第2話  祝宴と2人


 旅はまだ始まったばかりなのに、既に都会での人付き合いの難しさを堪能している僕なのだった。


「いや、この人達を都会代表にするのは失礼かもしれない」

「え? 何か言いました?」


 女神官アコットさんが振り返って小首をかしげる。

 かわいい。

 でも味付けはこってりすぎて他人の口には合わないだろう。


「いえ、ナイトソンさんは何してるのかなって」

「あら、ダーリンは休憩場の先行確認をしてるのよ♪」


 単独で活動しているせいか、アコットさんはダーリンの話題なのに比較的おとなしく答えてくれた。


 休憩場とは街道の要所要所に置かれた「拓けた場所」である。

 場所によっては施設が建てられたり商隊用のキャンプ地として利用されたりする規模のものもあるが、基本的にはただの平地。

 旅人がテントを張って夜を過ごす場所、というのが分かり易い。


「先行確認?」

「休憩場で休む人を狙って、人食いの魔物や野盗が潜んでないとも限らないから。王都近くは安全だと思うけど念のためにね」


 なるほど、そういう事もあり得るか。

 ……つまり僕がスティーブ達と王都にやってきた途中、そんな目に合っていた可能性も?


 彼女の笑顔と対照的に僕の顔面が引きつったのは仕方なかった。

 ヘイ、スティーブ、僕達は運がよかったらしい。


 それで運を使い切ったからここに居るのかもしれないけどさ。


******


 数分後、僕達は休憩場の一角に腰を下ろしていた。

 ほったて小屋のひとつも無い、だだっ広いだけの空間だが騎士のお墨付きを得た安全な場所である。


「待たせたね、さあ食事にしよう」


 と、騎士様は笑顔で言うものの食事の準備などは一切できてなかった。

 代わりといっては何だが、僕達が囲む地面の真ん中に1枚の大きな布が敷かれている。食べ物どころか食材ひとつ載っていないが、これで準備は完了らしい。


「では」


 ナイトソンさんが布に手をかざす。

 途端に無地の布に光の魔法陣が浮かび、さらに強い光を放った。


「おおっ!?」


 全てが収まった後には、皿に盛り付けられた食事の数々が残された。


「お、おお、凄い。事前には聞いていたけど」

「『転送小門』、便利でしょ?」


 出立前、荷物の少なさをサンジカンさんに尋ねたところ、この事を教えられたのだ。

 「食事等、必要なものは随時魔術で支援する」と。


 背負い袋の色々は非常用でそれ以外は転送してくれるとの事だった。なんとも便利な世の中である。


「魔力量の問題や質量の制限があったりするけどね。さあ、冷める前にいただこうか」


 手渡されたお皿と大きなスプーンを片手に料理へと立ち向かう。どれもこれも野外で食する事が考慮された品々、テーブルマナー云々は不要である。


「あ、そういえば居眠りっ子はどうなるんだろう」


 魔術師フリージア、眠りながら歩く事を体得した少女。

 単純動作は問題なくこなすという話だったが、さて食事はどうなのだろう。


「アコットさん、彼女の食事は」

「はいダーリン、あ~~~~~ん♪」

「あ~~~~~~ん」


 不覚、バカップル相手では予想してしかるべき光景を直視してしまった! 


「うん、ハニーの手で食べさせてもらうミートパイは一味違うね」

「えーっ、でもでも、この料理はアーちゃんが作ったものじゃないわよぅ?」

「でもそこに、愛情ってスパイスを振りかけてくれたんだろう?」

「や~~~~~~~~~~~~~ん♥♥♥♥♥♥♥」


 或いはこの光景も遠くから見ていれば、美しき風景画の一枚のように幻視できたのかもしれないな。

 でも耳に流し込まれるカスタードクリームが傍観者を許してくれないのだ。


「み、水……」

「はい、どうぞ」


 まだ何も食べてないのに湧いた胸焼けを鎮めるべく一杯の水を求めた。差し出されたコップを受け取り、一気飲み。


「……助かった、ありがとう」

「いえ」


 一息ついて、ようやくおかしな現象に気付く。


「あれ?」


 ナイトソンさんもアコットさんも饗宴の最中でこちらを見ていない。

 だとすると、苦しむ僕にタイミングよく水をくれたのは誰なのか。


 差し出された手の方向に視線を向けると。

 秋の夕映えを連想させる茜色の瞳と目が合った。


「ど、どうも」


 魔術師フリージア。

 彼女とのまともな会話はこれが初めてだった。


「あれ、起きてる!?」

「ね、寝てたわけじゃありません! 魔術演算に意識を割いていただけです」

「それが食べ物の匂いにつられて目が覚めたと」

「『転送小門』の魔術反応で中断しただけです!」

「まあ居眠りっ子にどう食事させればいいのか困ってたから都合いいけど」

「だから居眠りじゃありません!」


 ふと目頭が熱くなり、僕は目元を押さえる。


「ど、どうしました?」

「ううっ、双方向の尊さを思い知る」

「……はい?」

「会話の応酬が長く続く、こんなに嬉しい事はない……」


 ここまでの旅路、出立して半日にも満たないというのに油断すれば忌避すべき愛の光景を目の当たりにするばかりの過酷な環境だった。

 その苦難が終わりを告げたのだ。歓喜が雫となって両目から溢れたとて、何の不思議があろう?


「見なさい、あの2人の華やかな祝宴を」

「え、遠慮しておきます……」


 妹よ、たったひとりの肉親である妹よ。

 どんな時でも孤独はいけない、心が弱ってしまう。


「勿論、君との食事が一番のメインディッシュであり、最高のデザートさ♪」

「それは私もよ、ダーリン♥」

「あの2人、いつもあんな感じなのかい?」

「噂では……はい」


 でもあの2人はもう少しひとりの時間を大切にすればいいとは思わないか?


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