第6章 木こりは知る、数多の真実

第1話  三角にも至らず


 僅か数分で数十人もの野盗は全滅した。

 命のある者もいるようだけど、やがて駆けつける街の警備隊が全員を捕まえて処刑される運命だろう。

 行いに対する報いを受ける、その事に同情の余地はないが。


「社交ダンスで倒されたっていうのは気の毒かもしれない……」


 冥界の裁判官に「お主の死因は社交ダンスで斬殺或いは撲殺とあるが?」とか聞かれるのかと思うと流石に哀れみを覚える。

 しかし生者たる僕達にはどうしようもない、どうしようもないのだ。


「おふたりとも、とても強かったんですね」


 護衛と紹介されながら護衛としての力を見た事がなかったので素直に感心した、強さを極めた方向性はともかく。


「うむ……」

「どうしたの、ダーリン?」


 圧倒的完勝を果たしたというのに、ナイトソンさんは浮かない顔をしていた。


「ハニー、彼らはかなりの規模の盗賊団だった」

「そうね。殲滅合技『披露宴舞ウェディング・パーティ』で相手したほどだったもの」


 あれ正式な技だったの!?

 どこのなんて流派なの?


「そんな連中が巡礼者狙いの追いはぎをしているのはおかしいと思わないかい?」

「……確かに。割に合わないわよね」


 組織には組織の苦労がある。

 人数が多ければ人数を養うお金が必要なのだ。

 なるほど、巡礼者の路銀で組織を賄うのは無理があった。


「何者かが我々を襲うよう手引きした、そう考える方が──」

「流石だ、騎士ナイトソン。種を明かすまでもなくその結論に至るとは」


 騎士様の推測に誰かの声が割り込んだ。


******


 油断無く剣を構えたナイトソンさんの見据えた先にひとつの影。

 目深にローブを被り顔を隠した、体格からしておそらく男。


「何者だ?」

「ふん、ナイトソン。俺の声を忘れたか」


 ばさりと跳ね除けたローブの向こうには、野性味のある男。

 鎖帷子を着け、褐色に焼けた筋肉質の偉丈夫。

 騎士様に匹敵する戦士然した男だったが、尖り鼻がなんだか迫力を愛嬌に変えてしまっている。

 

 しかしナイトソンさんは驚いた声で


「パーディン!? お前、どうしてここに」

「……誰さん?」

「確か、お城付の騎士様だったかと」


 リーズナブル! 人間関係が把握し易い。

 つまりナイトソンさんの同僚だと


「いえ、ナイトソンさんは特に優れた騎士から選抜される近衛騎士なので正確には“元”同僚かと」


 世知辛い。


「パーディン、どうして」

「お前達の監視役に志願したのだよ」

「なに?」

「神託により過度の干渉は禁じられたが、参事官殿は最低限の監視兼護衛役を配した。俺はその統率官というわけだ」


 なるほど、そういう事もあるか。

 リーズの未来予測の件を見てもサンジカンさんは王国のため出来るだけの手は打っていたようだし。


 しかし、だとすると先の発言はどういう意味だろうか。

 あれではまるで


「パーディン。お前が野盗達の手引きをした、そう聞こえたが?」

「所詮は傭兵崩れの一団、お前に傷のひとつも負わせられなかったようだな」

「意味と理由を聞いている」


 迫力に怒気が滲む。

 それはそうだろう、王国の騎士が僕達を襲わせた事を認めたのだ。


 そしてこの事実はひとつの疑惑を匂わせる。

 もしやこれは意図の分からぬ神託をご破算にするサンジカンの謀略なのではと。


「ふん、ナイトソン。全ては貴様がいけないのだよ」

「なに?」

「この俺からアコちゃんを、アコットを奪ったお前がいけないのだ!!」


 …………うん?


「俺とアコットは同じ幼年学校に通う生徒だった。誰もが羨む美男美女のカップルだった! それをお前が、お前が現れたせいで……!」


 あれ?

 あれれ?

 聖剣や王室、神殿の思惑とか関係なくない?


