第2章 木こりの仲間は3人

第1話  能力主義はいかんと思うのです


 翌朝。

 空は高く、どこまでも青かった。

 まるで僕達の旅立ちを祝福してくれているような、裏門からこそこそ出発する旅の始まりには似つかわしくないような。


「言うまでもないが、本物の聖剣が折れたという事実は秘中の秘」


 旅立ちの見送りはごく数名、その中にサンジカンさんが含まれているというのは、実のところ凄い事なのかもしれないと思ったり。

 おそらくお城でもかなり偉い人のようだから。


「城内でも一部の者しか知らされていない。当然、神託に基づく関係者の出立など大っぴらに出来ぬという事だ」


 僕の顔に不信不満でも浮かんでいたのか、ジロリとひと睨みした後に状況を補足してくれた。


「折れたのは儀式用の模造品、こうお触れを出せば皆そちらを信じるだろうし、現にそれで騒ぎは収まっている」


 それはそうだ、僕も偽物だと思っていたのだから。本物がぽっきり折れたなんて方が現実味に欠ける。


「いずれにせよ、お主が気にすべきは大神殿まで大過なく辿り着けるか否かだ」

「そ、そうですね」


 荷物を背負い直しながら頷く。

 今の僕は着慣れない旅装を身に着けていた。厚手の服に外套、食糧や薬、折れた剣などの入った背負い袋、


「そして斧……」


 故郷に置いてある愛用の斧に比べるとやや小ぶりだが、大きさ以上に軽く感じる。それでいて重心はしっかりしていて振り易いときた。


「これはいい斧だ。でも何故に斧?」


 僕にとっては生活を支える大事な道具だけど、さて、これは旅に必須の道具なのだろうか。


「お主は木こり。ならば使い慣れた武器といえば斧だと思ったのだが」

「それはそうですけど、武器として使った事ありませんよ」

「道中、魔物や野盗の類に出くわさんとも限らん。護衛はつけるが、自分の身を守る武器も必要だ。違うかね?」


 サンジカンさんのおっしゃる事は分かるのだけど、護身具なら短剣とかそういうのが妥当なのでは!?


「下手に使い易く、そして使い慣れてない武器だと『素人の生兵法』になりかねん。護身に専念するなら慣れた武器の方がよかろう」

「そ、そうか、な?」


 武器にもなる道具なら、僕にとってはナイフよりも斧の方が身近なのは事実。けれど納得できたような何か丸め込まれたような不思議な気分。


「まあ不測の事態に対し、本格的に火の粉を払う必要があれば、お主は彼らを頼ればよい」


 そういってサンジカンさんは、僕と似たような旅装の3人を顧みた。

 3人の内訳は男ひとりに女2人。


「彼らがお主を神殿まで護衛する『旅の仲間』だ。ひとりずつ紹介しよう」


 まず最初に紹介されたのは、僕より少し年上だろうと思われる、体格の立派な威丈夫。腰には剣、手足には金属製の防具、特に左腕の篭手には小さな盾らしき楕円形の金属板が備え付けられていた。


「彼はナイトソン。近衛騎士団の一員で、剣士としての腕も確かだ。道中に武器を振るう必要が生じた場合、彼に判断を任せればいい」

「ナイトソンです、よろしく。神殿までの道中、護衛はお任せください」

「はい、こちらこそ」


 金髪碧眼に涼やかな笑顔の似合う、お城の女性陣からも熱い視線を送られている事が容易に想像できる、衣装は白くないけど『白騎士!!』って感じの印象を放つ実に爽やかな騎士様だ。


「こういう人が剣を抜いていれば、世の中平和だったのに」


 聖剣も自爆芸をしてまで何故にイレギュラーを望むのか。


「では次だ。アコット」

「はい」


 次に紹介されたのは旅装に聖印、神に遣える者である事を示した意匠を胸につけた女性。


「彼女はアコット。見ての通り、神殿に勤める女神官。癒しの術の使い手として同行してもらう」

「アコットです。神殿までの道案内を任されました、よろしくね」

「は、はい、こちらこそ!」


 年の頃は騎士ナイトソンと同じくらいだと思う。

 質素な格好なのに風に揺れる茶色の髪がどこか色っぽく、それでいて満面の笑顔はどこまでも穏やかで秀麗。

 向かい合うだけで分かるたおやかな物腰、化粧っ気がなくとも充分に際立った目鼻立ち、濡れたように赤く柔らかそうな唇。


 妹よ、今でも可憐な妹よ。

 この人は兄が出会った中でもトップクラスの美人さんだと確信した。

 お前もいずれこうなるのだろうなあ。


 そんな麗しの女神官が湛える琥珀の瞳は意味ありげに僕の姿を映し、


「そしてナイトくんの婚約者でーす♪」

「ハハハ、ナイトくんはやめてくれよ、ハニー♪」

「だってだって、人前で『ダーリン♥』なんてアコット恥ずかしくて~♪」

「ハハハ、こーいつぅ♪」


 スティーブ、僕の恋物語は始まる前から終わったよ。


 いや待て、落ち着こう。

 なるほどなるほど、確かに美男美女のカップル、客観的にはお似合いだという評価を下せなくもない。


 だがしかし、吐き捨てるように「ケッ、ある意味お似合いだよ」的な性質を帯びた感想になってしまうのは果たして僕の心が狭いからだろうか?

 この厳選されたバカップルエリートを前にしては仕方ない感想だよね、という心の囁きも客観的意見のような気がする。


「あの……サンジカン、さん?」


 何故にこの舌も痺れそうな胃もたれ系甘味ペアが同行者なのか、思わず死んだ目で惨事官、いやサンジカンを見やったのだが、


「……神殿より許可された随行員の人数は少数。能力と相性から為る阿吽の呼吸、それも騎士と神官という間柄でこなせる人材と見れば稀有な2人なのだぞ?」

「もっと同行者の精神を気遣ってくれませんか」

「大事なのは神託の遂行である。そのためにはの欠点には目を瞑る判断も必要だという事だ」

「当事者には多少って気がしないんですが!?」


 能力重視から来る社会の闇を垣間見た気分である。

 ハチミツ色をした、どろりと粘着性強く胸焼けしそうな闇だったが。


 妹よ、やがて夫を迎えるだろう妹よ。


 兄はお前が選んだ男なら黙って受け入れるつもりだったけど、例外はあるかもしれないと思い直したんだ、許してくれ。


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