第3話 土産話は謙虚に
僕達の向かった場所は、広場から外れた雑木林の一角。
鬱蒼と茂る森とまではいかずとも、天を衝く木々の並んだ自然地域。
「き、君……こ、こんな、ところ、で、な、何、を……?」
息も絶え絶えな丁稚が今更のように目的を聞いてくる。
僕と同じ運動量で彼の疲労感は抜群。これは人選を誤ったかもしれないが、騎士のナイトソンさんには頼みづらい事だったのだ。
何しろ荷運び役だし。
「そんなの、決まってるじゃないか」
僕は不敵に笑い、背負った斧を両手に構える。何故か腰の引ける丁稚にニヤリと笑いかけ、正面を向く。
そこには僕の両手で抱えられる程度の太さをした木が一本。本職の僕から見ればまだ若い木なのだが、今回はこれくらいがちょうどいい。
腰溜め、構え、角度、全てを計算し尽くした上で。
お城から借り受けた斧を、この旅に出て以来はじめて振るった。
「木を、切るんだよ!!」
スコンッ、薪割りめいた音を立てて斧は標的に深く食い込んだ。
手ごたえは軽く、真芯で捉えた感覚はあり、腕への反動は少ない。
「うえ、これ無茶苦茶いい斧だわ」
サンジカンさんから受け取った時にも思ったが、使った事で改めて実感した。
魔剣ならぬ魔斧とかそんな品なのだろうかと出自も気になるが、
「今回はありがたいなっ……と!」
再び斧を振りかざし、刃を叩きつけること5度6度。
斧の性能もあり、首の皮一枚を残した状態で木が傾ぐ。
「たーおれーるぞー!!!」
木を倒す時の掛け声を周囲に放ちつつ、傾いだ木の上部に蹴りを一発。
自重を支える力を失った木がバサバサと葉音を立てて倒れこんだ。
「……よし」
「よし、じゃない! あんた、何をしたいんだ!?」
僕が真剣に、或いは楽しげに木を切っている間は黙っていた丁稚が怒鳴るように口を開く。
「だから木を切ったんだよ」
「だから木を切って何をしたいんだと言ってるんだ!」
彼は若奥様を心配するあまりに気が立っているのだろう。
だから簡単に、分かり易く、切った木の使い道を説明してあげた。
「器を造ってもらうんだよ」
倒れた木に近寄り、今度は斧を垂直に振り下ろす。
スココン、スココン、スココンと一定感覚を開けて丸太を輪切りにした。
斧の性能のお陰でずっと早く作業が完成したのは誰のお導きか。
「その木を全部、広場まで運んできて」
「だからっ、これをっ、どうするとっ」
物わかりの悪い丁稚に指示しつつ、僕も輪切り木材を背負い、或いは足先で転がしながら走る。
工程の最後を飾る人物の下へと。
「リィィィィズ!」
「は、はいいっ!?」
突然の怒声に名を呼ばれ、飛び上がった彼女の前に輪切り木材を下ろす。
「ブロウさん? これは」
「リーズ、これの真ん中を『分解』の魔術で削って凹ませてくれ!」
平らな木材の真ん中を凹ませるにように削れば皿になる。
厚みのある木材なら、削った分の深さで深皿に使える。
僕が用意したのは大人がひと抱えするサイズの円柱木材。
真ん中だけを上手く削れば、バケツや桶の代わりは充分勤まるはず。
「! 分かりました!」
全てを説明しなくとも聡明な魔術師は意図を理解してくれたらしい。手をかざし、木材の表面を撫でるようにして魔術を発動させる。
「『分解』……!」
木材の中身が半球状に抉れる。木の粉がより細分化され、塵となって綺麗に消滅していく。
残されたのは鍋よりも大きく真ん中が繰り抜かれた、
「リーズナブル!」
リーズの魔術で思った以上に良い器が出来た。
削られた内側部分の棘や木の繊維の逆剥けが気になっていたが、ヤスリで削った以上のつるつるピカピカ感。『分解』凄い。
「これにお湯を! 先に熱湯で消毒してから入れ物に使ってください!」
「リーズ、木材はまだまだあるからどんどん器に加工してくれ」
「分かりました!」