「……ただの私怨?」

「かも、しれませんね……」


 いやいやいや、それはどうなの。

 自分でいうのも何だけど聖剣が折れたのって国家の一大事なのでは。

 それにかこつけて監視の人員を操れる状況だからって知人の暗殺とかまさか。


「この機にお前を屠り、アコちゃんを偽りの愛から解放するのだ!」

「あかん、ド直球だった!!」


 恋は盲目というが、ちょっと騎士に向いてないレベルの視野狭窄なんじゃないでしょうか。


「アコットさん、あっちの騎士も知り合いなんでしょ? どうにか出来ないんですか」


 ナイトソンさんとアコットさんの愛が偽りだったら僕達は呼吸困難に喘ぐ事はなかったよね、と思いながらも一応制止を促してみる。

 そんな2人の愛に挟まれた魅惑の美女は


「申し訳ないのだけど、私、あの方を知らないのよ」


 そ れ は ひ ど い 。


 色々間違ってるとは思うけど愛ゆえの暴挙に出た人を覚えてないと。

 脳がナイトソンさん一色に染め上げられた結果、過去を失ったと申しますか。


「そもそも私は子供の頃から神学校に通っていたから、幼年学校に通った事は無いのだけど」


 ………………ううん?


「幼年、学校、通って、ない?」

「ええ。こう見えてもエリート教育を受けてたのよ?」


 それはあの強さを見れば納得ですが。


「でも半月くらいかしら、交流学習の一環で幼年学校に交換留学した事はあったけれど、まさかね」

「俺は忘れもしない! 『神学校のアコットです。よろしくね』と言った時の彼女の瞳に宿った愛を! 俺に向けられた、その愛の大きさを!!」


 そ の ま さ か 。


「それをお前は、俺より先に城勤めになったをいい事に、彼女に近づき、打ちのめし、篭絡し、その心に屈服を強いたに違いないのだ!」


 尖ったお鼻の騎士さんが何やら熱弁していますが、前提が妄想だと明らかになった以上、出来の悪い道化芝居でしかなくなりました。

 だって道化芝居は笑えるんですよ?

 彼の語る一方的な思慕は、スティーブが妹にプロポーズした件より笑えないんですけど。


「その上、貴様が聖剣の『抜剣者』のお供に選ばれるだとぉ!? この俺から愛を奪った上に名誉まで己が手柄にしようというのか! 許せん!!」


 もうやめて!

 僕の中の「恋愛関係でやらかしちゃったランキング」を更新しないで!

 堂々の1位だったスティーブを上回る、或いは下回らないで!!


「だいたいアコちゃんもアコちゃんだ、俺というものがありながら都会育ちのボンボンに一時でも目を奪われるとはふしだらにも程が」

「パーディン、貴様、彼女を侮辱したな」


 黙って尖鼻騎士の妄言を聞いていたナイトソンさんが猛烈な怒気を発する。


「騎士パーディン、貴様に決闘を申し込む」

「ほう、いいだろう。経緯はどうあれ決闘の末に死んだとなると、罪に問わる事はないからな」


 互いに剣を抜き、距離を置いて対峙する騎士と騎士。

 始まりは実に馬鹿馬鹿しい因縁だったが、意外と決着は騎士らしい方法で落ち着きそうだ。

 それはいいのだが。


「これ、僕、まっっっっっったく関係ないよね?」


 折れた聖剣を巡る王家の陰謀、神殿の暗躍、魔族の跳梁。

 懸念された事態とはまるで関与しない、ひとりの騎士の横恋慕が起こした襲撃事件。


「ファイト、ダーリン♪♪♪」

「……まあ、何もない方がいいじゃないです、か?」


 泳いだ視線で慰めてくれてありがとうリーズ。

 こういう時のアコットさんはダーリン以外興味ないから君だけが頼りだ。


******


 妹よ、あれ以降もスティーブと普通に接している妹よ。

 兄はまたひとつ要らぬ知識が増えてしまった。


 人の体って、鉄の鎧ごと真っ二つになるんだね。

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