第3話 それぞれの憂鬱
ちょっとした好奇心が政治の圧力を垣間見せてくれた。なんという世界。
「……まあ最初から断れるとは思ってなかったので自主的に行きますよ」
「話が早くて助かる」
「ただ旅の間、僕と妹の生活は保障してくださいよ? 危険手当なんかもあるとなお嬉しいです」
「しっかりしておる」
こうして僕は旅に出る事になったのだ。成人するまでは旅どころか村と山以外にほとんど出歩いた事もない人生だったのに。
神殿への旅、それが不回避だと覚悟はないけど仕方ないと飲み込むと、また別の不安がやってくる。
ただしこれは心配してしかるべき問題。
「もしかして旅に出るのって僕だけなんですか?」
建国王の頃と異なり、今は魔族が世界を闊歩する時代ではない。
それでもひとけのない山地や森林には魔物が棲み、街道沿いを狙った山賊・夜盗の類が出没するのも事実。
道中の安全をタダで買えない時代なのは変わらないのである。
「それだと生きてたどり着ける確率が極めて怪しく」
「その点は問題ない」
神託の不可解さと異なり、僕の不安に対して万事分かっていると頷いてくれるサンジカンさん。
「神殿も数名の随行は認めておる。お主につける護衛はこちらで選別中である、安心するがよい」
「そ、そうですか。それなら、まあ」
雲の上の判断で僕が大神殿まで出向く事はとても重要らしいのは間違いないっぽく、それを望む王城の偉い人が安全対策を保障してくれたのだ、であれば信じるしかない。
「出立は明朝。今回の変事について、陛下も神殿の下す最終判断を早くお知りになりたいとの事でな」
「はい、それは大丈夫です。体力はそこそこ自信あるんで」
訳の分からない事態に一応示された方針を、僕はひたすら肯定し続けた。何しろお城の偉い人達にも訳が分からないのだ、木こりでなくともこの場で最適で有効な意見などをひねり出せるわけもない。
状況に流される、それ以外に何が出来ようか?
「では今宵は英気を養い、明日からの長旅に備えてくれたまえ」
僕に告げるべきを告げたサンジカンさんは騎士達を引き連れて退出していった。
あの物々しく、しかしその場に居ただけで何もしなかった騎士達はひょっとして一足先に席をはずした王様やサンジカンさんの護衛だったのだろうか。
こんな一介の木こりに大袈裟なとも思ったが、よくよく考えると魔王を討った聖なる剣をへし折った怪しげな男との顔合わせでもある。
「まあ、そう考えると当然の警戒だったのかも」
実際は何故剣が折れたのか見当もつかないし、折った後にゴゴゴと謎の力が湧くわけでも、秘めた悪魔の本性が目を覚ましたわけでもなかったのだが。
妹よ、故郷で平穏に浸る妹よ。
「兄はちょっくらジュンレー者になってくるわ」
いや、それともジュンキョー者だったかな?
★★★★★★
夜半過ぎ。
様々な雑務を終え、自らの執務室に戻ってからも参事官セバスは床に就くことなく此度の一件に深く思案をめぐらせていた。
不可解だった、これは極めて不可解な事態だった。
聖剣が折れた、この非常事態に神殿の意向は当事者の徒歩での出頭。
どう短く見積もっても2ヶ月はかかる旅となるだろう。
そう、2ヶ月以上、2ヶ月以上だ。
建国王の聖剣、魔王を屠ったとされる世界の宝剣が壊れるという惨事に際してあまりにも悠長が過ぎるのではないか。
しかし神託に間違いなどは考えられない。矮小なる人の身には与り知れぬ、大いなる意思が関わっているのかもしれないのだ。
そのような前提を置くと、ひとつ見えてくるものがある。
神殿の提示した旅の随行者、その人数と役割。
これの意味するところ、まさかとは思うが。
「……失礼します」
思案を中断させるノック音と共に開く扉。
その向こうに立っていたのは没個性な暗色のローブを着込んだ影ひとつ。
音もなく室内に滑り込んだその者を参事官セバスは咎める事もなく、
「で、お前から見たあの者はどうであった?」
目深く被ったローブで顔も見せない誰かに何者かを尋ねることすらせず、ひとつの問いを発した。
「……特に」
「そうか。尚のこと神殿の真意は掴めないという事か」
聖なる剣が折れたのだ、それを為した者に魔なる気配のひとつでも感知できるかと思ったが、当ては外れたらしい。
半ば失望を覚えつつ、容易く見抜ける何かがあればそれこそここまで思い悩む案件ではあるまいと納得もする。
「では予定通り、お前に旅のお供を命ずる。少なくとも神殿までの道のりは護衛に徹し、不穏の予兆があれば随時報告せよ」
「……了解」
ローブ姿は微かに頷き、入室した時よりも静かに、そして素早くその場から消え去った。
再び自室にひとりとなり、参事官セバスは大きく息を吐いて目を閉じる。
「神殿の意図するところ、それは分からぬが」
心を落ち着かせ、双眸を見開いた彼は
「何故に私の代でこんな変事が起きるのか。胃の辺りがキリキリするわ」
胸中に秘めた本音と胸下の胃痛を抱え、王国への忠誠の言葉を紡ぐのだった。
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