お湯の貯蔵と管理に光明が見出せたとして、周囲に希望が宿った。すぐに第2弾を切り倒そうと再び雑木林に戻ろうとしたところ、ようやく丁稚が木材を抱えて戻ってきた。
本当に体力のない人である、人選を誤ったか。
「その木材を届けたらもう一度だよ」
「そ、それは他の者に」
「不忠者だなー、若奥様泣いちゃうなー」
「わ、分かった! 俺が行く、俺が行くよ!!」
サボり癖はありそうだが忠誠心は人並み以上らしい。
ならば大丈夫だろう。
「次、産湯のタライ用にさっきよりでかい木を探すから」
「……マジかあ」
マジです。
******
「えっほ、えっほ……ほら、もうちょっと頑張れ」
「えっほぉぉぉぉ……えっほぉぉぉぉ……」
直径でタライサイズの木は諦め、丸太船形式に妥協した僕と丁稚の人が長い丸太を運んで広場に到着した頃。
大人たちがどれほど右往左往したかなど知る由もなく。
「オギャア! オギャア! オギャア!」
一陣の泣き声が宿場にこだまする。
その瞬間だけは誰もが動きを止め、それから歓声を上げた。
「おお、元気な声。若奥さんもアコットさんも頑張ったね」
「おおおお……」
「よし、産湯用のこれを急いで加工してもらわないと」
これが最後の大仕事、そう思っていた僕に異変が襲い掛かる。
「ソニヤァァァァァ!! よくやったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うおっ!?!?」
疲労困憊の極致にあったはずの丁稚さんが突然活力に満ち、猛然と丸太を僕ごと引きずり始めたのだ。
「ちょ、ちょっと待って待って!」
「待たない! ソニヤァァァァァァ!!!!!」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ……」
立場が逆転し、力任せに連行された僕は後で知った。
僕が丁稚だと思っていた人は巡礼一行の若旦那、商人カーロス・トルポラナさん本人だったと。
ハニーダーリン以外のラブパワーも侮れない事を僕は教えられたのだ。
******
その後、広場ではささやかな宴会が催されていた。
若奥様や赤子の迷惑にならないよう配慮しての静かな宴だったが、誰の顔も表情は明るい。
部外者から見ても安堵感と充足感が満ちているように思える。
そういう僕も地面に座り一息ついていた。
「ブロウさん、お疲れ様でした」
「リーズもお疲れさん。ハニーとダーリンは?」
「アコットさんは奥様と赤ちゃんについています。ナイトソンさんは、そのテントの脇で不寝番をすると」
「そっか」
他人の愛にも全力投球な2人だが、特にアコットさんは無双状態。
弱った奥様に癒しの魔術を施しつつ赤子を取り上げ、産後の出血も最小限に抑えたらしく、母子ともどもアコットさんが命の恩人だといっても過言ではない。
血で汚れた姿だったが、その顔は慈愛に満ちていた事を覚えている。
「アコットさん様様だな。彼女がいなきゃ、あの夫婦はどうなってた事か」
愛ゆえの巡礼、それが悲劇的な結末を迎えた事は想像に難くなく、彼らの将来に暗い影を落としたのは間違いない。
若夫婦は感謝しているだろう、神サマと神サマの使徒に。
「ブロウさんもアコットさんに負けないくらいの事をしたんですよ?」
「は?」
リーズさん、突然何を言い出しますか。
「お湯の入れ物が足りない。これだけはアコットさんにも解決できない事でした。だからブロウさんは奥さんと赤ちゃんのため、他の誰にも出来ない、とても立派な事をされたと思います」
「……そうかな」
「はい、とても」
魔術師の少女が笑顔で褒めてくれた、認めてくれた。
妹よ、平凡な木こりの妹よ。
土産話に少しばかり自慢話が含まれるかもしれないが許して欲しい。
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