第3章 巡礼神殿木こり旅

第1話  旅の孤独が身にしみる


 僕が成人の儀式『選定の剣』を受けに来た時、村から王都までの移動は王国の用立てた馬車だった。


 もちろん王家の紋章が入った豪奢な馬車ではなく、役人さんが近隣の町村向けに臨時の馬車を手配したのだ。

 広いとは言いがたい馬車の中、何日も揺られての往路。とても窓から外を眺める余裕などなく、げんなりして到着した事を覚えている。


 それでも野盗の集団に襲われたりもせず無事に辿り着いたのは、整備された街道が立派だから──と思っていた。


「……想像してたのと違う」


 太陽がだいたい真上に来ている事から、王都をこそこそと出立して4~5時間といったところだろうか。


 街道、街から街へと続く道。

 道の両脇には緑眩しい街路樹が立ち並び、数知れぬ馬車や荷車が我急がしと行きかい、耐えぬ人通りが道を埋め尽くす。


 ──というイメージとはほど遠い道を歩いていた。


「確かに道だけどさ」


 多くの人々が行きかったのは確かだろう、平らに踏み固められた道。轍らしき跡が残るのは、雨上がりの水溜りを轢き走った名残かもしれない。

 幅は広く、原野とは異なる「道」になっているのは認める。


「でも地面剥き出しなのはイメージと違う」


 踏み固められて少し凹んだ土の道。草の有無が道か否かの境界を分け、両脇にも木が生えてたり生えてなかったりでとても「自然に出来た道」だった。

 トート村から山麓の街に続く田舎道を思い出して親近感は湧くが、もっとこう、綺麗に整備・舗装された石畳を想像していたのに。


「それはどちらかといえば街中に近いね」


 僕の独り言に苦笑の気配を交え、騎士ナイトソンが補足してくれた。


「人の行き交う頻度で見ればどうしても街中の方が多い。そこで生活や経済活動をしているわけだからね」

「それは、まあ」

「一方、住んでいる街から人が遠出する機会は少ない。君も村に根ざして暮らしていたなら、そうだったんじゃないか?」


 イエス。


 経済活動、要するに物の売り買いは村の雑貨店で賄えたし、それで不足するものは時々村を訪れる商人から買っていた。

 僕の切り倒した木材も村の問屋に卸しているだけで、村から山麓の街に出向いた回数は数える程しかない。


 そして実際歩き始めから今まで、稀に馬車が通り過ぎる事はあったけど徒歩の旅人はほとんど見かけなかった。


「街と街を行き交うのは商人が主で、小規模の行商を別にすれば商隊を組む。一度で多く荷を運ぶ反面、回数は少なく、商魂逞しい彼らは多少の道の悪さなんか気にしないからね」


 結果、国内のインフラ整備は街中が優先される。


「国と国を結ぶ道、『公路』は整備されているけど、それでも道の中間地点は荒れたものだよ」


 僕の偏った知識を補完し、涼やかに微笑む金髪の彼。

 流石は王様に仕える騎士様、外見や体力のみならず知力もそれに相応しい能力を持っている。

 田舎者の僕は素直に感心し、


「なるほ「さっすがナイトくん、博識ぃ~~~♪♪♪」」

「陛下にお仕えする身としては当然さ。だけど」

「……だけど?」

「君に相応しい男になるため、この程度で満足してはいられない。もっと高みに至るよう精進すると君の美しさに誓うとも、ハニー♥」

「もう! もう! ダーリンったら♥♥♥」


 賞賛の気持ちが消散した。


 女神官アコットが騎士ナイトソンに指を絡めて見詰め合う。

 2人の口から漏れるのは愛の言葉。2人が築き上げるのは愛の世界。

 ……歩く速度を緩めずに器用な事である。


 騎士と女神官のバカップル化。

 出立前の僅かな邂逅で彼らの人となりは把握したつもりだったが甘かった。


 無害な物質同士を混ぜると有害物質に変化する事があるという。

 この2人を見ているとその意味が悲しいまでに理解できた。

 他者を排する圧倒的な糖度、まさしく錬金術の悲劇。


「せめて、この悲劇を分かち合える仲間がいれば……」


 叶わぬ望みを胸に僕は隣を見やる。

 そこには前を見据え、淀みない足取りで歩く魔術師の少女がひとり。

 彼女が「起きている」のかは分からない。

 しかし目の前の惨状から目と耳を逸らすべく、僕は第3の少女に話を向けた。


「いやあ、まいったね。あの2人、ああなると他人の存在を忘れるようで」

「……」

「仲がいいのは分かるけど、もう少し周囲にも気を遣って欲しいね」

「……」

「君もお城勤めだったんだろうけど、あの2人はいつもああだったのかい?」

「……」


 返事はない、ただの独り言になった。 


「僕は孤独だ……」


 愛の言動で僕を苛むのがバカップルだとすれば、この少女はその状況に僕を置き去りにする事で追い討つ。


 彼女はフリージア、居眠りしたまま歩く子である。

 もとい、何かの魔術の使用中は他の一切に気を回さない魔術師らしい。そしてその『何か』は出立前から延々と使用し続けており、そのせいで僕はまだ彼女とまともに会話した事がない。


「会話しようよー、のろけ話を聞かされ続ける以外の会話がしたいよー」


 腕を組んでスキップをしだした2人が視界に割り込む事に抵抗しながら少女の肩を揺らす。為されるがままの彼女、しかし手ごたえはない。


「ンーフフーン♪ ブロウ君、ちょっといいかな?」

「なんかハミングしながら語りかけてきた!?」


 抵抗空しく騎士ナイトソンに話しかけられた。

 絶望に支配され、僕は両手で頭を抱え込む。


「もう駄目だ、おしまいだ……」

「もう少し頑張ってくれ。この先に拓けた場所があるからそこで食事にしよう」

「……へ?」


 気がつけばダーリンはハニーとの恋人つなぎを解除して、代わりに地図を手にしていた。旅の道筋が書かれた僕達の旅程図。


「しかし、ここまで小休止のみで疲労の色も見せずに食欲旺盛とは。君の体力は一人前の騎士にも劣らないかもしれないね」

「い、いえ、それならアコットさんやフリージアも」

「彼女たちは魔力で身体能力を強化しているから。君は素の運動能力だから気にかけていたのだけど、たいしたものだよ」

「は、はあ。ありがとう、ございま、す?」


 褒められた。

 だがそれ以上に今の言葉は彼が僕の体力を気遣い、様子を見ながら歩行速度を考えていたのではないか──その事に気付かされる。


「あの、ナイトソ」

「さあハニー、共に歩こう、人生というウェディングロードを!」」

「きゃーん、ダーリン♥ 一生ついていくわ♪♪♪」


 僕に二の句を告がせず、ミツバチのマーチは求愛ダンスをしながら先行していった。


 妹よ、いつも兄の話を最後まで聞いてくれた妹よ。


「優秀な人達なんだろう、だろうけどさ、この、もっと」


 兄と彼らの旅始めはこんなものだったんだ。


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