第4話 確約された未来
心のオアシス、リーズさん。
彼女が居眠りしながら使っていた魔術は未来の予想らしい。
「……辻占いかな?」
「占術の類じゃなく予測です。
「つまり予知?」
「神サマのお告げでもありません」
予知とは決まった未来を神サマが誰かに伝える事。
予測とは情報の観測と演算で「こういう状況は過去ではこうなった」例を確率順に並べる事、らしい。
「もっと具体的に」
「うーん、そうですね」
未来を予測するという少女は周囲を見回して、少し遠くに見えるこんもりした藪を指差す。
「あっ、じゃあの藪、茂みですけど」
「ほう」
「キツネが出てきます。親子連れ、多分3匹」
「は? 何をいきなり──」
リーズの突然な獣注意報に首を傾げる暇もなく。
ガサガサッ。
緑が揺れたかと思うと、尖った顔の小動物が大小揃って茂みから顔を出した。
「オゥ……」
「こういう予測が出来る魔術と思っていただければ」
野生動物達は人間の視線に気付いたのか、再び茂みの中に身を隠してしまった。
「リーズさん」
「はい?」
「その魔法あれば、猟師の生活安泰すぎる」
「あくまで予測ですけどね。今の予測も外れた確率が2割ほど」
村人基準の価値観に、彼女はてへりと笑う。
「この場所の観測は食事前に終えていまして、キツネの親子があの獣道を通る事は分かっていたんですが、通らない事もあるんです」
神サマが自信を持ってお送りする予知と異なり、当たるも八卦当たらぬも八卦な要素がある。この解釈で合ってるだろうか。
「予知とは違うって気持ちは伝わったけど、なんでそんな魔法が今回の旅に最適だって話になったのか」
根本的な疑問と不安は残る。
「多分、その不安が理由じゃないでしょうか」
「は?」
「聖剣が折れた事。神殿に下った神託があなたの出頭を、時間をかけて巡礼のように求めてきた事。神殿のお偉方がそれをどう思ったのか、真意がどこにあるのか、分からない事だらけです」
改めて言われると、これはひどい。
お偉い人たちの都合で振り回されすぎている、僕が何をしたというのか。
「しましたよね、凄い事」
「あれは不可抗力というもので……」
何故折れたのか分かってないのだからノーカンにしていただきたい。
「この一件では神殿側の考えがまるで読めない。セバス様はそれを気に病み、道中で得られる情報から少しでも先を予測したいのだと」
「ああ、なるほどぉ……」
サンジカンは言った、リーズの魔法はこの旅に有用だと。
でも有用の方向性は旅の無事を祈るそれじゃなく、この旅で神殿が何をどう判断するのか、その結果が王国に何をもたらすのかを予測するためのものだったらしい。
「悪代官、もといサンジカンめ」
とりあえず旅から戻ったら危険手当の上乗せを要求しよう、そう誓った僕なのであった。
******
腹ごしらえを終え、適度な休憩も取った。
そろそろ出立の時間である。
「我々は王都からエルネーキア大神殿に向かう巡礼に倣った行程を辿っている」
騎士らしい面持ちでナイトソンさんはこれからの予定を口にする。
「途中までの街道筋には巡礼者が利用する宿場があるのだが、今は巡礼の時期から外れているため、宿泊できるかは微妙なんだ」
商人は荷を運ぶのに徒歩は選ばず、旅人も足を止める理由がなければ馬車を使っての移動を選択するだろう。
好き好んで歩きの旅を望む巡礼者を当て込んだ宿の主が宿を開けているか、その数は、いずれも定かではない。
「リーズ、君の予測では?」
「1割あれば、ってところかと」
時期はずれ、利益の見込めない宿場で暖かい布団に包まれて休める確率は低そうだった。
「なのでブロウ君、場合によっては野営・野宿を重ねる事も多くなるだろう。申し訳ないが、納得してもらいたい」
「大丈夫です、山でのテント生活にも慣れてますから」
「心強いね」
爽やかに微笑むナイトソンさん。
分かってる、まだこの人達と旅に出て初日だが、次の展開は分かっている。
「ダーリン、大丈夫よ。2人が一緒ならきっと寒くないもの」
「分かってるさ、ハニー。君と歩く道ならば、いつでもそこは暖かな春の小道だとも」
「ダーリン、スプリングサマー……!!」
ひっしと抱き合う2人。
大丈夫、ひとりじゃないから大丈夫。
「ギャラリーが何人いても変わらないんだなあ」
「あはは……」
愛しき者達の抱擁劇に立ち会う気まずさも半分こ。
神サマ、これが希望も絶望も隣人と分け合うという事なのですね。
仲間がいるって尊い……!!
「何にせよ、リーズの演算が終わって心強い。話し相手がいるってこんなに素晴らしい事だったんだ」
同行者が3人もいるのに孤独だったあの時間にさよならだ。
──だと思っていたんだ。
「いえ、正確にはまだ終わってないです」
「……は?」
「未来予測の演算は、今も続けているんですよ」
ワッツ?
「予測は情報を更新し続けますから、少なくとも旅が終わるまでは」
「いや、だって、こうして会話できてるじゃないか!?」
「人や動物が少ない場所では負担が減るんです。逆に人の多い場所だと負担が増えますから」
「人の多い、ところ……」
それは人の集まるところ、人が行き交う場所、人が生活する場所。
「街、とか……?」
「宿場は分かりませんけど大神殿までの中継点、マルケントやローラデンでは、きっと」
マルケント、ローラデン。
いずれも立ち寄る事が確定している大きな街である。
このいずれかに足を踏み入れた時。
彼女は眠り姫と化し、また僕を孤独にするという。
そして彼女が思考の岩戸に閉じこもった後、空や大地は余人の立ち入れないラブセンチュリーに塗りつぶされる。
予測するまでもない、それは確かな未来。
ヘイ、スティーブ、都会に憧れる田舎者よ。
僕は今ほど都会に近づきたくないと思った事はない。
無いんだ。
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