第1章 旅立ちは木こりに荷が重い

第1話  お城に招かれるのは本当だった


 僕の友人、スティーブは言った。

 『選定の剣』を引き抜く事が出来ればお城に招かれると。

 中には騎士になったり、お姫様を嫁にした人もいたのだと。


 確かに招かれた、招かれたよスティーブ。

 でもひとつだけ違っていたのは、引き抜かなくても招かれた事。


 妹よ、おお故郷の妹よ。


「兄は逮捕されてしまったのだ」


 あれから色々な事が起きたような、僕に関しては極めて単純な扱いを受けたというような。


 何がどうなって『選定の剣』が折れるような事態が起こるのか、戸惑いの中で棒立ちになっていた僕は騎士達に連れられ、気がつけば城内の一角に監禁されていたのだった。

 文字通り現行犯の緊急逮捕な扱いだが、閉じ込められた場所は地下牢などではなく広く簡素な一室。


「とりあえず軟禁って事でいいのかな」


 少なくとも手枷足枷をつけられての重犯罪者扱いでない事に安堵する。

 そうなると不可解な現状について思案を巡らせる余裕も生まれてきた。


「そもそも聖剣が折れるってどういう事なの」


 僕が連行されたのはあれが原因なのは間違いない。


 だけど仮にも聖剣がああも簡単にへし折れる事が有り得るのだろうか。 

 伝説によると魔王の剣を砕き、魔王の大破壊魔法を切り払い、魔王を打ち倒した英雄の剣。

 それがちょっと木こりが本気を出した程度でポッキリ折れるなんて。


「まさか、僕の腕力は魔王の剣より強かった……?」


 そんな馬鹿な図式が成り立つ恐るべき状況。


「……いや、そもそもあれが本物だったって保証もないか」


 建国王の偉業を模した成人の儀式と化していた『選定の剣』。

 そんな成人おめでとう行事に本物を使う必要はないといえばない、本物はお城の宝物庫で厳重に管理されているのかもしれない。


 偽物を使った形だけの儀式、それを僕がへし折ったせいで色々と気まずい事になった、というのはどうだろう。

 本物が折れたというよりは説得力もある。


「まあ、それでも儀式が台無しになったのは変わらないか」


 今まで偽物を使っていたのがバレた問題、そして今後どうするのか問題。

 きっと僕には分からない難しい政治が絡んであれこれ揉めると思う。


 そこにたまたま剣をへし折った僕が深く関わる事はないだろうけど、剣が偽物だったのを証明してしまった立場としては何を求められるのか。

 

「誰にも話すなよって念押しされるだけならいいんだけど」


 結果、先行きは全く見えない事には変わらず。


「スティーブ、僕の事を上手く妹に説明してくれるかな」


 もっとも、どう説明するのが一番上手いと言えるのか、僕本人にも見当がつかなかった。


****** 


 窓から見える外が随分暗くなった頃。

 軟禁されたままでも食事の世話はしてくれた事に安堵し、いつもより豪華な夕食にありついてから1時間ほどした後だろうか。


 僕だけが占有していたそれなりに広かった空間は、今では大勢のひしめく手狭な場所へと早がわりしていた。

 十数名が詰め掛けた中、大半は鎧を着込んだ騎士である。次に多いのはいかにも神官らしい人達。

 他にも魔術師が着るようなローブ姿の人が幾人か。


 けれど、そんな中でとても気になる格好の人物。


 騎士達の中でも一際立派な鎧の騎士、騎士オブ騎士とでも呼べばいいのか、とにかくそんな騎士を左右に侍らせ、他所から運んできた立派な椅子に座った、これまた立派な髭を蓄えた初老の男性。

 質素だけど上品そうな服装はともかく、とてもとても気になるのが頭に乗っかった王冠に目を奪われる。


「……王冠?」

「控えよ、ザクセン陛下にあらせられるぞ」

「へいか? 陛下って…………おおお王様!?」


 脇に控えていた執事っぽい人の言葉に打たれ、反射的に平伏する。

 僕の人生に直接関わりのなかった王家の人間に対する「頭が高いので控えまする」心、意外とそんなものがあったのだと僕自身が割と驚いたりもした。

 ……まあ勿論、周囲の人々の威圧感が怖かっただけかもしれないけど。


「よい、気楽にせよ」


 王様は優しげにそう言ったけど、村の集まりで村長が「無礼講だ」といって本当に無礼を働いても許された事はないのだ。

 頭は上げたが床に正座したままで様子を伺う。


「ふむ、そなたが『選定の剣』を折った者、か」

「え、え、あ、あ、は、はい」


 王様の声に怒っている雰囲気はなかったのだが、問われた内容はまさに僕の問題行動である、舌がもつれた事を誰が責められよう?


「ふぅむ」


 髭を撫でながら王様は僕を見下ろしたまま沈黙し、


「であれば神託に従う他無し、であるか」

「御意」


 ぽつりと漏らされた言葉に執事っぽい人が頷いた。意味は分からないが何か重要なことが決まったような。


「後のことはセバス、お前に任せる」

「はっ」


 王様は立ち上がり、ばさりとマントを翻し、豪華な鎧の騎士達を引き連れて簡素な部屋を後にする。

 

「……おっと、これだけは余の口から告げるべきだろうな」


 戸口で足を止めた王様は僕を顧みて


「あの剣はな、   で あ っ た の だ よ」


「………………は?」

「ではセバス、任せる」

「ははっ」


 深々と頭を下げていた執事さんと共に、僕は大口を開けて王様の退室を見送っていた。


 妹よ、聞いてくれ、この場にいない妹よ。

 あの剣は、あの剣は!


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