第4+1章 木こりは穴掘りと出会う(※追加エピソード更新中)

第1話  巡礼にてスプーン

 苦楽を共にする。

 人間関係の改善、或いは向上にこれ程の妙薬は無いといっても過言ではない。

 聖剣が折れたことから始まった巡礼の旅路、発端の張本人たる僕の他、先導兼護衛兼監視の3人は言ってみれば公僕。お役目で付いてきている仕事人だ。


 護衛の白騎士ナイトソン。

 清浄なる女神官アコット。

 そして魔術師フリージア。


 折れた聖剣に付託するエルネーキア大神殿を目指す旅。

 個人的な関係を築く前から同行者となった彼らとは、人柄の好き嫌いを放り投げて付き合う前提が転がっていたのだけど。

 ちょっとした事件、道中のお産トラブルに巻き込まれ奔走、共に解決ハッピーエンドに導いた実績は少しばかり僕達の仲を前向きにしたように思える。

 親友とまでは行かずとも、困難に打ち勝った同士として


「今日もいい天気ですね」

「今日の快晴は我々の前途を祝っているようだねハニー」

「いやん、ダーリンったら、雲ひとつない空ような綺麗な心で愛を囁かないで♪」

「済まない、君の瞳を前にしては真実を語らざるを得ない弱さを笑ってくれ」

「あなたに見せる笑顔も真実の愛を湛えた笑顔よ♪」

「ハニー」

「ダーリン」

「連帯感なんて無かった」


 観客の存在を無視した愛の劇場が始まる。

 昨日も今日も多分明日もバカップルは元気に二人の世界を作っていた。そこに他人の共感が割り込む余地皆無。


 だけど僕は挫けない。

 今の僕にはこの寂しさを共有できる友人がいるのだ。あまりの眩しさに目を焼いてくる二重太陽の責め苦を分かち合える少女が。


「なあリーズ、いい天気だよな」

「……ZZZ」

「あったかい日差しは心まで温めてくれない……」


 足取り変わらぬ魔術師は、いつも通りに魔術発動のトランス状態で意識は無かった。

 万難を排して旅の安全を守ろうとするリーズの未来予測魔術は膨大な演算能力を必要とするため、その代償は大きく。

 瞳は虚ろで無反応、まるで夢遊病者のような挙動を取るのだ。

 目の死んだ美少女と隣り合い黙々と歩く。正直慣れたけど慣れない。


 前にバカップル、横に居眠りウォーカー少女。

 旅の仲間との何気ない交流もなかなかに難しいものだ。

 いや多分こんな共連れはあんまり一般的ではない。


「スティーブ、この際お前ですら恋しいよ」


 妹に恋して心奪われ、妹に即切りされて心殺された故郷の友を思う。

 この空の下、今でもお前は痛みを忘れて妹を口説こうとしているのかい?


「話し相手もなく、平坦な道歩きは僕まで眠くなる……」


 神託とやらで徒歩を強いられた長旅は気の抜ける退屈さまで解消してくれない。何かで気を紛らわせられればいいのにと望むのはきっと贅沢ではない。

 いちゃつく美男美女が映り込む視界から逃れるように、僕もリーズめいた心境で歩きながら舟を漕ぐ……


「止まってくれ」


 急のシリアス声に足が止まる。夢遊病者めいたリーズも外的刺激に反応したか歩みを止めている。

 先程まで砂糖で出来ていた騎士鎧が今は頼もしい城壁のように見える。

 ナイトソンさんはひとりで騎士をする時はとても立派な騎士なのだ。おかしな言い回しだが本当にそうなのだ。


「どうしたの、ダーリン?」

「あの木陰、微かだが人の気配がする」


 白騎士が指差したのはかなり遠く、平野の左側にこんもりした林の一角。

 僕から見ると植林の成果が出たばかりなのか、とりあえず甘目に採点すればかろうじて林と名乗ってもいいかな程度の風情だが、とにかく林の隅。

 そそり立つ木は見える、それ以外は何も感じない。だけど有能騎士は人がいると言う。


「リーズ、君の魔術では……と、計測状態のままか。なら危険は低いと見てよいかもしれないが油断はするまいよ」

「そうねダーリン、警戒はしておくわ」

「ああ頼んだ、君の瞳が私の背中を支えてくれている、それだけで百人力さ」

「ダーリンのためなら千人分だって応援しちゃうわ♪」


 騎士が先行して安全を確認する、ただそれだけの会話で職分を超えた糖度を発揮してきた。おのれ油断した、警戒水域が低かったばかりに!

 それもこれも木陰に潜んだ何者かのせいだ。


「これで街道から外れて用を足してたとかだったらどうしよう」


 強盗や盗賊を期待したわけではないけど、耳が砂糖漬けにされそうだった分の補填はしてもらいたい気分である。

 せめて一時でも退屈を晴らす話題くらいにはなって欲しい。


 隊列は剣を抜き放ったナイトソンさんが数歩先を行き、少し離れてアコットさんが前に出る。僕達素人と居眠ラーは庇われる立場だ。悲しいけど僕ただの木こりなのよね、張りつける見栄すら持っていないのだ。


 そろり、そろり。足音も立てないよう努力して、先頭の白騎士が木陰の向こう側を覗き込む。

 待ち受けるのは人か獣か。


「アコット、水を持って来てくれ」

「あら、病人?」

「そのようなもの、かもしれない」


 フェスティバップルのツーカーぶりは甘さ多めだけではない。非常時のやり取りすら他人を置いて発動できるらしい。

 僕には分からないニュアンスで水が入り用イコール病院がいる、に繋がるらしい。すごいよ、セット運用は最適解だよ、でも周囲に被害も出るんだよ。

 駆け寄るアコットさんに続いた僕の視界に入って来たのは。


「……お年寄り?」


 乱れ髪というべきか、ざんばら頭というべきか。

 とにかく荒れ地のような白髪ボッサボサの爺さんがひとり、ナイトソンさんに抱えられて小柄な身を起こされていた。

 神官のアコットさんは手慣れた様子で水筒を口元に運び、水を飲ませようとしている。この辺は素人の僕が出る幕ではない。何か木を切る要請があった時には頑張ろうと思う。


 はて、どうしてこんな場所で倒れていたのか。

 僕達のように季節外れの巡礼で倒れデモしたのだろうか──手がかりになるものが無いかと周囲を見回して。

 それを発見する。

 

 それは僕の足より少し長いくらいの木の棒。両端にはそれぞれ片側に握り、反対側の先端には幅広の鉄刃がついている。

 見た目を言い表せば、でかいスプーン。

 より正しい名称を呼ぶなら、


「ショベル……? なんでショベル所持?」


 妹よ。兄よりも賢く神話にも詳しい妹よ。

 穴掘り道具を祭具にしている神様って居ただろうか。

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