第5話 彼女と僕の言うべき言葉
草木も眠る深夜過ぎ。
僕達はひっそりとアーネリア王城へと帰還した。
往路の2ヶ月に対し、復路は僅か数秒で終わった。
神殿から王都に直通の転送門を使わせてもらったからだ。
本来ならば僕達はサンジカンさんに帰還の報告をすべきなのだろうが、まず足を向けたのは城付の大神官宅。
普通ならとっくに床についているだろう時間、大神官は僕達を待っていた。
こちらが訪ねてくる事は事前に神殿から知らされていたのだろう。
人目を忍んでの帰還と併せ、全てを秘密裏に済ませるために。
「委細承知しております、後はお任せください」
彼は朗らかに頷き、後の事、即ち聖剣が折れた事を前代未聞の変事だと思っている人向けの工作を引き継いでくれた。
下手に僕達が事情を言い繕うより、建国以前から嘘をつき続けてきた人達の方が上手くやってくれる事だろう。
こうしてアーネリア王国で一部の人の心を騒がせた、ちょっとした事件は終わりを告げた。
僕達の旅、不良品が壊れたので代わりを取りに行っただけの旅もまた。
終わったのだ。
******
清々しい達成感とはいかないまでも、それなりの開放感を味わった後。
夜も遅く時間も半端、あてがわれた一室で仮眠でも、と思っていたのだが
「ブロウさん、ちょっとよろしいですか?」
どこか真剣な、いや、深刻な表情をしたリーズに誘われ、僕は城の中庭だろう場所に連れてこられた。
今朝は曇るのか、天には朧月。
暗くはないが明るいとも言えない、旅を終えた心境に似た空模様。
憩いの場らしく植え込みやベンチも置かれているのだが、彼女は座ろうともせず僕と対峙する。
「ブロウさん、あなたに打ち明けないといけない事があるんです」
僕への恋心かい、ベイビー。
そんなハニダリアンジョークを飛ばせる雰囲気でない事だけは確かだった。
道中の快活さを無くしたように、彼女の表情は苦悩に彩られていたからだ。
「神殿への旅に際し、わたしはセバス参事官にある命令を受けていたんです」
「ほう」
「あなたの動向を見張り、監視し、魔族と接触を持つ場合は適切に対処せよ、と」
「ほう」
ぐぐっと歯を食いしばるようにして、リーズは己の任務を告げた。
「わたしは、旅の護衛であると同時に、参事官の密命を帯びた刺客でもあったんです」
******
「ああ、やっぱりそうだったんだ」
「…………は?」
深刻な顔をしていたから何事かと思ったら今更そんな話だったとは。
「え? あれ?」
「うん、そんな話は聞いてたけどこっちから尋ねるわけにもいかなかったし、僕には疑われて困る事もなかったから別にいいかなって」
「聞いたって、いつ、誰からですか!?」
「ナイトソンさんとアコットさんに、お産事件の後」
「な、何故あのお二人が!?」
「あの2人もサンジカンから僕を見張るよう個別に命令されてたんだって」
個別に命令されたのだが、そこは以心伝心のバカップル。
お互いが隠した任務に気付き、それぞれが互いに打ち明ける形で任務の存在を認め合い、2人して僕の人となりを分析した結果『魔族と関わりあろうはず無し』と結論付けてくれたのだ。
「『我々に密命が出ていたのだ、リーズも同じ命令を受けているかもしれないが、彼女を悪く思わないでやってくれ』ってさ」
「わ、わたしの罪悪感はいったい……」
緊張の糸が切れたのか、リーズはベンチにへたり込んだ。
どこまでも生真面目な彼女の様子につい頬が緩む。
「今更バラす事もなかったのに」
「いえっ、それが……」
僕のツッコミに顔を上げた彼女から既に今までの深刻さは消えていた。
代わりに浮かんだのは、
「先に今の話を打ち明けないと、その、予測が」
「予測?」
「え、ええっと、その」
挙動不審な態度と定まらない視線。
未来予測。
