第4章 木こりが斧を振るう時

第1話  転んでからの杖


 旅立ちより4週間ほどが過ぎた。

 当初はおっかなびっくりだったこの旅も、危険に巻き込まれる事無く道行の半分を消化した。

 最後までこうであれば万々歳である。


******


 日の入りが近づいた頃、夜を明かすと定めていた場所で僕達はその集団と顔を合わせた。


「巡礼者の一団のようだね」


 時期外れな一団と一緒になったのは、神殿までの中継都市マルケントを出て2日といった辺りの宿場だった。


「宿は……案の定やってないか」

「マルケントの街も近く、馬車だと半日の距離だからね」


 巡礼は秋頃が最良の時期だと聞いた事がある。収穫が終わり、深い冬までの時間を有意義に使うためだとか。

 そのため春先に各々の宿場で施設が開放されている事は稀らしく。


「残念だねリーズ、当分柔らかい布団とは縁が無さそうで」


 旅に出てより4週間。

 僕達は4人旅だが騎士と女神官が独自の世界を築くため、取り残された者同士で会話する機会の多かった年下の魔術師に声をかける。


「……モロヘイヤ……」

「ああ、また一時的にフリーズしてるぅ」


 そこには空ろな目で遠くを見つめる少女がひとり。

 事情は分かっているが悲しい瞳で見ざるを得ない。


 魔術師フリージア、通称リーズ。

 彼女は『未来予測』の魔術を扱うのだが、人の集まる場所では収集する情報量が増えて多くの思考を割く必要があるらしい。

 結果、魔術演算の最中は寝ぼけたマナコで挙動するリトルドリーマーと化す。


 マルケントの街では丸2日ほどフリーズしていたが、今回の場合は経験上、小集団との接触なので1時間もすれば復帰すると思われる。


「ダーリン、お話聞いてきたわよ♪」


 僕がナイトソンさんと話したりリーズの棒立ち姿を眺めたりしていると、アコットさんが戻ってきた。

 彼女は一行の代表に話を聞くため交渉役に出ていたのだ。


 アコットさんはナイトソンさんとラブ&ビューティーだが、れっきとした神に遣える神官。巡礼者の話を聞くのにこれ以上の人物はないだろう、普段の言動を知らないのであれば問題ない。

 彼女の愛溢れる行動も信心深さが高じたものだとすれば、神サマはもう少し世界への影響を弱めるべきだと思う。


「お疲れ、ハニー♪ それで、彼らは?」

「うん、ダーリン、トルポラナ商会の人達だって」

「トルポラナ……西部でそれなりに大きな商会じゃないか」


 流石はハニーのために文武両道を行く騎士様、王都以外の商業的知識にも精通しているらしい。


「それで、若旦那の奥様にお子様が出来たらしくって♪」

「それは素敵だね、ハニー♪」


 調査報告が怪しい雰囲気になってきた。

 ハニーだのダーリンだの最初から怪しいのだが、この2人にとっては通常濃度。

 けれどこのまま放置するのは濃度が危険域に達する予感がしてならない。


「それでっ、お子さんのっ、無病息災祈願か何かっ、ですかっ!?」


 会話に割り込んで「子供は何人欲しい」トークへの派生を阻む。必死すぎると思われるかもしれないが今はリーズがフリーズしているのだ、ひとりでハニーダーリンの家族計画を聞かされるのは致死量がすぎる。


 強引な介入が功を奏したのか、アコットさんは優しげな眉を少し困ったように寄せて


「ううん、それが『安産祈願』だって」

「……あんざん?」


 安産、安らかに生まれてくる事。

 祈願、お祈り願う事。


「まだ生まれてないって事ですか?」

「ええ」

「ああ、旦那さんが奥さんのためにおフダでも貰いに」


 身重の奥さんのために頑張ってるわけだ。

 ラブラブか。

 

「しまった、この結論のための罠かっ!! ……あれ?」


 よそ様の夫婦愛をだしに始まる恋愛劇を覚悟したのだが、不思議な事にアコットさんの困り顔は変わらない。


「ハニー、ひょっとして」

「そうなの、ダーリン。奥様もいらっしゃってて」

「それはまた」


 物事を察する阿吽の呼吸を見せ付けられたが、僕も遅まきながら理解した。

 どうやら奥さんは子供誕生のお祈りを旦那任せにしなかったらしい。


「身重で巡礼って大丈夫なんですか?」

「予定日はまだ一ヶ月以上先らしいんだけど、徒歩のペースだと神殿につけるかは難しいと思うの。心配よね」


 妊婦さんも安定期に入れば運動をした方がよいとは村のジェシカおばさんからの受け売りだが、徒歩の旅は適度に含まれるのか。


「勿論その辺りも話してきたんだろう、ハニー?」

「だけど奥様たっての頼みらしくて。愛する旦那様もなるべく奥様の願いを叶えてあげたいから、せめて次の街まではって」

「素敵な夫婦愛だね♪」

「そうね♥♥♥」


 くそう、結局ウェディングなエンディングは変わらない。

 この時の僕は「無事につけるといいね」以上の感想は持たずに思考を閉ざし、目の前の光景には目と耳を塞いだのだった。


******


 今夜は巡礼者一行が同じ宿場でテントを張る。

 つまり夜の見張りをする人目は多いわけだが、警戒を怠ったりしない方針での意見は一致しており、3人交代で見張り番を務めていた。


 番を務めるのは僕と、ナイトソンさんと、アコットさんの3人。

 ちなみに起きてる時間の方が短そうなリーズは、省エネ中にも魔力を消費しているとの事で見張りを免除されているのだ。


 普段あれだけ眠っていて夜も普通にスヤスヤ眠っている。

 人体って不思議だね。


 取り立てて何もない平和な時間、水筒から水を一杯、ぐびびと喉を湿らせて

 

「平和だねえ」


 一息ついた途端、ばさりとテントの開く音がする。

 振り返ってみると、そこにはローブ姿の少女がぽつり。


「あれ、リーズ、こんな時間に目が覚めたのか?」


 トイレかな、とは言わないエチケットで対処する。


「特に意味のない発言だけど、あっちの茂みがお勧め」

「……ちょっと良くない予測が出たの」

「はい?」


 僕の気遣いはスルーされる。どうやら彼女は用を足しに出てきたわけでは


「ってマジで!?」


 思わず息を呑む。


 リーズは『未来予測』の魔術を得意とする。

 共に旅した4週間で僕は何度か彼女の予測を目の当たりにし、決してバカに出来ない能力なのを理解していたのだ。


「ど、どんな予測?」

「あの巡礼の一団に、妊婦さんがいますよね?」

「あ、ああ。そう聞いたけど」

「その妊婦さんが──」


 険しい表情で未来の予測を語る少女に、僕も緊張する。


「…………………………へ?」


 彼女の宣言が僕の脳みそに浸透するよりも早く。

 慌てた素振り、ドタドタと乱雑に走る音がこちらに迫ってくるのが聞こえた。


「な、なんだ!?」

「こ、こちらに──」


 そして足音以上の大声。

 気配と勢いだけで充分に伝わる必死の思い、そして


「こ、こちらに神官様はおられますか!!」


 リーズの予測を加味すれば、何が起きたかおおよその想像がついた。


「フリージアさん」

「はい……」

「ちょっと遅かったね」

「はい…………」


 妹よ、占いの結果に一喜一憂する妹よ。


 だいたいの予言は結果が出てから「あれはああいう意味だったんだ!」ってものだから、リーズの予測はまだ凄いんだぞ?


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