第29話 「中身の行方」



「あいつが恨まれるってことはないんじゃねえかな」


 不動産会社を経営する西川幸次は、事務所の来客用のソファーでそういった。

 色白の、どちらかというと体調の悪そうな男だった。

 事前の捜査によると、経営しているビル不動産は順調で、実務は従業員に任せっきりのようだ。


「そもそもさ、ニュースとかじゃあ通り魔の犯行だろうって話だったけれど」

「確かに、捜査方針は通り魔事件となっていますが、やはり被害者のそれぞれの事情も調べなければならないもので。お友達を亡くされたばかりで傷心のことだとは思いますが、ぜひ協力をお願いしたいのです」

「いや、あんたらの立場はわかるよ。ただ、あいつが殺されるようなことはないと思うんだよね。あいつは戦場カメラマン時代に人間の醜さとか散々見てきたから、人間関係はできる限り簡明にして嫌われないようにしているって話していたことがあるし。基本的に、山岸って男は必要のない人づきあいは最小限にする、まあ頑固職人みたいな男だったよ。今でも仲がいいのは、俺と加藤ぐらいなもんかな」

「それでプロのカメラマンとしてやっていけるものなんですか?」

「あいつの主題は人間じゃないからね。そこは戦場で壊れちまったって言ってた。生きている人間はもう撮りたくないんだと。人間撮るぐらいだったらゾンビの方がマシだとか笑ってたぐらいだ。だって、あいつ、奥さんの写真すら撮らないんだぜ。そういう意味じゃあ、親友ながらイカれているなとずっと感じていた」


 西川の話だと、被害者と親しいのは自分と加藤しかいないと言っているに等しく、もし身近な人物の犯行ならばこの親友どちらかの仕業ということになるだろう。

 実際、カメラマンとして専属になっている雑誌社の担当の話でも、被害者と特別親しかったりする人物の名前は出てきていない。

 家庭内の環境を見ても、ありえても妻の多江ぐらいか。


「最近は妙なモチーフを撮影していたと聞きましたが」

「ああ、アレね。うすっ気味悪い合成写真。あいつ、ついにおかしくなったのかと心配しちまったよ。加藤のところに入院するついでに、頭の方も調べてもらえといいたくなったわ。あんたたちも見たんだろ。どうだった?」

「忌憚のない意見を言わせていただきますと、気持ち悪かったですね」

「だろー。あんなの、喜んで見てやれるのは俺たちぐらいだよと加藤と二人で言ってやったよ。俺たちゃあ、餓鬼の頃からあいつの写真に色々と駄目だししていたから、その時期に特にあいつが何を撮りたいのかわかってやれるけれど、そこらの大衆じゃあ無理だろうな」

「西川さんも写真をお撮りなられているんですか?」

「いいや、俺はどちらかというと絵さ。不動産屋ってのは、手っ取り早く稼ぐための生業だけど、本当は絵描きになりたかったんだ。まあ、たいして才能がないから、たまにアマチュア美術展に出したりする程度だけどさ」

「それは凄いですね。では、加藤さんも美術を?」

「あいつはそっちには興味ないな。芸術よりも世俗の名誉が何よりも大事なタイプ。大学病院の教授になりたいのだって、名誉が狂おしいほど好きだからさ。俗っぽいんだよ。そういう意味で、俺たちは正反対だった。俺や山岸には理解できない執着だな」


 被害者と加藤、西川は高校の同級生。

 三人ともそれなりに裕福な家の出身で、わりと好き勝手できる資産を持っている。

 金目当てで友達を殺すという動機はなく、それぞれの会話からどちらかが被害者を殺したいほど憎んでいたという様子も感じ取れない。

 

「画家なんですか。刑事なんかやっていますと芸術文化には疎くなってしまいますのでなんともいえませんね。どんな作品を描かれているんですか」

「新古典主義の中でも幻想的なものを主題にね。ボストン出身の大好きな画家がいて、それに影響を受けたものが多いですよ。『教え』とか『地下鉄の事件』とかが特に好きだな。日本の人は知らないと思うけど」


 あなたも日本人ですよねとは思ったが、特に敵愾心も持たれずに聞き込みができるならうんうんと話を聞いてあげよう。

 大衆とかそういうちょっと上級国民目線の多い相手にいちいち突っ込んでいたら話にならないから。

 

「では、最後に一つ、よろしいですか」

「なんだい?」

「今回の犯人は、山岸さんの遺体の一部を持ち去っていますが、それについてはどう思われますか」


 医師の加藤のときにも試したが、これは一課の先輩刑事によるちょっとしたカマかけだ。

 現代のハンニバル・レクターがいるとしたら、どういう反応を示すのか?

