第2話 能力主義は駄目だと言いませんでしたか!?
「そして最後のひとりだが」
サンジカンさんは自分が紹介したハニーダーリンから目を背けるようにして最後のひとりを紹介してくれた。
僕の旅装と似た部分は背負い袋に見られるが、それ以外は分からない。その少女は厚手のローブを羽織っていたから。
年齢は僕より少し下、妹と同じくらいだろうか。
「しかし紅一点、その事実だけで今の僕には眩しすぎる」
「あの、ブロウさん、私がいますよ?」
意義有りとばかりにアコットさんが口を挟んできたけれど、
「あなたは単品じゃなくて紅白饅頭って感じのセット販売なので」
「やだ♪ ダーリン、夫婦饅頭ですって♪」
「引き出物は何がいいかな、ハニー♪」
何を言っても祝福の言葉に脳内変換されてしまう。
やはりサンジカンさんの対応が一番無難であるらしい、僕は努めてピンク空間を意識から遮断して3人目に注視する。
「彼女はフリージア、王立魔術院の魔術師だ。従軍経験は無いが今回の随行員として最適な術師だと判断した」
「……」
視界の外でお互いに愛を囁きまくっているバカップルに比べ、寡黙な少女であるようだ。
「えっと、よろしく」
挨拶しながら顔を覚えようと少女と目を合わせる。
彼女の大きな瞳が濁りある光を湛えて僕と視線を交わし、
「──濁り、ある?」
自分の直観的印象に理解が追いつかなかった。
なんだか焦点の合ってない暗赤色の双眸から来る淀んだ感じの雰囲気は、少女の整った眉目を損なって余りある。
それはちょうど魚屋の店頭に並んだ半日売れ残りの魚を彷彿とさせて。
「……」
「……あの」
たゆたう沈黙。
このままでは空気まで濁りかねない、そんな強迫観念に襲われて再度声をかけてみたのだが。
「も……」
「も?」
「もう食べられない……」
「寝言は寝て言え」
思わず突っ込んだ。
バカップルにすら自重したのに、ここまでの積み重ねと不意打ちのミックスに我慢できなかったのだ。
「えっと、これ……何ですか?」
厳選された旅の仲間を紹介してくれたはずのサンジ・カーンに質問の剛速球を投げ込む。能力はあるかもしれないけど心の安らぎを遠ざけそうなバカップルの次は立ったまま寝る魔術師。
拒否権のない旅に出される立場としては何を厳選したのかを追及してもバチは当たらないに違いない。
「ひとつ訂正しておこう」
しかし言葉の矢を向けられたサンジ=カンは平静を保ち、
「彼女は眠っているのではない。とある魔術の行使中は思考の大半を演算に費やすため、外部に振り分けられるリソースが不足しているに過ぎない」
「……は?」
「簡単に言えば『他に気になる事があるので生返事をした』のだ」
生返事、中身を伴わずなんとなく行う相槌。
なるほど。
「──パーフェクトな寝言発信で納得するのは難しすぎるんですが!?」
「慣れるように。先も言ったが、彼女は此度の件で随行させるのに相応しい魔術の使い手。変更は出来ぬ」
能力主義め。
こういう能力以外の問題点を先送り、改善しないのはどうかと世界に訴える。
だが世界は何も答えてくれない。
そもそも旅に相応しい魔術って何なのか。
能力主義者が問題点を見過ごしてまで挙動不審者を推すからには、さぞかし有用なのだろう。アコットさんの癒しの力のように。
「あの──」
「問題はない」
それを聞く前に、サンジカンは仲間の紹介を締めくくろうとしていた。
「彼女はこの状態でも最低限の日常行動は取れるはずだ。現に今もここまで歩いてきただろう」
その点は確かに、と頷かざるを得なかった。
この少女、寝ているにしては真っ直ぐ立っており、うつらうつらしたりもしないし涎を垂らすわけでもない。
ぱっと見ただけではただ普通に、どんよりと立っているに過ぎないのだ。
五感から与えられる刺激では視覚聴覚双方に働きかけるバカップルよりおとなしいマイナス要素と好意的に捉える事にする。
「するように」
「なんという印象の外圧的上書き」
納得した事にされてしまった。
遠まわしに変更も却下され、先行きに不安を覚えずにはいられなかった僕だが、同時に安心する。
こんな使命感とも悲壮感とも無縁に過ぎる面子が旅の同行者なのだ、道中の危険度は高くないのだろうと。
数分の割に密度の濃い紹介が終わった後、旅立ちの時はやってきた。
「ではセバス様、行って参ります」
「うむ」
女神官アコットと会話さえしなければ立派な騎士のナイトソンが締めの言葉を残し、僕達は裏門を抜けて街の外へと繰り出した。
目的地はエルネーキア大神殿。
人里離れた僻地にそびえる、敬虔な信徒の聖地。
妹よ、遠く離れた妹よ。
兄の心配をするなら怪我よりも健康を気遣ってほしい。
胃とかストレスとか。
★★★★★★
「行ったか」
一行の出立を見送ったセバスは確認するように呟く。
そんな彼に傍で控えていた騎士のひとりが耳打ちする。
「諜報員は最低限の人員で回しておりますが、あれでよろしいので?」
「神殿から釘を刺されたのだよ、『干渉は控えるように』とな」
そのために追跡させている人員にも監視に留め、余程の事態が発生しない限りは直接の接触や介入を禁じていた。
そしてその「余程の事態」か否かの見極めは、例の彼に付き従わせた『仲間』の判断に任せている。
「何事もなければそれでよい。魔王の復活などという凶事でなければ尚の事。だが」
彼には気がかりがあった。
神殿が例の彼に随行させる『旅の仲間』を指定した事。
即ち「剣士、神官、魔術師」の3人であるよう厳命してきた事。
「これはまるで、建国王が魔王討伐の旅に出られた時と……」
それが何を意味するのか。
「まさかあの木こりが英雄の器、とでも言うのではあるまいな」
ある意味ブロウ青年の背負ったストレス以上に。
筆頭参事官の心労は続く。
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