第3話 どちらが穴に嵌ったか?
行き倒れの爺さんを助けたら宝探しの夢追い人だった。
さあどうする?
「くそう、若造め、ワシの宝を狙ってやってきた賊だな!?」
爺さんは素早く跳び上がり、距離を置いてショベルを構えた。その姿は外見年齢からすればそこそこサマになっていたと思う。
……いや、あれくらいなら僕にも出来るだろうか?
「なんで斧構えてるんですブロウさん」
「目には目を、道具には道具かなって」
「やめてください、話がこじれそうですから!」
叱られた。でも可愛いから怖くない。
「あの、ご老人?」
「初めから親切顔で近付いてきておかしいと思ったんじゃ! お前たちのようなを信用したのが馬鹿じゃった!」
「いや、貴方が勝手に行き倒れて僕達に水と食料を無心しただけでは?」
「ええい黙らっしゃい! 悪党ども、覚悟しろ!」
気遣うナイトソンさんの言葉にも居直り強盗に近いような剣幕で怒号を発する。もはや聞く耳を持たないこと必至。
振り上げたショベルの刃が薄暗く煌めくも、そこはプロの騎士。まるで動じた様子もなく斬りかかられれば一瞬で鎮圧しそうな雰囲気であるが、無駄な労力を割いても良いことはない。
僕は優しく暴れる寸前の爺さんを鎮静化すべく一声かける。
「爺さん、ひとつ聞いておくけど」
「なんじゃ強盗!」
「そもそもの話、お宝なんて一個でも見つかったの?」
爺さんは倒れた。かいしんのいちげきだ。
「あ、悪魔め、ひどいことを言いよる……!」
「根本的な話では?」
呆れる僕を余所に、こんな狼藉爺さんを介抱してあげてるアコットさんは天使だと思う。ラブラブバカップルぶりが全体の8割を占めなければ背中から翼が生えてくるだろうに、いや本当に。
言葉の暴力でノックアウトされた爺さんの身柄は彼が使っていただろうテントに運び込む。ところどころに残る生活の痕跡からして本当にここに滞在、短くない期間を暮らしていたのだろう。
「くっ、刀折れ矢尽き、水も食糧も失った。ワシはここで全てを奪われて殺されるんじゃな」
「その台詞はせめて何か奪われる価値あるお宝を見つけてから言うべき」
あと軽々しく刀折れたとか言わないで欲しい。本当に大変な目に合うんだぞ。
ただの木こりが国難のど真ん中に巻き込まれたような感じで。
「そもそもどうしてこんな何もなさそうな場所で宝探しなんか」
「ふん、これから無学な若造は。もっと歴史に興味を持たんといかんぞ」
「歴史……?」
僕のイメージでは宝探しとは遺跡荒らしとイコールなところがある。
いわゆる古代魔法文明期。
今よりもずっと昔、 建国王アーネリア1世が魔王を討つよりも遥か昔、魔法技術に通じた時代の遺物を掘り当てるのが一般的な想像図だ。世に普及している絵物語などでも凡そそんな感じで描かれている。
「よいか若造。ここはの、伝説に謳われる魔族との戦いがあった古戦場なのじゃ」
爺さんは偉そうに語りだす。
ああ、これ村の村長さんと同じ顔をしている。どうして年寄りは若者を前にすると張り切って昔話と自慢話をしたがるのだろう。
「地に這い空を覆いつくしたとされる魔族魔物の異形達、時の王ハーヴェイはこれを迎え撃つべく軍勢を集わせたのがここゲータル平野」
「……そうなの?」
「今は違う土地名ですからなんとも」
ひとり楽し気に朗々と語る爺さんが開陳した知識に物知り魔術師リーズすら小首をかしげる。
「それに魔族の大軍は一時期大陸の半分を支配したとも記録されているので、ここも古戦場だと言われれば半分は正解なのかなって」
「うおっほん!」
適当に土地を指さして「古戦場!」と言えば50%は当たるらしい。偉そうに講釈たれていた爺さんが顔を背けて白々しい咳ばらいをした。
相手が悪かったね爺さん、この子は似非インテリ爺さんと違って王立魔術院のエリートなんだ。道すがらの居眠りがチャームポイント。
「居眠りではないです……」
「とにかく! ワシの手に入れた当時の書物によればこの一帯は周辺域の橋頭保。故に当時の王国はこの地に砦を築き防衛の要にしたとある!」