 何か覚えがあるのなら、西川も変な反応をするだろう。

 だが、西川は平然と、


「ネットで見たから知っているよ。内臓まるごと全部だろ? 真面目な話、なんで山岸がそんな目に合わなくちゃならないのか不憫で仕方ないよ。内臓なんか持ってって何をするつもりなんだろうな」


 と、不愉快そうな顔をするだけだった。

 そこに別の意図を読み取れるほど、僕はまだベテランではない。

 ただ、この聞き込みの後、先輩刑事がぼそっと呟いた。


「―――歯形の件はともかく、内臓こっちの発表では、遺体の一部としか報道していないんだが、情報が洩れているのか…… それとも何か知っているのか……」


 前の二件では、心臓と小腸、心臓と肺という内臓の一部だったのに、今回は内臓全部だったことの違いについて公式な報道はこの時点ではなかった。

 ただし、ネットの一部で騒がれていたのは確かだったので、この話だけで西川が怪しいとは言い切れなかったが、容疑者の中に含まれることが決まった。

 ちなみに、西川についても事件当日のアリバイは存在しなかったこともつけくわえておく。



◇◆◇



 捜査は広域に拡大した。

 ここまでの捜査では、被害者の山岸を恨んでいる人物などの動機面での絞り込みができず、前二件同様の通り魔事件としての捜査が続行されることになったからだ。

 捜査本部の人数は倍増され、僕たちの署はいつも見慣れない応援の刑事たちで溢れかえることになった。

 前の二件の本部と完全な合同となり、そちらの所轄の刑事たちが顔を出したりするようになったからだ。

 検察からも長谷川アリ慧検事などが応援にきたりしていて、一気に騒がしくなった印象がある。

 所轄の人間として、僕は彼らのためにお弁当を準備したりする手伝いもしながら、事件の解決に取り組んでいた。


「―――歯形、とりあえず人間のものらしいってことはわかったが、それまでだったな。特定もできやしねえし」

「手口はわりと杜撰に見えますけど、内臓まるまる持ち去った割に血痕はほぼないし、かなり慎重に扱ってますよね。まるでそっちが大切みたいな感じがしますよ」

「前の心臓の件もあるし、臓器密売関連も調べたほうがいいんじゃねえか」

「でも、検死してくれた先生に聞いたら、密売できそうな内臓ってのは、解体してすぐに冷凍する移植用の手間暇がいるらしいですから、あんな汚くてもののない地下室じゃあ絶対に無理でしょう」

「そこは、ほら、あの加藤って医者が怪しいだろ。なんといっても外科医だぜ。アリバイもねえし」

「それだったら、西川もですよ。あいつ、内臓についての捜査秘匿情報を知っていました。犯人でなきゃ知り得ないものです」

「だが、ネットの匿名掲示板には流れていたんだろ? たまたま、目を通しただけかもしれねえぞ。任意同行求める決め手にはならねえ」


 藤山さんと新人君と一緒に僕は休憩用のベンチでコーヒーを飲みながら、捜査状況の確認をしてみた。

 僕たちは基本的に自分たちの管轄で見つかった山岸の殺人についての専従みたいな形になっていた。

 山岸の遺体はこれまでとは少し毛色が違っていたこともあり、そのあたりの差異をどう考えるかで捜査本部の上の方でも見解が別れているらしい。

 下っ端としては言われたことを一つ一つ潰していくしかないのだけれど。


「人間の内臓は血さえ抜けば10キロほどだ。キャリーバッグ一つで運べる。やはり、事件当日の重そうな荷物を運んでいたやつを虱潰しに探すしかねえだろ」


 解体の状況からみて犯人は単独犯だ。

 ただ、徒歩の人物の目撃例がないということは車での移動の可能性が高い。

 だとすると、共犯の存在も視野に入れないと……

 僕たちは現場の刑事としてできる限り頭を使いながら、少しでも早く事件が解決できるように考えていた。

 そのとき、大熊管理官付きの理事官がこちらにやってきた。

 僕を見て手招きをする。


「どうしました?」


 すると、理事官は嫌そうに顔をしかめて、



 と、吐き捨てるように言った。

 藤山さんがため息をつく。

 新人君は首をひねった。

 そして、僕は肩を力なく落とす。


「了解しました」

「―――管理官から、少しでも早くどこかへ連れ出せとのリクエストをもらってきている」

「どこに行けばいいのですか?」

「副署長室だ。今は副署長がいないから、あいつだけしかいない。頼んだぞ」


 返事をするのも億劫なので、僕は何も言わずに副署長室に向かった。

 普段は礼儀にうるさい理事官が何も言わないのは、自分の無茶ブリの酷さに自覚があるからだろう。

 だったら、あんたがやってくれよ、と独り言ちる。

 そして、副署長室にノックをしてから入った。


「おお、久遠くん、久しぶりだねえ。新年の挨拶にもこないで、もう半年も経っているぞ! 警察官としてのけじめがなっていないなあ!」


 警察官を騙る不審者―――もとい、警察官の皮を被った変質者が僕を出迎えた。

 半年ぶりに会う降三世明警視はまったく変わらぬ、邪悪な笑顔で(僕の主観。でも、みんなともそんなに変わらないと思う。人間の集合的無意識とかあったらきっと同じイメージを抱くこと間違いなしだろう)、堂々とソファに腰をかけていた。


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