第2話  僕ひとりの招聘


 その建物は意外と低地にあった。

 しかし豊富な深緑に囲まれ、世俗と隔絶された雰囲気を形作る。


 エルネーキア大神殿。

 白と薄い蒼を基調とした荘厳なる威容は王城にも劣らない。

 

 王都を出立して2ヶ月と少し。

 僕達はようやく目的地へと到着したのだ。


******


 時期外れにもかかわらず列を成す巡礼者達を尻目に僕達は裏門へと回り込み、騎士様が門兵に身の証たる書状を手渡す。


 わずらわしい手続きは必要なかった。

 当然といえば当然だ、何しろ僕達を呼びつけたのは神殿なのだから。


 その後、僕達は神官イコール質素倹約というイメージからはかけ離れた豪華な部屋に通され、旅程の踏破後ティータイムなどを過ごしつつ待つことしばし。


「司教様がお会いになられます」

「司教様が……?」


 小坊主っぽい使いの伝言に、珍しくラブ関係以外に激しく反応するアコットさん。


「シキョー様って神殿でどれくらい偉い人?」

「神殿は大司教様を頂に次代を担う司教様を数人配していると聞きますから……ナンバー2集団のひとりだと思います」


 リーズナボゥ。

 つまりかなり偉い人という事なのは分かった。

 偉すぎて実感が無いのはサンジカンと同じで逆に緊張しない。

 しかし。


「拙僧が案内致します、こちらへどうぞ」


 小坊主に急かされ、僕達は立派な椅子から立ち上がったのだが


「尚、司教様がお会いになられるのは“例の青年”のみ、と言付されております。よって他の方々はご遠慮願います」

「マジすか」


 この期に及んで「ひとりで来い」ときた。


 思わぬ旅に出る羽目になって2ヶ月余り。

 なんだかんだ3人のお供がいたから楽しく、うち2人からは自制しない愛の劇場に苦しめられたり、残りひとりは時々フリーズして労苦を押し付けられたりで苦しかったり、色々あったが助けられもした。


 その彼らと離れ、僕にひとり「神託」の結果がもたらされると言う。

 不安が無い、といえば嘘になる。

 しかし拒否も出来ないだろう、それが神託なのだから。


 緊張よりも恐れ、畏怖に囚われ、おぼつかない足取りで僕は小坊主の下に歩み寄り


「ブロウさん」


 少女の声に振り向くと、手のひらを両手で握られた。

 目の前には眉をきつく結び、真剣な顔をした魔術師。


「正直に言います。ここで何が起こるのか、私の予測でも見当がつきません。けど」


 より手を強く握られる。

 痛くはない、むしろ柔らかく温かくて心地いい。


「わたし達がついていますから、きっと大丈夫です。それに──」

「……ありがとう、リーズ。行って来るよ」


 こちらも軽く握り返し、お互いに放す。

 不思議とそれだけで足の震えは止まっていた。


 あとハニーダーリンの視線も感じていた。

 やたらとにこやかに揶揄する気配が濃厚な視線だった。


 違う、今のは親愛の情だって言ってるでしょ!?

 男は基本的に馬鹿で、ちょっと異性から優しくされると「あれ、これって俺に気があるんじゃね?」って勘違いしそうになるんだからそういう誤解を増長させる真似はやめてくれませんかねえ!!

 スティーブといい、あの尖鼻の、誰だっけ、チャーリー? だかいう騎士が破滅したりで危険なんですよ!!


 くそっ、静まれ僕の右腕、勘違いしてしまいたいとか思うんじゃない!!


******


 色々あって尚更緊張からは無縁の状態で立派な廊下を歩き進む。

 神官でもなければ信心深いわけでもない僕でも、この先から漂う神聖な空気を感じ取れる気がする。


 先導役の小坊主が僕を導いたのは物語に登場する謁見の間めいた広間。

 しかし縦長の部屋の壁際に騎士などはおらず、高座に2人の影があるのみ。


 その情景には見覚えがある。

 剣を折った後、軟禁された大部屋に運び込まれた立派な椅子に座る王冠の人物と、脇に控えるサンジカンの構図。

 ならば椅子に腰掛けた立派な帽子の人物がシキョー様で、立っている僧服の人がお付だろう。


「控えよ、こちらはペギンス司教にあらせられるぞ」


 お付の人の言葉に従い正座する。

 ペギンスというお人は神殿の偉い人という割には意外と若かった。


「ふむ。貴方が例の?」

「はい。トート村のブロウと申します」

「ではトート村のブロウ、持参するよう言い伝えた、折れた聖剣をこれに」

「はい、ここにあります」


 背負い袋から真っ二つに折れた聖剣のパーツを納めた包みを取り出す。

 それをお付の人が受け取り、次にシキョー様へと手渡される。


「……うむ、確かに折れておる」

「御意」


 袋を覗き込み、確認する2人。

 まあ信じられないのも無理はない。

 でも実際に折れちゃったのだから僕はこんな所にいるのだ。


「ではイスアン、あれを」


 お付の人が袋を受け取ってそのままどこかへ下がる。

 すぐに戻ってきた彼は、袋の代わりに縦長のかばんを持ってきた。

 例えるなら楽器入れだがフルートにしてはやや太く、長さは倍以上あるだろうか。


「トート村のブロウよ、代わりにこれを持ち帰ってもらいたい」

「なんですかこれ?」


だ。みだりに開けるでないぞ」


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