魔術師リーズの得意技、先に起こる出来事を確率順に読み取る事。
「ああ、僕からも君に話があるのが予測でバレてたのか」
「…………はい」
観念したように頷く少女。
「本当なら明日、いや、今日の朝に言おうと思ってたんだけど」
「その前に、わたしがやっていた事を言わないと、内容に影響しますから」
リーズナボォ。
彼女が何故今になって罪の告白(だと本人は思ってた)をしたのか理解できた。
僕がこれからする「お願い」は、もし僕が彼女に嫌悪の感情を向けるなら有り得ない事だと予測したのだろう。
だから先に罪の存在を明かし、僕が「お願い」をする価値があるかを考え直させるために。
本当にこの子はいい子なのだ。
「じゃあリーズ、単刀直入に言わせてもらう」
「ッ」
リーズが小さく息を呑む、僕の緊張が移ったのかもしれない。
でも仕方ないのだ、これから紡ぐ言葉は僕としても人生初の台詞。
口にしてしまえばどんな反応をされるか、あとは野となれ山となれ。
……まあリーズには内容を予測されちゃってるんだろうけど。
「リーズ、もしよければ僕と」
「僕と、文通してくれないだろうか」
ずんがらどべっしゃ。
中庭の遠くで繁みが激しく揺れた。
まるで覗きをしていたバカップルがヘタれた提案にずっこけたような音もしたが、今は存在をスルーだ。
今の僕にはこれが精一杯。
この2ヶ月で僕は彼女と旅をし、打ち解け、それなりに仲を深めたと思う。
或いはここで僕が「こいつ、俺に惚れてるな?」と勘違いできる器ならもう少しやり様があったのかもしれないが、尖鼻の騎士が辿った顛末を見て自惚れられるほど僕の肝っ玉は大きくなかった。
リーズが僕をどう思っているのか、分かりようもない。
しかし僕が、僕自身がこの子との縁を失いたくないと思っている。
だからこれが逸る心と抑える心の妥協点。
「トート村は田舎だから頻繁に手紙は出せないかもだけど……どうだろう?」
僕の提案を予測していたはずのリーズは、何故かキョトンとしていた。
2、3度まばたきしてからようやく
「……はい、喜んで」
「ウィナー!!」
これは人類にとっては小さな一歩かもしれないが、木こりにとっては大きな一歩であった。
達成感に満ちた僕の様子を見てリーズが微笑む。
かわいい。
いや落ち着け、せっかく抑えた自意識を解き放ってはなりませぬ。
「そ、そういえばリーズ、なんか驚いてなかった?」
「え?」
「いや、文通の話をした時、予測してた割に驚いてたような気がして」
冷静さを取り戻すべく、なんとなく向けた話の矛先。
深い意味のなかった問い掛けだったのだが。
突然リーズが立ち上がり、僕に背を向ける。
「少し夜更かししすぎましたね。そろそろ戻らないと朝が辛いと思います」
「う、うん?」
露骨に話を変えられた。
何か聞いてはいけない事だったのだろうか。
僕の疑問を余所に、リーズはそのまま城内へと体を向けて
「……予測、少し外れたんです」
「うん?」
「『僕と、村に来てくれないか』、そう言われると思ってたんです」
「……うん???」
「どう返事をすればと迷ってたんですけど、必要なかったですね」
少し振り返ったリーズは頬を染めた顔で笑い、早足で城へと戻っていった。
その場に残された僕は考える。
考える、考える。
「あれ、ひょっとして思ったよりも脈が──」
そこまでだ。
落ち着け勘違い野郎、迷ったのは断り方かもしれないんだ、そんな都合のいい意味じゃないかもしれないだろ!!
******
木こりの青年ブロウと魔術師リーズ。
本来なら出会う事もなかったはずの2人は奇妙な旅の果てに縁を結ぶ。
2人の関係が今度どうなるか、それは予測しても分からない。
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