。まあ、あまり三件目にばかり目を向けさせたくないだろうから、頃合いを見て四件目も起こすつもりではあるだろう。そうすれば、カメラマンの事件の特殊性は薄れ、捜査の手が自分に伸びる可能性も減る。さすがに、カメラマン殺害だけで終わったら怪しんでくれというようなものだからね」

「……つまり、山岸を殺すために、前に二人も殺したというのですか?」

「そうだね。殺すこと自体は目的ではないだろうけど」


 友人を殺すことは目的ではない?

 警視が何を言いたいかがわからない。

 

「つまり、その外科医のやったことはこうさ。―――まず、二人の人物を殺して、内臓を奪う。発生した事件はあまりに猟奇的だ。なんのために内臓を奪うのかわからないからね。最初のうちは謎にしておく。で、本来の目的であるカメラマンを殺して、今度はニンゲンの歯形をつける。医者だったら、歯形がつけられるようなグッズも用意できるだろう。それを死体に押し付けておくのさ。そうすれば体液もつけずに歯形はつけられる。―――手口が猟奇的になればなるほど、警察もマスコミもそれに飛びつく。人食いなんていうセンセーショナルな部分にね。……当たり前のように世間は恐怖のどん底に叩き落される。内臓を奪うのは、それを持ち帰って食べるためだとね。都会の闇を跋扈する食屍鬼による事件の一丁上がりさ」


 流れはその通りだ。

 三件すべての手口が一緒となった時点で僕らは犯人の目的が人食いにあるのではないかと思いつき、捜査も微妙に方針が決まっていた。

 歯形の部分が偽装のためのミスリードだというのも言われてみれば納得できる。あまりにも露骨すぎた。


「……だがね、人なんてわざわざ食おうと思う奴が、内臓だけをえり好みするもんだろうか。私が捜していた食屍鬼はもっともっと丸かじりだよ。しかも、内臓だけテイクアウトして肉は置いていくなんて、ウーバーイーツでも配達してくれない贅沢さだ。カメラマンの地下室を現場に選んだのはたまたまであってもいいが、他と違ってわざわざ外に放置しておく意味がわからない」

「それは……そうですね……」

「要するに、犯人はカメラマンの腹の中身が欲しかっただけなんだ」

「臓器密売のためじゃないかという推理はでていました」

「四十代の健康でもない男性の内臓なんて売れやしないよ。それに別に内臓だけがニンゲンのお腹の中にあるわけじゃない。腹の中身に異物が入っていることもある」


 ―――腹の中身?

 内臓以外に?

 異物?

 胃の内容物とかだろうか。それ以外に、腹部にあるものなんて……


「あっ」

「そうそれさ」


 警視は自分の臍のあたりを押さえた。


「普通、人間の腹には外部から何かが入るということない。喉を伝わる食べ物と飲み物以外はね。ただし、一つだけ例外がある。腹部に外から異物が混入する場合。腹を裂く行為、つまり手術があった場合だ」

「山岸は以前、加藤の勤務する病院に入院したことがあります……」

「それだな。その時の執刀医がおそらく加藤だったんだろう。そして、その時に加藤はしくじった。何か手術道具を腹の中に置き忘れて、気が付かずに閉じてしまったんだろう。ガーゼや器具といった忘れ物は医療過誤の中でも枚挙にいとまのない事件だ。ただし、加藤からしたら、発覚してしまえば教授選挙に負けるのが決定的になるぐらいのもの―――たぶん、ペアンとかかな―――だった。そして、教授選挙の前にまたも山岸の入院が決まってしまったが、誰にも気づかれずにうまく回収できるかはわからない。しかも、バレたら破滅する。だから、加藤としては何としてでも山岸の腹を裂いて忘れ物をとりださなければならない。―――そのために、わざわざ食屍鬼っぽい事件を引き起こし、手を汚さざるを得なくなった」


 ただ、殺して腹を裂けば「なぜそんな真似をしたのか」疑われるのは明白だ。

 死体を隠すのも危険。

 もし見つかった場合、殺人ならば解剖が絶対になされるからである。

 バラバラ殺人という手もあるが、あれは井の頭公園での事件でもわかるとおりに発覚のリスクが高く手間暇がかかりすぎるし、忙しい外科医ではまとまった時間が採れる保証もない。

 ならば―――


「わかったかね。最初のお塩の見立てあたりでここまで根こそぎ攫っておけば面倒はなかったのさ。お塩もクマも役に立たない連中さ。……ああ、つまらないことに関わってしまった。無駄足だったよ。食屍鬼の仕業じゃないというのは、事件のあらましだけでもわかったのだから、管理室を出る前にゆっくり調べておけばよかった。ああ、徒労徒労」


 そういって、警視は副署長室から出ていった。

 もう止める気はしない。

 あれだけのヒントをもらえばあとは僕たちだけでもなんとかなる。

 相変わらず、おかしな神話の話だけを始めなければ有能な人だよな……



 ―――ただ、少しだけ気になることは残っていた。


 少しして、加藤大介が逮捕された。

 その翌日、僕はとある関係者が失踪していることを知った。



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