テントから引っ張り出して来た巻き物を片手に名誉の挽回を図る爺さん。
材質は紙ではなく羊皮紙っぽく、まあまあ古めかしい雰囲気を出しているように見える。
「どうじゃ、ワシが狙うのはこの古城の財宝よ!」
「リーズ、採点を」
「古本だと紙での製本技術の問題で偽物率が9割だったんですけど、スクロール形式なのはポイント高めです」
「お、おお、本当か!」
「何故信じてたはずの爺さんが安堵しつつ喜ぶのか」
自分の根拠を信用してなかったことになるのに正直な反応すぎる。むしろ巻き物を押し付けて解読お願いしますって勢いである。
何を紐解いて穴を掘っていたんだと言わざるを。
「……うーん、確かに地図併記ですけど地形情報が変わり過ぎてて精度的にはあんまり当てには」
「な、なんじゃと!?」
「総評すると、これは報告書ってよりは誰かの日記ですね。内容が牧歌的ですし当時の兵士が適当に書き遺したものかもしれません」
「なん、じゃと……?」
古書の価値はそこそこ、保存状態もいまいちで総額は二束三文だという。流石はエリート魔術師即ち学者、古物の目利きも出来た上に容赦は無かった。
「じゃ、じゃがここには城が!」
「わたしは軍事の専門家ではないので、そこまでは……」
「『ミルロディア砦』。ええ、確かにそのような名の一夜城が存在した記録に覚えはありますね」
リーズに変わって補足したのは騎士ナイトソン。佇まいから醸し出す立派な騎士感は色ボケを除けば優秀有能な軍人、だと思う。
以前も公道に関する国家経営視点の蘊蓄を披露してくれたナイトソンさんが軍事的知見を述べる。
「建国王が起つ前の時代、聖剣の加護を得られる前の時代。魔族の攻勢より都市の被害を避けるべく一時的な拠点、いわゆる『一夜城』を幾つも築いたのは歴史的事実として痕跡を残しています。ミルロディア砦もそういったひとつだったかと」
「そ、それ見た事か若造! やはり城はあったのじゃ!」
「しかし一夜城は仮の宿、野戦のために軍勢が留まるだけの代物。そこに金銀財宝や軍資金を運び込む理由は全く無いというのが私の知見だね」
「ぐぬぬぬ!!」
騎士にして優秀な軍人のナイトソンさんの断言はごもっともである。
歴史と軍事、2人の専門家によって爺さんの夢が粉々に砕かれていく。少し可哀想だがそれ以上にちょっと面白いと感じたのは非道が過ぎるだろうか。
「爺さん、隠居の身で夢追い人に生きるのはいいけど飢え死にしかけるのはどうかと思うよ」
「ふん、誰も助けてくれとは言うとらんわい」
「思いっきり食べ物をくださいって懇願してきた気がするんだけど」
「やかましい! 理由が分かったならさっさと立ち去れ! ワシは忙しいんじゃ!!」
これ以上は聞く耳持たない顔で爺さんはテントの入って横になった。食うもの食ったから寝る、苦境に手を出し述べた僕達に対し極めて不遜な態度。
人間、年齢を重ねても礼儀は身に付かないのかもしれない。まさに反面教師、こうはなりたくないものである。
「別段危険人物というわけでもなさそうだ。私達も街道まで戻るとしよう」
とんだ寄り道をしたものだ、と先頭を切る騎士様と聖女、続いて僕達ひ弱コンビが後を追う形なのだけど。
「……リーズ?」
いつもは舟を漕ぎながらも迷い無い足取りで歩いてくる魔術師が立ち尽くしていた。
何故だろう、寝付けないのだろうか──そう振り返って確認した先、なんだか苦いものを飲み込んだ顔でリーズが僕を見ていた。
「えっと、ブロウさん、わたし達の巡礼には関与しないですけど」
「うん?」
「でも多分、黙っておく方がブロウさんは怒ると思うので打ち明けます」
「うんん??」
「あのお爺さん、ここで死んでしまいます」
妹よ、兄より優しく人の出来た妹よ。
この場面は可愛い子が僕の人間性を善性だと信じてくれたんだって喜ぶべき場面だよね?
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