第3話 約束された盗理の件
「どうやら、野盗の類が出没しているらしい」
野盗、山賊、盗賊団。
出没場所と規模が異なるだけで性質は同じ野生のごろつき。
しかし少人数で追いはぎを働く素人集団から確固たる地位を築いて根城を作ってしまう者、傭兵団が臨時の悪行を働くものまでタイプは色々だと聞く。
治安の良い都会よりも地方に生息し易いが、一攫千金狙いで都会の商人を狙う者もいるらしい。
なお海賊は国が許可書を出す「職業」の場合があるので別枠とする。
「確定情報じゃないが、武装した一団の目撃情報がいくつかあってね、注意を喚起しているとの事だ。我々も警戒すべきだろう」
「ここまでは安全だったのに」
神託で決まった僕達の旅。
どんな困難が待ち受けているかと思いきや、荒事についてはほぼ皆無。
護身用として渡された武器の使い道が「道具」でしかなかった旅程に暗雲が立ち込める予感である。
「野盗との遭遇も考慮し、リーズの演算終了を待って出発するつもりだ。意識のない彼女を連れて歩くのは避けたいし、彼女の予測があれば遭遇を回避できる確率が高まるだろうからね」
納得の理由に僕が反対する理由はない。
かくして僕達は2日間、大きな街での休息を取る事になったのである。
「ダーリン、教会に顔を出してもいいかしら?」
「いいともハニー、来たる日の予行演習は何度やってもいいものだしね」
「ダーリン♥♥♥♥♥♥」
この街には少しばかり迷惑をかけるかもしれないけれど、たった2日の事。
巨大な毒蛾が燐粉を撒き散らしたのだと思ってどうかご勘弁を。
******
ローラデンの街に滞在して3日目。
「……お待たせしました」
リーズがフリーズから立ち直った。
「リーズ、会いたかった……!」
「ブロウさん、あなたをひとりにさせてしまい申し訳なく思っています」
ガッシ、感動の嵐に手を握り合う。
「でも精神的負担はもう少しブロウさんにお任せして、わたしは楽をしていたかった気持ちが無くもありません」
「待てや」
出会った当初はツッコミ気質だったのに、今では冗談を言い合えるくらいには打ち解けている。
「うふふ♪」
「アコット、あまり意識させるものではないよ」
背中から他人を恋愛時空に引きずる込もうとする意思を感じる。
やめろ恋人類、馬鹿な一般人に自意識過剰な勘違いを誘発させるのはやめるんだ。
「と、とにかくリーズ。君が目を覚ますのを待っていたのは、街周辺で野盗が湧いているかもしれなくてだね」
「野盗ですか、分かりました。可能な範囲で予測してみます」
目を閉じ、精神を集中させるリーズ。
数秒の沈黙の後、彼女の下した結論は、
「……このまま今日出立すると、襲撃、受けそうです」
「マジか」
あまりよろしくない予想だった。
勿論予想は予想、リーズも認めるようにそうなる確率が高そうだという話に過ぎないが、「雨が降りそう」だと思って雨具を持たず出かける者はいるだろうか?
「出発は明日にしようか」
「そうね、ダーリン」
それは本来旅の護衛として随行しているバカップルも同じ結論になった模様。
「何月何日までに神殿へ出頭するように」という決まりが無い以上、1日程度の足踏みは許容範囲、わざわざ進んで危険な道を歩く必要は無いのだ。
が、翌日。
「……今日出立すると、襲撃、受けそうです」
「マジかー」
「出発はもう1日延期するとしようか」
「そうね、ダーリン」
さらに翌日。
「……今日出立しても、襲撃、受けそうです」
「どうなっとるんだ野盗」
リーズの予測は面白いほどに、或いは面白くないほどに結論が変わらない。
いったい何だ、僕達が神殿に向かうと野盗に遭遇する運命から逃れられない因果でもあるというのか。
「ふむ」
「ダーリン、これは」
流石にバカ夫婦(予定)もこの事態に「出発は翌日」とは言わなかった。
「とりあえず考え付く可能性はふたつだね」
表情を引き締めたナイトソンさんは魔術によらぬ予想を開示する。
「ひとつは巡礼者を狙った野盗が跳梁している可能性」
商隊に比べれば得られる金品は少ないが長旅に備えた路銀を有し、邪魔な護衛の数も少ない巡礼者狙いの『追いはぎ』タイプ。
「追いはぎは街の守護隊も警戒はしているが犯行側が気軽に手を染められる分、根絶できないのが厄介なところだね」
「それでダーリン、もうひとつは?」
「ああハニー、君も想像した通りだよ」
もうひとつの可能性、いや、理由。
それは僕にも想像がついた。
「我々を狙っている、野盗かどうかも怪しい輩がいるという事さ」
妹よ、魔族なんて御伽噺の登場人物だと思っていた妹よ。
まさか、まさかまさか。
******
王城の一室にて気の休まらない日々を送っている人物ひとり。
「それで、パーディンからの報告に異状はないか」
「はっ、木こり一行は無事ローラデンに到着。戦闘無し、傷病者無しとの事です」
執務室で定時連絡を受けていたセバス・チャンドラーの心は晴れない。
異状がないのは結構な事だ。
神託に従って旅に出た木こり一行は魔物に襲われる事もなく、ニアミスをする事すらなくローラデンに辿り着いた。
「……が、未だもって何も起こらんとはどういう了見だ?」
彼の予想では旅の最中に木こりと聖剣に関する事件、或いは啓示、そういった何かが起きるものだと思っていた。
しかしそういった兆候が全くない。
彼らが旅で出くわしたのは他の旅人のアクシデントでしかなく、聖剣にまつわる吉兆凶兆そのいずれでもなければ魔族の蠢動を仄めかす何かしらでもない。
恐怖の中でもっとも恐ろしいものは「未知の恐怖」であると聞く。
何を恐れればいいのか、それすらも分からない恐怖の極み。
その事を参事官は嫌と言うほどに噛み締めていた。
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